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キサ

Author:キサ
ファンタジーとバトルとラヴをこよなく愛し、熱しやすく冷めやすい社会人。

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【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 4

2016.05.17 23:30|クロスマテリア
 極寒に凝固した大気は、無機的に立ち並ぶ針葉樹の間にも流れることはなく。
 静寂のみが支配すると思われた広大な緑林の海には、しかし、いつもと違う意味での騒々しさが木霊していた。

「そっちだ、行ったぞ!」
「右だ囲め!」
 重なる 怒涛 どとう に導かれ。緑林を駆け抜ける赤黒い影は、十数の聖堂騎士によって四方を取り囲まれる。寒気の唸りにも似た 不気味な断末魔を聞き終えた後も、男たちの剣には安堵の緩みは見えず。
 張り詰められた感覚を根こそぎ崩してしまうかのようにのんびりした声が響いたのは、その直後。
「うーっす。あと何体だ?」
 見ると、反対側で応戦していたジェイドが、寝起きのような動作で団員たちの背後に戻っており。
 兵のひとりが、表情に安堵をきらつかせながらも、決して油断を許さない声色で答える。
「ジェイド様!・・・2体です。妖牙(ディーヴァ)と轟魔(ガル)、いずれもかなり大物で―――」
 言い終わらないうちに。正面を襲った赤い輪(リング)の刃を弾いて、ジェイドが煙草を咥えたまま少し気だるそうに呟く。
「あー・・・・・おう、よく分かったぜ」
 溜息と同時。咥えていた煙草を無造作に捨てると、ジェイドは聖剣《セルフィート》の巨大な刃を振り被って、襲い来る魔族へと 突進し――――


「『風王よ(シルファリオン)』」
 静かに零した刹那、信じがたいまでの風が《セルフィート》を中心に巻き上げられた。ジェイドはそのまま、恐ろしい刃と化した 真空の爪を漆黒の体躯に叩き込む。魔族は、断末魔すら上げられなかった。
 部下の歓声も物ともせず、藍の瞳は弾かれるように背後を振り返り。
「ラーグ!」
「聞こえている」
 この場の誰とも似通わない、平板で抑揚に欠けた声は、残り一体の魔族の正面を微動だにせず。
 無感情な面を全く変えることなく、片手を一閃して白い輪を放った。
「『第二級神罰執行。破魔の刃、裁きの理を以って滅びを』」
 次の瞬間には、闇の肉体は跡形もなく焼き尽くされていた。


「ふぃ~、聞いちゃいたが、『銀』の権限で聖魔導使う奴は初めて見たなぁ」
 別段疲れてもいなさそうなのに汗を拭って、ジェイドは《セルフィート》を光の屑に戻した。いつの間にか、口元では新しい煙草がチロチロと煙を上げている。
 その様子を視界の隅に映しながら、ラーグは自らの右手を一瞥し。しばしの沈黙があったあと、法衣の中にそれを戻して周囲を 眺める。
「中級魔族30体前後。これが今のノワールの現状か」
「うっわ・・・・・すげーナチュラルスルー」
「質問に答えろ」
 寂しそうに目を細める相手を少し強い口調で征し、神父は逸らした瞳を睨みに変えてジェイドへと戻す。
 だが、ここ数日でラーグの難儀な性格を知っていたジェイドは、むしろ好意的な態度で笑った。が、すぐに表情を緊張させ、
「ああ。元はこんなでもなかったんだがな。最近になって、一気に増えだしやがった。・・・ったく、いくら魔族棲息域(カタンツ)が北にあるからっつっても、こりゃぁちと異常だぜ」
 面倒臭そうではあったが、ジェイドの声には明らかに辛辣な感情が滲んでいて。ラーグも無言ながら、内心で頷いていた。
 本来、魔族とて知恵がない訳ではない。《使徒》など高位の魔族の中には、人語を解するものまでいるくらいだ。 相容れぬ存在と知りながら、無作為に互いの領域を踏み荒らす愚行は極力避けるはずである。
 それが、こうもあからさまに襲い来るとは――――

「・・・・・レイゼーと何か、関わりがあるか」
「けどま、聖魔導の使い手がいてくれりゃぁ百人力だぜ!なんだったかな、・・・ホラ、あれだ。俺一度も『第一級』ナントカって の見たことねぇんだよ」
 喉の奥で零すに留めた呟きまでは聞こえなかったらしく、ジェイドの活発な笑顔が隣で再開していて。
 「今度はドカンと一発、爽快に頼むわ」とコメントを連ねる団長に少し呆れつつ、神父は無感情な翠の瞳を藍へと向けた。
「そうそう軽く扱えるものではない」
「え、なんでだよ別に・・・・・あ゛。もしかして、笑いじゃ済まねえ威力とか?」
「第一級神罰執行権限が与えられるケースは、ただひとつだ」


「団・・・・・じゃなかった、ジェイド様!それにクラウド神父様も!」
 重ねて詳しく問い出そうかと思っていたジェイドの言葉を阻んだのは、後方から響いた騎士の呼び声で。
 少し残念に思いながらも、努めて気持ちを割り切って、駆け寄る部下に応対した。
「おうおう、どーした?運動後に全力疾走は堪えるぜ~?」
「たっ、たった今、ノワールから、連絡が・・・・・」
 相当に急いでいたらしい。騎士は所々不自然に区切りながら、やや興奮した様子で上司を見上げた。


「副長と賢者殿の到着を確認。それと・・・・・・例の幻獣も、街に着いたとのことです」





+++++++





 こすっ。こすっ。こすっ。こすっ。こすっ・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 静寂をキャンパスに描いて、ついでに保存用の塗装まで終えてしまった後のようにしんとした室内を、何やらよく分からない リズムが規則正しく鳴り響く。
 羽ペンの先を羊皮紙の上に置いて、上げて、置いて、上げて・・・・・。ただひたすらそれだけを繰り返す少女の栗色の髪は、 どこか拗ねたように卓上へと垂れたまま。
 こすっ。こすっ。こすっ。こすっ。こすっ・・・・・・・・・・
「・・・・ミリア、いい加減になさい。お行儀が悪い上に、可哀想でしょう。紙とペンが」
 ずっと黙したまま、教え子の行動を不審な目で伺っていたセルシスが、ついに本を閉じて注意を促す。
 そのコメントに、やや経済的と取れなくもない慈悲が入っていたような気がするのはある冬の日の幻として。
 とりあえず聞こえてはいたのか、ミリアは己の無意味な行為を途絶えると、眼前のセルシスを上目遣いに見上げた。
「・・・。セルシスさま、おとうさんは?」
「ジェイド様なら今日も、大切な話し合いをしておいでですよ」
「今日いっぱい知らないひとが来てたのは、そのせいですか?」
 おそらく、彼女なりに何か良からぬ不安を感じていたのだろう。柳眉を上げて恐る恐る訊ねる少女を極力怯えさせないよう、 老婆は優しい微笑みを返した。
「ええ。今回の話し合いは、たくさんの人で行なわれるほど大切なことです」
「おかあさんもいるんですか?」
「ええ、勿論」
「ラーグも?」
「・・・・・・・・え?」
 突然、これまで同じ状況下で出されたことのない名前を口にされて、瞬間、セルシスは返答に困ってしまった。
 ややあって―――――


「・・・ええ、彼もまた、今回の件でノワールに送られて来た訳ですから」
 なんとかそう答えると、少女は「そうですか・・・・」と意気消沈し、再び溜息を吐きながらつまらなさそうに羽ペンを打ち出す。
 おやまぁ、と、セルシスは俯くミリアの前で口元に手を当てていた。
「よっぽど気に入っているんですね、あの神父様のことが」
「ラーグはね、一緒にいるとすごくあったかい気持ちになるの」
 うっかり敬語が外れていることより、少女の口から出た語意に、老婆は目を見開かんばかりに驚いた。彼女自身、ラーグと面識が 皆無という訳ではない。無礼にも主君の執務室へ断りもなく入ろうとしたのを止めた経験があるのだが――――そうでなくても、 あの凍てついた氷のような表情は、美しくもあるがそれ以上に畏怖すら与えるだろう。
 しかし、眼前の少女は紫水晶(アメジスト)の瞳に嬉しげな光を称え。
「お日様と同じ髪と、きれいなお空色の目。春の風が来てくれたみたい。あたしね、春になったらおかあさんにいーっぱいの シャムの花摘んであげて、おとうさんとおかあさんとラーグとセルシスさまと・・・・・みんなと一緒にずーっといたいなぁ」
 それは、瞳の奥に宿る誰に話していたのか。
 何も知らない少女の、決して叶うはずのない無垢な望みに、セルシスは胸を射抜かれんばかりの表情になった。
 ミリアの視線が逸らされていたことに感謝したほどだ。やがて、なんとか普段の笑顔を作ると、老婆は落ち着いた物腰で席を立つ。
「そうですね。そうなれば・・・・・・いいですね」
 その口調が、語尾になるにつれて弱々しくなっていくことに、ミリアは、気づかなかった。





+++++++





「では、話をまとめるです」
 重圧的な場の雰囲気からやや外れた幼い声は、眼前に広がる地図を指差した。
 議に参列した一同は、身を乗り出す彼女の小さな体を黙って見つめる。


「まず、レイゼーが突発的に責めてきた場合の戦場。これはここ、ノワールと国境の間に広がるダナの密林が最適です」
「・・・賢者殿、しかしここはノワールから少し距離がありませんか?」
 抗議と言うより、純粋な質問は、向かいの席から聞こえた。
 穏やかで柔らかい口調は、決して非難することなく、彼女から相応の答えを待っている。
 ぴょこりと亜麻色の髪を揺らして、賢者と呼ばれた少女は正面に佇む灰色の瞳を覗きこんだ。
「問題はありませんです。アルセイド。むしろ人身への被害を考慮するなら、こういう場は遠ければ遠いほどいい」
 重ねて何か言いかけた青年を落ち着いた動作で制し、大賢者フォル=メンゼルは「それに」と的確な回答を示す。
「兵をいくらかに分断し、森全体を左右にこう迂回させれば、上手くいけば凍結中で足場の悪い運河に敵軍を追い込めるです。 又それが失敗しても、三角図の配置を怠らなければ、確実に負傷兵の退路は確保できる。地の利は確実にこちらにあるです」
「だ、そうよアルセイドくん。他に何か聞きたいことはある?」
「・・・・・・いいえ」
 小さな指を地図上に這わせて説明する少女と、その後に付け加えられたアリシアの明るい声に。
 感嘆に要した僅かな間を置いて、青年は、束ねた雪空色の髪を小さく振って苦笑した。
「流石は賢者殿です。いらぬ心配でした」
「疑うことは常に真実を示唆する唯一の道筋です。思慮深く温厚な聖堂騎士団(ラウストウィア)副長の噂は本当だったようですね」
「まったくよね。聖堂騎士団だって、実質この人がいるから効率的に動いているようなものだもの。無駄にアバウトで思慮なんてモノ が最初から存在しない誰かさんと交代してほしいものだわ」
「・・・・・。あのさ、アリシアさん・・・・」
「あら、どうしたのジェイド?まるで今現在も逃れようのない図星の嵐に晒されているみたいな顔して?」
「・・・・・・・・・・・べっつに」

 つれづれに連なる言い争いに、一瞬議室内を和やかな笑いが包み。
 その中で唯一、微弱ほども感情の変化を表さなかった神父は、憮然と腕を組んだまま眼前の2人を見つめた。

 アリシアの症状が治まっているのもそう長くはないはずだ。日を追うごとにその周期が縮まりつつある意味を、目の前で屈託なく笑うジェイドとて、すでに承知している。
 それなのに――――――
(・・・・馬鹿馬鹿しい)
 逡巡脳裏に映った疑問を、ラーグは理解するより前に胸の奥へとしまい込んだ。
 その心理に呼応したかのように、幼い少女の―――いや、その姿をした、数百年を生きる大賢者の声が室内を叩いた。
「では、詳しい配列や作戦は折り入って説明しましょう。とりあえず、予期せぬ襲撃には、今日決めた方針で進んでくださいです」





+++++++





「賢者殿は、帰られたのですか?」


 解散された室内は、司祭やら修道女やらが立ち去った後なので、会議中に比べてずいぶんスッキリしてはいたが。
 それでもまだ数人、その場を動かない影が見受けられた。
 書類を束ねながら、穏やかな口調で質問するアルセイドを見下ろして、のびをしていたジェイドは煙草をふかしながら。
「ん?おぉ、アリシアと聖堂で話でもしてから、一旦クレイシアへ戻るってよ。なんでもあの街で、よく分かんねぇ大樹かナンかの研究をしてるらしいが・・・・・・・・なんだよアル。用を思い出したんなら今のうちだぜ?」
「いえ・・・。ただ、このように突発的な事態に、よく軍師としてご協力を承諾してくださったと思いまして」
「あぁ。それか」
 部下の疑問に、藍の瞳は気づいたように手を叩き。
「あの人は、アリシアと顔馴染みらしい。ま、そこんとこはよく知らねぇケドな。軍師の件だって、あいつがいたから快く承諾してくれたようなモンだ」
 そこで、お!と何かを思い出したように、ジェイドの快活な表情が傍らの神父を振り返り。
「快くって言えばよ。メンゼルのやつ、話の所々でお前のこと見ちゃえらく機嫌良さそうにニコニコしてやがったけど・・・・・・ ラーグ、お前ひょっとして顔見知りか?」
「・・・・・・・・・気のせいだろう」
 刹那、抑揚に乏しい男の面に僅かな疲労の色が滲んだが。
 ナチュラルに見逃したジェイドは、そのままいやいや、と首を振って見解する。
「そーかぁ?俺から見りゃ、ありゃまるで手懐けた猫を見る母親の・・・・」
「気のせいだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ジェイドは、それ以上の追求を避けた。
 よくは分からないが、あからさまに眉間の皺を深くしていく神父を見ていると、そうすべきであると本能で感じ取っていた。
 開いた沈黙を見計らったのか・・・・・
 そのあとにアルセイドの続けた言葉は、やけに鮮明に室内にこだました。
「・・・・。しかし、あの方が我々に提供したのは、何も知恵だけではないでしょう」



 流された視線の先――――
 方形の室内の後方には、議の席にあって唯一、一言も発することのなかった人物が、悠然と腰掛けていた。
 背を預けた壁のすぐ側に窓があったため、表情の細やかな部分は逆光で遮られていたが。濃度の濃い黒髪と、左目を覆い隠す大きな 眼帯が、見るものの目を引き付けた。もう片方の瞳は、慇懃そうに閉じられていて。まとった民族調の衣から覗く頑丈そうな手足は 男性特有の力強さを持っていたが。両の耳がある場所から突き出すのは、鋼のように堅く歪な碧の翼―――――

 そのとき、男がふと顔を上げたのは、周りの視線に気づいたからではない。
「・・・・・・ハガルか。どうした」
 薄く開かれた碧の瞳は、しかし何も映さず、茫々と虚空を眺めている。窓の外に異変が起こったのは、そのときだった。
 突如、何か大きな影が白の風景に残像を残したかと思うと。次の瞬間には、閑静な室内に、新たな来訪者が現れていたのだ。来訪者 たる老人は、ゆったりとした布地を折って軽く頭を垂れると、眼前の主に小さく耳打ちする。
「いや、大したことではありません。ご指示の通り、北の配備は完了しました。ただ・・・・」
「ただ、なんだ」
 光を映さぬはずの男の双眼が、鋭く老人の姿を捕らえた。同じく盲目の老人は、さらに声を落として告げる。
「それが・・・長の仰ったとおり、やはり北の魔気に異常な膨らみが感じられます。用心はすべきでしょうな」
「・・・・・そうか・・・分かった。お前たちは引き続き、国境の守備にあたってくれ。くれぐれも気をつけろよ」
「人間たちにはお教えしないんで?」
 確かめるような老人の言葉に、男は逡巡もなく、即答した。
「確証がないぶん、余計な混乱を招かないとも限らん。人間には人間との争いをさせねばならんのだ。『それ以外』は、我らが掃えば良い」
「左様ですか・・・・御意。また定期にご報告に上がります故」
「ハガル」
 丁寧な仕草の後、窓の縁へと手をかけた老人の背を、幾分躊躇にも似た低い声が呼び止め。
 互いを映さない碧の瞳は、ガラスのように昏々と互いに交わる。男の表情に、初めて弱いものが含まれた。
「お前たちには、感謝している。咎人たる私にここまで付いてきてくれた。すまない」
「そのようなこと・・・・長の意志は我らの意志。このハガル=ジェノ=リュード、我が誇りと鱗に誓って、最期までお供致しますぞ。 レノン様」
「・・・・・・・・感謝する」
 優しげだが威厳のある声で告げられると、次の瞬間には、再び老人の姿は消えていた。



「ヒューッ。さすが幻獣最強と謳われた《碧竜(へきりゅう)》の氏族ってか?もう見えやしねぇぜ」
 文字通り風のように去っていった老人を見て、後ろからジェイドが純粋な感動を口にする。
 裏表のない笑顔を前にして、《碧竜》の長――レノンは、白い眼帯を相手のほうへと傾け、
「すまんな、ジェイド。卿ら人の慣習からすれば、我らが本来の姿で徘徊するのは好まんだろうが・・・・・・迅速な移動のためだ。 しばし我慢してくれ」
「・・・・国境上の防護は、お前の一存で行なっているんだったか」
「ああ。今もハガルを連絡係として、ほとんどの《碧竜》を配置している」
 確認を交えたラーグの視線にも、柔らかいが厳しい物腰を崩さず、レノンは頷いた。
 冷静で静かな空気に変化を生んだのは、意外な人物の一言。


「・・・・・。・・・解せませんね」


 口調は温和だが、どこか吐き捨てるような音階を交えて。
 アルセイドは、猜疑を含んだ灰眼を盲目の長老へと注いだ。
「国境は、ダナの密林よりさらに北へと位置しています。わざわざ敵を煽るような真似までする必要があるのですか?」
 国境は、ただでさえ微妙な勢力バランスを保つファーネリアとレイゼーの命綱とも言える。そんなところに幻獣などが連なれば、最悪、こちらが北へ進軍していると取られてもおかしくないのだ。その危険性を何度も指摘したが、結局レノンは己の意見を曲げず、またジェイドもそれを許した。
 ややあって、レノンが細い口を開いて放ったのは――――
「・・・・念のためだ」
「念のため、念のためと・・・・貴方はそうとばかり仰られますが、一体何に対しての『念のため』なのです?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「言えませんか。ひょっとすると、ただ怖いだけなのではないのでしょうね?」
「アルッ!!」
 瞬間、激しく叱責したのはジェイドだった。誇りを生そのものとして生きる彼ら幻獣にとって、恐怖に行動を駆られる などと言う発言は最大の侮辱に等しい。
 だが、レノンは大きな反応を見せず、逆にアルセイドのほうが上司の糾弾を跳ね返した。
「お言葉ですがジェイド様。これは正当な疑問です。確かに、先手が読めないこの状況下で、《碧竜》の協力は戦力的に見て非常に 心強い」
 しかし、と、青年は穏やかながら瞳に強い光を湛え。
「・・・・理由が分かりません。幻獣は本来、人の世界に干渉することを極端に嫌っている。今までだって・・・・・・どこで何が 起ころうと、ずっと無頓着だったではありませんか」
「・・・・・アル」
「それが今さら、しかも隠し事をされながら信頼しろなどと言われて、容易に頷けるはずが―――」
「アル!」
 さっきほど強くはなかったが。
 暗黙の叱咤を乗せた声は、青年の声を金縛りのように凍らせて。その意識が冷めるのを辛抱強く待った後で、夜色の瞳は、 静かに、しかし十分に鋭い口調で呟いた。
「お前の言うこたぁ確かに正しいよ。けどな、アル。少しくれぇは他人も信用しろ」
「貴方は・・・・・・、他人を信用しすぎる・・・!」
 直後、アルセイドの体が素早く動いたかと思うと、部屋の扉が悲鳴のような音を上げて閉じられていた。



「あ゛ーーーったく!真面目なんだが頭かてーのが難点なんだよなぁ、あいつは」
 栗色の髪をバツが悪そうに掻き毟ると、ジェイドは面倒そうに溜息を吐いて。
 おもむろに席を立ち上がると、勢いで倒れてしまった椅子などものともせずに、部屋の入口へと向かった。
 その背を、淡々とした神父の声が叩く。
「無駄だ。必要以上に干渉したところで、ろくな結果にならん」
「うーん・・・・まぁ、そりゃそーなんだがなぁ。一応これでも兄弟子だしよ」
「『信頼』、か」
 嘆息にも似た言の葉に。振り向くと、黒髪の中で碧の瞳が茫々と床を映していて。
「だとしたら、・・・卿はよほど信頼されているのだな。その・・・・弟弟子とやらに」
「ん?おぅ、なんせ俺があいつを信じ抜いてっからな!」
 屈託のない笑みと僅かな煙の匂いだけを残し。
 栗色の髪は、勢いよく会議室の扉を開け放って行った。




「あの男も、相変わらずだな。聖堂騎士団最強と名高い存在がああも素直だと、人間というものが少し、面白く見えてくる」
 決して皮肉を含まず、むしろ好意的に苦笑する男に。
 声をかけられているのが自分なのだと分かると、ラーグは肯定も否定もなく、まったく別の話題を口にした。
「・・・・だが、あのアルセイドという男の言い分にも道理はある」
 レノンの視線が―――いや、気配がこちらを向いても、神父は冷然と目線を逸らしたまま、静かに続け。
「お前の言動には矛盾点が多い。幻獣がどうであれ、人間には理由が必要だ」
 視線は落としたまま、平板な神父の声には表情と呼べるものはない。
「生きる理由。殺す理由。いずれにしてもそれらを踏まえて、人は己を正当化させようとする」
「つまり、己を隠すものは存在そのものが偽り・・・・と言うことか?」
「そう思うのが人間だ」

 明瞭だが、どこか決定的な断定力に欠ける物言いに。
 レノンは少し意外そうに息を吐くと、次いで黒い法衣を正面に見据えた。そして。
「・・・ラーグ、と言ったか。卿は変わっているな」
「何が」
「その言い方だと、まるで卿が人外の存在であるように聞こえるぞ」
「・・・・・・・・。あながち間違いではないがな」
 自身にすら聞こえない程の声で、ラーグは小さく独りごちた。
 ・・・・いや。それは正解であると同時に不正解であり、偽りではないと同時に真実でもない。
 ただ、漠然とした事実のみが目の前にあり。その明瞭な解答を求め、自分は魔剣を求めた。
 いかなる文献にも記されなかった『答』が、真実の知識が、そこに在ると―――――


「偽り・・・・か」
 完全に聞き逃したのか、それとも沈黙の意味を察したのか。
 零すように繰り返す低い声に、神父は初めて顔を上げてレノンを見据えた。
 幾重にも重ねられた衣が、極寒の大気に触れ、固く揺れている。
「それもいいだろう。私はそう呼ぶに相応の大罪を犯した。今さら贖罪による洗礼を求めたところで、何になろうか」
 同時、ラーグの眉がぴくりと動いた。
 神に最も近い種族と言われ、理を重んじる彼ら幻獣が『大罪』とまで称する罪はただひとつ――――



「『禁忌の仔』を生んだのか・・・」
 碧の片眼は、困ったような苦笑を返しただけだった。
 それを即座に肯定と解釈すると、ラーグの頬に微かな訝しさが宿る。
「・・・・相手は」
「人間の娘だよ。もう、・・・・・・どこにも居ないがね」
 瞼に翳を落とす幻獣の言う『どこにも』の広さを察し、しかし微弱な同情もなく、ラーグは淡々と状況を理解していった。
 人と幻獣の寿命の違いはどうにもならない。おそらく目の前のこの男も、その辺の事情で片割れを失ったのだと予想していると。
 それを裏切る返答は、当人の口から聞こえた。
「骸と、そして我が子は教会に預けた。もう1年になるか」
「子供?・・・生きているのか?」
 心底意外そうな声だった。
 『禁忌の仔』は通例、殺すか捨てるかの処遇しか与えられない。たとえ氏族の長老であるとは言え、寛大な処置は期待できないはずだ。 その上、教会に預けた?異端を最も嫌悪する人間が、それを承諾したと言うのか?
「いろいろあったのだよ」
 まるで見透かしたように、盲目の瞳は優しくラーグを捕らえ。
「正確には、彼女のほうに繋がりがあった。取り引きという形を取れば、存外に賢老院と言う輩も、あっさりと動いてくれる。 それに・・・・・・・・『禁忌の仔』がまともに生きていけるとすれば、おそらくそれは教会だけだろう」
「・・・。それが、お前が戦争に加担すると申し出た『理由』か」

 大聖堂教会は、ファーネリアの中枢そのもの。
 この国が落ちれば、特に教会の人間は無事では済まないだろう。その中に紛れる、小さな形見すらも。
 沈黙するレノンに向かって、しかし、黒い法衣は未だ疑問を感じたままだった。
「そうだとしたら・・・・・なおのこと、お前の行動は矛盾している」
 そうまでして―――それほどまでに、大切なものならば――――

「何故、そうもあっさり手放した。大罪と言えど、幻獣にとっては『禁忌の仔』など、珍しくもないだろう」
「ラーグよ、私は長老―――それも、『始祖』の直系たる血を引くものだ」
 レノンの声は、しっかり通ってはいるがどこか頼りない。
「確かに、ハガルや数人の同胞は快く受け入れてくれたよ。だが、ルドルに棲まう幻獣は何も我らだけではない。『純血者』 が禁忌の交わりを持ったというのは、卿ら人間の言う第一級神罪にも等しい愚行だ。仮に――――」
 一端区切ると、レノンは軽く息を吐いて肩を落とす。
「仮に、私が許されたとしても。当の『禁忌の仔』はそうはいかん。同胞から蔑まれ、罵られながらも、父親が族長と言う 肩書きだけで無理矢理生かされて、しかもそうある以上私を恨むことを許されず、孤独の中、独り父親より先に老いて死んでいく くらいなら・・・・・・・・・せめて人として、人の中で生かしてやりたかった」
「あえて自ら、憎まれる状況を作ったのか。・・・血肉を分けた子であるにも関わらず」


 生きる自由。憎む自由。
 レノンは幼い稚児にその自由を与えた。
 自らの血縁と存在と信頼を犠牲として―――――――



「罪には罰が必要なのだよ。ラーグ」


 そう微笑む男の顔は、逆光に隠されてよく見えなかった。
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【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 3

2016.05.17 23:03|クロスマテリア
 分厚い雲の隙間から、薄い月明かりが地上を照らしている。
 日も完全に落ち、世界を群青色が彩る時間になると、元より閑静だったノワールの道にもさらなる静寂の風が吹き通り。
 昼間より格段に凍てついた大気には、まるで生き物の気配は程遠い。
 灯りを消し、すっかり深い夢の中に入った民家の列にも、もはや沈黙を妨げるものはない――――
 かと思われていたが。

 よく耳を澄ますと、宵闇に溶け込むように、密かに足音が響いていて。
 なるべく静寂を壊さないよう、月光の合間を通り抜けていく男の足取りは、手馴れてはいるがひどく重々しいものだった。
 無言のまま自宅へ入っても、その歩調は緩むことなく廊下を突っ切って行って。
 急くように目的の場所に入ると、途端に室内をむせ返るような血の匂いが取り囲んだ。
 自らの全身を彩るどす黒い色彩は、しかし、彼自身のものではなくて。
「・・・・・・・だんだん、染み付いてきやがった」
 煩わしそうに舌を打つと、まるでその血臭を隠すように―――いや、むしろ隠す為に、男は余っていた煙草を取り出して―――
「随分と遅かったな、ジェイド」
 火をつけようとしたとき、背後から零れた低い声に。
 ジェイドは煙草を咥えたままの顔で、軽く振り返った。
 僅かな月明かりに映えるように輝く金の髪を認識しながら、しばらく呆然と口を開いたあと。
「・・・あーりゃりゃ?なんでお前がさもトーゼンの如く我が家にいんの」
 声を殺しながら、引きつった苦笑いを浮かべる男に、ラーグはさして抑揚というものを持たず。
「ミリアを連れて帰れと言ったのはお前だろう」
「うんうん、言ったよ?言いましたヨ?でもアレってたしか、今からかれこれ6時間も前の話ですヨネ? あー待て待て、うん。俺ボケてない?はたまたこれは夢で、俺ってばどっかで冬眠してる?」
「・・・あれから、なかなか離れようとしなくてな。結局、寝るまで付き合わされる羽目になった」
 眠そうではないが、あからさまに不機嫌さを眉間に刻み込みながら不平を投げる神父であったが。
 その言葉を聞くと、ややおかしな動作で混乱しかけていたジェイドの表情が、つっかえが取れたようにスッキリしたものに変わって。「なーんだ、そーかそーか」と明るく笑うと、改めて煙草に火を灯した。
 小さいが、一瞬暗がりに生まれた強烈な光は、刹那ではあったが、彼の頬に、腕に、衣服に、ひいては全身にこびりついている 大量の血痕をまざまざと照らし出し。
 眩しさに目を細めると、ラーグはやはり抑揚のない声で口を開いた。

「・・・・魔族か」
「ん?あぁ。ちょっくら『外』でね。最近やたらと動きが活発になってきやがるから、コッチも忙しいのなんのって」
 見た目とは裏腹に、肉体はおろか傷一つついていない衣服を気楽に動かして。中級魔族20体前後を屠ってきた聖堂騎士は、なんてことないように上の服を脱いで適当に洗い出す。・・・・どうやらここは、水場だったらしい。
 暗がりのせいでよく見えなかったが、衣服の下から現れたジェイドの体には、無数の古傷が荒々しく刻まれていた。
「あいつは、お前が討伐に出た日は寝つきが悪いようだ」
 沈黙を破って呟くと、ジェイドの背中が少し揺れたように見えた。
「娘に余計な心配をかけたくないのだろうが。・・・あまり驕るな。とっくに気づいている」
「だろう・・・な。ミリアにはすまねぇと思ってるさ。あの歳で、父親にも母親にも、ろくに会えやしねぇんだから」
「アリシアも、ここへ帰ることは滅多にないらしいな。どういうことだ?」
 冷徹な神父にしては、いささか驚くほどの饒舌さで、ラーグは血糊を落とす長身の背に問いかけて。
 おそらくミリアから聞いたのか、それとも、この異様に静かな館からの推測だったのか。否定の仕様がない事実に、ピタリとジェイドの腕が止まり。流れ続ける水音だけを鮮明に響かせながら、後ろの神父を顧みる。
 昼間見たときと同じ、諦めたような哀しみを含んだ笑みに、ラーグが眉を詰めていると。

「・・・ラーグ。戦ってのが何で『起こる』か、知ってるか?」
「なに?」
 あまりに文脈のかけ離れた返答に、不愉快そうな視線を投げかけるも。
 眼前の騎士の瞳に、謀りやからかいが宿っていないことを察すると、風が通る程度の沈黙を要して、 神父は静かにそれを発した。
「・・・・。各々の利と害が、一致しないからだ。相手の利が己の害となるのなら、その存在を消し去ればいい」
「そうだ。そんじゃ、もう一つ。・・・・戦がいつまで経っても『終わらない』のは、なんでだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 黙したのは、答えに窮したからではない。目の前で安穏と煙草を吸う、血まみれの騎士の意図を理解したからである。
 真偽の定まらぬ解答は、当人の口から穿たれた。
「妥協ができねえからだよ。・・・・・・ラーグ。自国の敗残を認められてるってんなら。・・・あの胸クソ悪い『聖戦』の時点で、 とっくにレイゼーと教会との間には白黒ついてやがる」
 『聖戦』とは、数年前に一度だけ勃発した、帝国と大聖堂教会との大規模な戦である。
 一兵として参戦していたジェイドは、当時の忌々しい記憶を脳裏に復活させながら、しかし、ひどく声を落とし、
「最終的には、教会が帝都まで歩を進めて皇帝の首を取り、戦は終結した。確かにこれは、教会側の勝利だ。 ――けどな、未だに紛争は途絶えちゃいない。敵も味方も、シャレになんねぇほどの犠牲を払った上での『平和』なんざ、 こんなにもちっぽけで薄っぺらいモンだったわけだ」
「所詮押し付けられた平穏など、こんなものだ。人の中に、憎しみや猜疑といった感情がある限りな」
 機械的だが、自分の中にはこれっぽっちもない感情を言葉で表して。
 胸の内で軽く自嘲するラーグに、冴え凍った灯りに照らされた夜色の瞳が泣き笑いのような表情を向ける。
 何千何万という骸を踏み越え、偽りの安息を信じて戦った男は、未だに抜け出せない柵の中に身を置いている。
 この男が、戦の勃発に驚くはずがない。なぜなら最初から、彼は途絶えることのない戦火の只中を生きているのだから。

「・・・・・それでも」
 微かに息を吐いたのは、風に揺らぐ長い金の髪で。
「それでもお前は、虚像の平穏に溺れ、与えられた生をただ安穏と生きていくだけの愚鈍な連中のために、その剣を握り続けるのか。―――・・・・・精霊王との契約を刻んだ、その聖剣を」
 珍しく沈黙していたジェイドの頬に、初めて純粋な驚愕が走った。が、それも一瞬で消えると、やはり困ったように頬を 掻いて苦笑する。溜息が、白となって大気に溶けた。
「お前って、実は賢いよな、ラーグ。まさかあの『誓印(せいいん)』だけで分かったのか?」
「刻まれた亀裂を中心に《セルフィート》を取り囲む聖気を読み取れば、どんな馬鹿でも分かる」
「ああ、そっか。お前そーいや神父だっけ」
 今気づいたようにケラケラと笑うジェイドだったが、ラーグは別段怒りもせずにそれを流すと、尋問者のような視線を 注ぐ。
「“汝  護るべき者の名において この身を 聖なる父の盾とせん”―――循環を御する精霊王の力は絶大だ。 まともな手順で契約が通るとは思えん。――ジェイド、お前は一体、何を対価として差し出した?」

 相変わらず抑揚はなかったが、本人としてはこれ以上ないくらい、逃れようのない鋭い口調にしたつもりだったのだろう。
 が、しかし。やはりジェイドはジェイドだった。
 当たり障りのない程度に沈黙すると、まるで夢のような歌劇を終えた役者のように、再び何もなかったと言わんばかりの仕草で衣服の汚れを洗い出す。
 いい加減に苛立ったラーグがまたも何か言おうとしたとき―――まるで宥めるように、静かでのんびりしたジェイドの 声が割り込んで入った。
「ラーグ。俺はな、ほんとにマジでもう、どうしようもないくらいに勝手な聖堂騎士団団長だ」
「・・・・・・・?」
「確かに、今のファーネリアの民のほとんどは、このニセ平和に陶酔して周りが見えなくなっちまってる。丈夫で安全な 『盾』の外側は、魔物やら何やらで溢れかえってるってのによ。耳を塞いで目を閉じて、必死でそれに気づかないフリを してやがる」
「・・・・・『盾』に護られていれば、楽だから」
「ああ。そんでその戦火と信望の矢面に晒されるのは、・・・・・真っ先に犠牲になるのは、いつだってその『盾』だ」
 瞬間、ラーグは直感よりも速い感覚で、ジェイドの言わんとしていることを悟っていた。
 記憶の片隅を、まだ出会って時の浅い聖女の面影がよぎる。

「ノワールを護りながら・・・・要するに、この国全土を護りながら、あいつはそれでも『盾』として、ここから一歩だって 動くことはない。だったら俺は、教会の『剣』として、あいつに近づく全ての敵を薙ぎ倒す。 あいつが護ってる連中ごと、俺はこの国の『盾』を護る『盾』になる。分かるか?全の為じゃなく、全を護る一の為に、 俺はこの剣を握っているんだ」
「・・・・・矛盾しているな」
「俺も、そう思うぜ」

 妥協できないことが、乱争の根源であると説きながら。
 決して曲げることのない、凶暴なまでの己の信念に、聖堂騎士団団長は悪びれた風も見せずに、人懐こい笑顔で頷いた。





+++++++





 ノワールの端――東の塔(シャンテノール)の広場は、いつにも増して賑やかだった。
 早朝まで降っていた雪は、いつの間にやら音もなく止んでいて。真新しい銀雪地帯の上を、楽しそうに横断する家族も、 普段よりかは多く見受けられる。
 しかし、ともあれば質素な宗教画を思わせるような静かな散歩道に響いていたのは、一足速い陽光のような声だった。

「わぁ!ほんとに真っ白だね、ラーグッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんで止んじゃったのかなぁ、・・・・あ!もうすぐ新芽が出てくるからかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「やっぱり最初はモルル草かな?あたしはシャムの花のほうがいいなぁ・・・・・ねぇねぇ、ラーグはなんの花がすき??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 しきりにきゃぁきゃぁとはしゃぐ栗色の髪の少女と、その側で石のように沈黙を貫く青年を交互に見比べながら。
 少し離れたところで立っていた数人の巡回騎士は、訝しげな眼差しでそれらを傍観している。
 しばらく黙したまま見物していたが―――ふと、うち一人がなんとなしに呟いた。
「・・・・なんて言うかさ。あれだけ周りでキャーキャー騒がれて、よく平然と本とか読み続けられるもんだよな」
 賢老院から神父が来たことは、どうやらすでに聞いていたらしい。
 別段不審者を見るでもなく、騎士たちは気を削がれたような感想を述べる。
「オレらが見てるだけで、もうかれこれ30分だぜ?尊敬していいんだか、呆れるべきなんだか・・・・・」
「いやいや、それならミリアちゃんの方だろ。30分以上も無視され続けて、なんでああも楽しそうなんだ?・・・・ん?」
「「「あ゛。」」」
 直後、起こった出来事に、全員の声が固まった。
 ベンチに腰掛け、黙々と読書を続ける神父に話しかけながら、しきりに周りを動き回っていた少女の足元を。
 全く変化のない平板な表情を紙面に落としたままの神父の脚が、素早い動作で弾いたのだ。
 突然のことに、動き続けていた少女の口は、白い毛布の中に埋もれて止まる。
 騎士たちの中に、妙な緊張が走った。
「・・・・・・・・こかした」
「こかした、よな?」
「――あ、でも」
 見ると、白銀に綺麗な人型を作って起き上がった少女は。
 泣くでも怒るでもなく、むしろそれまで以上にパァッと顔を輝かせていて。「やったなぁーっ」と叫ぶと、だんごサイズ程の雪をペイペイと神父の足元に投げ付ける。無論、神父のほうは無頓着だ。

「・・・・・・・・喜んでる?」
「喜んでる・・・・よな」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「さすが団長の娘」
「アホ!声がでかい!」
 有無を言わさず同僚の口を押さえる騎士の頬には、鬼気迫るものがあった。



 いい加減にしてほしい、と思う。
 ノワールに来てもう3日。臆病にも現実逃避をしていた要人たちもようやく重たい腰を上げ、守備防衛を固める手はずは整いつつある。おそらく、今日明日にも、聖堂騎士団副長を始めとする戦力の一部がこちらへ送られてくるだろう。 そうなれば、今度は具体的な方案をひねり出し、いよいよ本格的な勢力図を構築していかねばならない。
 “始めから、平穏などない。偽りの仮面が剥がれ落ちようとしているだけだ”
 男の言葉は、正論だと思う。

 しかし、だからと言って自分には、彼のように確固たる信念も、護りたいものもない。
 ただ、漠然とした目的があるだけだ。そのために、予見の力を持つ禁忌の仔の言葉を借りて辿り着いた『ここ』で、賢老院の命令を 遂行しなければならない。


――ラーグ=クラウド。ノワールでの責務を無事終えた暁には、賢老院の言を以って、お前に『金』の権限を与えよう―――


 ふいに、朗らかだが威厳のあるウィクトールの声が脳裏に蘇った。貢を捲ろうとしていた手が、一瞬止まる。
 ・・・『銀』では駄目なのだ。
 そのために、どれだけの人間が殺し合おうが、戦争を始めようが、自分にはどうでもいいことで。
 ただ、求めたものを手に入れるため。
 死への恐怖などない。死が恐怖だとも感じない。たったそれだけのことに右往左往し、醜くも判断を 鈍らせる頭の悪い連中をよそに、こうして空いた時間を無為に過ごしていたわけなのだが。

「みてみてー、ラーグ。雪だるま!」
 どこから来たのか、目の前で楽しげにはしゃぐ少女を一瞥し、ラーグは、うんざりと息を吐いた。
 本当に、いい加減にしてほしい。
 放っておけばじきにどこかへ行くと思っていたのが、忍耐強いのか鈍いのか、ミリアは丸々2時間一人で遊び続けたのだ。
 最も、本人はラーグと遊んでいるつもりだったのだろうが――――一言も喋らない相手に対してそう思えるのは、もはや馬鹿を 通り越して才能と言えるだろう。
 そんな神父の溜息に気づかないのか、ミリアはハフハフと白い吐息を吐くと、赤くなった手にそれをかける。
「さむいね~・・・・もうちょっといっぱい着てくればよかった。ラーグはさむくないの?」
「・・・・・・・・・別に」
 ようやく応対したのは、気が変わったからではない。
 読んでいた書物が、丁度最後のページを閉じたからだ。
「寒いなどと感じるのは、温もりを知っているからだ。俺には関係ない」
「・・・ふーん?なんかラーグの言うことって、よく分かんないや―――っくちッ!」
 言葉の意味が理解できなかったのか、小さく首を傾げるミリアだったが。やがて、分厚いフードを被り直すと、 小さく一回くしゃみをした。
 赤くなった鼻を擦って俯く少女を横目にして。
 無造作に立ち上がると、神父は書物を上衣の中にしまい。
「そろそろ戻れ。風邪でも引かれた日には、あの親馬鹿の鬱陶しい愚痴を一生聞かねばならん」
「・・・ふぇ?あ、ちょっとラーグっ?」
 顔を上げると、すでに黒い法衣は先へと歩んでいて。
 慌てて追いかけながら、ミリアは抑揚のないその背中へ問いかける。
「おやばかってナニーーーー??」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ラーグは、本日4度目の溜息を吐いた。





+++++++





 唄が―――聴こえる。
 酷く切なく、儚い、陽炎のような旋律が――――


 立ち止まると、ラーグはなんとなしに、声の方角を見上げてみた。探すまでもなく、それは目の前の聖堂から響いてくる。 この閑散とした静寂の街でなければ気づかないほどに、小さく―――そして美しい音色だった。
 誰が唄っているのか・・・・・・・
 歌声は、まるでこの世の全ての切望と慈愛を含蓄したかのような。しかし完璧ではなく、どこかに淋しさを含ませたような。
 初めて耳にする旋律に、しばし無言で顔を上げていると。
「ラーグ」
 名を呼ばれ、振り向くと。
 傍らには、少女が俯いたまま何やらそわそわとしていて。迷いを断ち切るかのように唇を引き結ぶと、ポケットの中から 小さな袋を出し、それを黒の法衣に思いっきり押し付けた。
 別段受け取るでもなく、かわりに神父の眉に不審な色が浮かぶ。
「・・・・・何の真似だ?」
「・・・っこれ!おかあさんに渡して?」
「・・・・」
 少女の言葉と意図を理解するより前に、ミリアは俯いたまま、しかし小さな両手を力いっぱい突き出す。
「おかあさん、いつも聖堂にいるからっ。絶対渡してね!」
 そう言うと、有無を言わさずに彼の手に袋を強制的に持たせ、そのまま声をかける間もなく走り去っていってしまった。

 神父が本日5度目の溜息を吐いたのは、その直後のことである。





+++++++





 古くとも歴史のある聖堂は、中に入ると存外に人の気配が高く。
 円洞(ドーム)状の広大なホールには、高い天井から射す控えめな光が注がれていて。穏やかに談笑する修道女や執務に追われる司祭たちを、 優しく照らしている。先日報告を済ませた際に見受けた顔も、ちらほらと視界によぎっていた。

 見慣れない端正な面立ちに、特に若い修道女たちが視線を止めて囁き合う。
 ラーグは手中の袋を一瞥すると、別段興味の片鱗も見せぬまま、近くにいた修道女に翠の瞳を向け。
「アリシア=イリスはどこにいる」
「・・・・えっ!?」
 まだ見習いらしい娘は、黒い修道服を驚いたように震わせ、そして小さく頬を染めながら慌てて答える。
「ア、アリシア様でしたら、そこの通路を突き当たった先の自室に・・・・・・あっ。でも今は――って・・・」
 反射的に俯いていた顔を上げると、すでに神父は一言もなく娘の指差した方へ歩んでいて。
 後方で何かを叫んでいるのも構わず、途中で制止を試みようとする者たちの声も無視し、真っ直ぐに突き進んだ扉の前まで来ると。
 即座に、神父と扉の間に白い法衣を着た老婆が滑り込んできた。
「お待ちなさい。なんですかいきなり。無礼ですよ」
 落ち着いているが強い口調が、ラーグを正面から責め立てるも。
「・・・どけ。アリシアに用がある」
「アリシア様は今、執務をなさっておいでです。御用があるなら私が受け継―――」
「いいのよ、セルシス」
 老婆の言葉を止めたのは、抑揚の欠いた低い声ではなくて。
 扉の向こう側から響いた鈴のような声に、いち早く反応したのはセルシス自身だった。
「しかし、アリシア様・・・・・」
「大丈夫。ラーグよね?私も少し、彼と話をしたいと思っていたの」
「・・・・・・・・・・」
 老婆はそれでも、逡巡戸惑っていた様子だが。
 やがて静かに腰を引き、丁寧な動作でラーグを部屋に通した。


 やはり使い古された広い室内と、高い天井。
 確かにいくつかの書棚と机があったが、そこがただの『執務室』でないことを悟ったのは、背後でセルシスが閉ざされた扉と共に 姿を消した直後だった。
 ただでさえ控えめな陽光は、窓全面に引かれたカーテンによって尽く遮られており。
 それでも、薄い布地から漏れ注ぐ明かりが、人気のない室内を仄かに映し出す。
 だが、書類と書物が綺麗に整頓された机に、人の姿は見当たらなくて。
 僅かに眉を動かしたまま沈黙するラーグに、天蓋付きのベッドの奥で、明るい声が覗いた。
「ごめんなさいね、こんな状態で。ちょっと調子悪くて――ああ、でも感染(うつ)るもんじゃないから、そんな離れなくても 大丈夫よ」
「・・・・・・・・いつからだ」
 手招きする声は、初めて会った時と同様に、相変わらず穏やかではあったが。
 カーテンの揺れた先に見えた光景に、一瞬目を瞠ると、ラーグはゆっくりとした足取りで近づいて。
「いつから、『そう』なっている」


 上半身だけを起こしてシーツを被った聖女は、いつもと変わらない白い修道服を身につけていたが―――
 そこから覗く肌の至るところには、浅黒い染みのようなもの―――いや、複雑な呪紋が、まるで生き物のようにゆったりと循環を繰り返しながら刻み込まれていた。
 静かに、規則正しく――――刻一刻と、か細い命を削っていくかのように。

 頬まで届いたそれらを別に隠すでもなく、アリシアは柔らかく微笑んだ。
「もう何年も前からよ。最近は、ちょっと頻繁に出てくるようになって。 ・・・あ、でも他の人には黙っててね?このこと知ってるのは、あたし以外じゃジェイドとセルシスだけなの」
「・・・魔気に触れすぎたか。その器も、もはや限界は近い」
「ええ。知ってるわ」
 平板なラーグの口調へ、アリシアは存外にあっけらかんとした表情で頷いた。

「いくら聖女と言えど、人の聖力は無限じゃない。10年――『見初められた者』の称号を頂いてから、もうずっと覚悟 してきたことだもの」
「10年間、一瞬たりとも途切れることなく、この街を護る『盾』を展開し、魔を浄化し続けた結末か」
 肯定を意味する微笑みに、ふと、先日のジェイドとの会話が脳裏に蘇ってきた。


――その戦火と信望の矢面に晒されるのは
  真っ先に犠牲になるのは、いつだってその『盾』だ―――


 この瞬間、ラーグは初めて、ジェイドの諦めにも似た表情の意味を悟った。
「ミリアは知らないのか」
 質問ではなく、肯定的に呟いた言葉にも、やはりアリシアは動揺なく頷いて、
「言えると思う?5つになったばかりの子供に、ただでさえ滅多に会えない母親が、こんな不気味な姿になって死んでいくなんて」
「・・・・・・・・。双方揃って、勝手なものだな」
「え?」
 小首を傾げるアリシアの前に、ラーグは無造作に小さな袋を差し出すと。
「お前も、そしてジェイドも。あまり現実から目を逸らさせようとすれば、あの娘も自然とそちらに興味が向く」
「これ・・・・シャムの花の芽?ミリアが?」
「解熱作用があるらしいな。先刻、勝手に俺の周りで2時間も独り言を繰り返しながら掘り出していた」
「解熱って・・・・・・・」
 噛み合ってはいないが、全く的外れではない娘の気持ちに。
 アリシアは一瞬驚きに目を見開いた後、小さく苦笑して、それを大切そうに卓上に乗せた。
 再び、ラーグへと視線を向ける。
「ジェイドから聞いているわ。ミリアが随分懐いてるみたいね」
「何度も言わせるな。向こうが勝手に寄ってくるだけだ」
「あら。その割には、毎日ちゃんと家まで送って行ってくれてるんでしょう?」
「口上があるなら、あの聖堂騎士団最強の親馬鹿に言え。迷惑にも程がある」
「・・・・・ふふっ」
「なんだ」
 ひとしきり言い合ったあと、不意に楽しげに笑うアリシアの態度が不可解で。
 訊ねると、聖女は柔らかな黒髪を後ろへ梳きながら。
「本当に、ジェイドの言ってた通りね。無愛想で口が悪いけど、実は率直に感情を表現できない不器用さんで、賢くて、 なんだかんだで優しい」
「・・・・・男に言われても嬉しくない台詞だな」
「あら。じゃあ、私ならご満足かしら?」
「鬱陶しい」
「ご心配なく。ちゃーんと、自覚済みですから」
 どこまで話しても、相手がアリシアである限り、この妙な力関係はラーグには不利なようで。
 半ば疲労したように息を吐くと、刹那の間を置いて、アリシアが静かに口を開く。
「・・・・・。ラーグ、あたしはもうすぐいなくなるわ。魔気に器を喰われて、成す術もなく」
 でもね、と、そのまま紫水晶の瞳は一片の心の揺らぎも見せず。
 怖れや焦り、戸惑い、悲哀。それらすべてをあるがままに受け入れた聡明さで、盾の聖女は黒ずんだ己の手を軽く撫でる。
「心は固まってても、残される者への想いは、どうしようもないのよ。あたしが死ねば、 その瞬間からノワールの『盾』は消えるわ。そしてそれは、この国の『盾』が 消えることにもなる。そうしたら今度は―――・・・・今度こそ、あの人が駆り出される番なのよ・・・・・この国の『剣』として」
 深く、それでいて零れる程小さな声は。
 不意に、先ほどの儚い旋律と見事に重なって。  ラーグはただ、沈黙を貫いたまま聞き届けている。
「だからせめて・・・・レイゼーと本当の意味で決着が付くまでは、死ぬわけにはいかない。嘘でもなんでも、この平穏な『今』 を生きる人々を護るためにも。それに―――あの人を、これ以上戦わせないためにも」
「・・・それは、あの『誓印』のことか」
「『誓約』というものは、確かに絶大な力を与えてくれるわ。でもね・・・・・・ラーグ。それには必ず相応の対価が必要なの。――― だからこそ、あたしはあの人に戦ってほしくない。彼の対価は―――戦いの先にあるものだから」


 たとえそれが、ジェイド自身が望んだことだったにせよ。
 結末を受け入れた上での選択だったにせよ。
 それでも、愛する者のことを想って、自らも戦火に身を投じる。
 ・・・・・・・それは、ジェイドにしても同じことで。

 行き場はないが、確かに強い絆で結びつき、互いの宿命を互いに背負う双方を思い浮かべ、ふとラーグの記憶に、そんな2人の小さな宝がよぎった。
 父親に母親、それにセルシスや聖堂騎士にまでも気遣われ、大切にされてきた、慈しむべき無垢な少女。
 だが、彼女が最も愛しいと感じている者たちは、彼女とはまったく違う場所できつく結びついているのだ。
 誰からも愛され、そして誰からも求められない幼子は、ただただ、その矛盾した優しさの中で笑い続けるのだろう。
 そしていつかは、父親も母親も皆、彼女の知らないところで朽ちてゆく。


 ・・・・・・憐れな娘だな。

 胸中でそう呟くと、ラーグは静かに目を伏せた。

【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 2

2016.05.17 22:39|クロスマテリア
 それは、果てしなく遠く、近い昔。
 蛍火のように優しく儚い、約束の場所――――



「北の大陸が、なにやら不穏な動きを見せているらしい」
 どこか重い陽光を招き入れながら、最高審議会の床が鈍色に照らされる。
 『神の意』とまで称され、国家全土の理の決定権を担う議会が開かれたのは、実に数年ぶりだった。
 磨きつくされた広い室内の中央には、不釣り合いなほど狭い円卓があって。そこに映りこんだ4人の老人の額には、揃って苦々しい嫌な汗が滲んでいた。
 すると、重圧感に耐えかねたのか、一人の老人が無作法に椅子の背を軋ませ、腕を組み。
「んなこたぁ解っとるわ!だからこそ、こうやってワシらが議会の席で仲良く並んどるんだろうがっ」
「・・・バルトス、遊びではないのじゃぞ?」
 軽く叱責したのは、真白い口髭を蓄えた、賢能そうな老人の静かな声。
「元より、あちらの皇帝はこの豊穣の大陸を欲しておった。これまでは、なんとか目立った戦火は防いできたが・・・・」
「事と次第によっては、全面衝突も考慮に入れておかねばなりませんね」
 白い法衣をまとった老女が、苦虫を噛み潰したような顔で賛同すると、一同の脳裏に、全く同じ嫌な未来図が展開する。

 極寒の地、北のレイゼー帝国とこの東の大国――北の民からは南の楽園と呼ばれているが――ファーネリア国は、 もうかれこれ数十年にも渡って細かい火種を撒き散らしている。
 原因は、気候の穏やかなこの大陸への、レイゼーによる侵略行為。
 北の帝国軍は噂に違わぬ精鋭揃いと聞くが、大聖堂教会とて、ただ無防備な平和を掲げるばかりではない。国の剣であり盾でもある聖堂騎士団(ラウストウィア)と、統率の取れたイルダナ神教に絶対の崇拝を示す数多の民。この全てを一気に砕こうと思えるほど、彼らも馬鹿ではなかった。よしんば兵を犠牲にして教会を破ったとしても、その後に起こるだろう民の反乱が最も厄介だからだ。
 それでも過去に一度、彼らが正面から戦火を挑んできたことがあったが―――
 長い月日と双方の忍耐、そして数え切れない犠牲を代償にして、その戦争の第一波は終結した。
 教会側の勝利という形で正式な国境を定め、以降は国家間で度々起こる小さな紛争に対応しながら、 毎年収穫の1割を譲渡することでなんとか対処してきたのだが―――――

「突然紛争が途絶え、あちらと全く連絡が取れなくなってから、もう半年になります。いくらなんでも、静かすぎる・・・・・何らかの理由で、身を潜めていると考えるべきでは」
「『何らか』ってなぁ・・・ハッキリ言ったらどうよ。んなもん侵略の準備に決まってんじゃねえか!」
「バルトス、少しは言葉を選ばんか」
 静かだが、強い口調の老人の声は、一瞬室内に充満し。
「そのようなことは、皆解っておる。戦が――国を賭けた『殺し合い』がいかなるものか、お前も知らぬわけではあるまい? 我らが今日ここへ集ったのは、何も無駄な時間を弄ぶためではない」
「同感だな。ファーネリア法典第9条3節にも記されている。『法を犯すは、人の罪。然らば法に順じて、人の手により、これを罰すべし』――。 ・・・・それで、どうするのだ?ウィクトール」
 襟元までキッチリと法衣を着込んだ男が、淡々とした様子で顔を上げる。
 神礼院総帥にして、賢老院の長である老人は、ゆったりとした動作で瞼を下ろし――。吐息か何かと思われるような声で、 決断を下した。
「・・・・・・・・ファーネリアの『盾』を創るしかあるまい。ノワールに使いを」





+++++++





 春先とは言え、この大陸でほぼ最北に位置する大地の上には、まだ純白の衣が敷かれていて。
 それでも暖かい陽光が注がれると、照らされたそこはダイヤモンドの粉を反射するかのように輝きながら、凍てつく大地を溶かしていく。
 皆屋内で暖を取っているのか、誰もいない広場の片隅で、ばさりと白い雪が落ちる音も鮮明に耳へ響き。
 しかしそれは、雪解けの重みに耐えかねた自然現象ではなくて。
 刹那の間を置いて、白雪(はくせつ)が零れ落ちた場所から、だらりと力ない大きな足が垂れる。この寒いと言うのに、のんびりと木の上で 昼寝をしているらしい。だが男は心配する気も失せるほどに血色のいい頬を傾け、健やかな寝息まで立てていて。
 見たところ爆睡しているようなのに、しっかりと咥えた煙草からは、規則正しい煙が上がっている。
 穏やかな静寂が破られたのは、そのときだった。

「団長!団長~!?・・・・あ、いたいた―――・・・って、うわ?!」
 白い息を吐きながら走ってきた男が、一瞬明るい表情をするや。今度は対照的に、唖然としたように固まって。
 突然大声を出されて飛び起きたせいか、大枝に盛大にぶつけた頭を押さえつつ、呼ばれた男は栗色の髪を振り乱さんばかりに振り返った。
「・・・・っお~ま~え~な~・・・」
「げ!す、すいません!知らせがあって慌ててたもんで・・・」
「なんつーことしてくれたんだ・・・」
 男はしかし、部下の想像していたのとはちょっと違った方向に思考が向いているようで。怒りと言うよりは悔しげに肩を 震わせながら、半分涙目にまでなりつつ拳を握り締める。
「今・・・今俺はなあ、生涯で最っっっ高の瞬間をリピートしてたとこなんだぞっ?!」
「は・・・?」
「娘が・・・・・・あのたどたどしい仕草でハイハイしか出来なかったあいつが・・・・・初めて自力で立ち上がった 奇跡の瞬間が・・・・・今まさにおもちゃのジャングルジムから手を離そうとしたところで目が覚めやがったんだぞッ?! どう責任取ってくれんだ!」
「いや。どう・・・って言われても・・・・・・」
 またいつものが始まった、と言わんばかりに溜息を吐く部下の前で。しばらくショックを堪能したあとで、男はやや強引に割り切って、軽快な動作で木から飛び降りる。
「ハァ・・・・。ま、仕方ねぇかー。・・・つーかよ、それはそうと」
 冬季とは言え、日に焼けた健康的な肌から覗く藍色の瞳を、ややじっとりとした眼差しに変換させ。
 男は年齢のわりにはコロコロと表情を敏感に変えながら、少し拗ねたように部下を見つめる。
「団長って呼ぶのはヤメロっつーの。それで本名忘れられたりでもしたら、なんかこう・・・侘しいじゃねーか」
「・・・・・・・そんな、あなたじゃあるまいし」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も」
 口の中でぼそりと零した程度の呟きを鋭く指摘され。それでも、部下の面には畏怖などの極端な感情の変化は見られず、 ただ苦笑しながら親しげに背筋を伸ばす。
「そうそう。えー・・・ジェイド様?聖都からの使いで神父様がいらっしゃってますよ」
「使い?なんだ、今度は何の任務だ?」
「さぁ・・・・・なんでも、賢老院からじきじきの勅命だそうで。とにかく、急いでください」
 そうとだけ言って、せわしなく走り去ってゆく背中を見送った後。今一度大きなあくびをして、ジェイドは眠そうな眼のまま、
「神父、ねぇ?・・・・・・なんか物騒なことでもおっ始める気か?」
 曇った声で呟くと、そのままのんびりと歩き始めた。





+++++++





 潤沢な聖気の奔流が取り囲んでいる。
 それが、ノワールに来て最初に気づいたことだ。
 そしてそれは、決して比喩的な意味ではなくて。溢れんばかりの聖気は、まるで母が子を護る暖かい腕のように、 街全域を包んでいる。
 純粋な魔気―――魔族のみを拒絶する結界は、たった一人の聖女によって生み出されているのだと聞いた。

「・・・・・・・・・・・・」
 別段行くあてもなく彷徨っていた男は、冷然とした瞳のまま虚空を見上げる。だが今や、灰白の空は彼の瞳と同調することはなく。 白い吐息と、冷風になびく束ねた金の長い髪が見えなければ、今ここが極寒の地であることすら判別し難かっただろう。
 胸元で、頼りなく揺らぐ銀の十字架(クロス)が服を擦りつけていると。


「あら?」
 響いた鈴の音のような声に、彼の意識と視線はゆっくりと降下し。
 見ると、若い女がこちらを不思議そうに眺めていた。
 寒さのせいか、雪と同じく白い面立ちから覗くのは、美しい紫水晶(アメジスト)の瞳で。着込んだコートの下に見え隠れするのは、 高位の聖女が身につける純白の修道服だ。
 こちらが黙っていると、女は瞳に美しく映えるように透きとおった蒼いピアスを軽く動かして。。
「服装からして、教会関係者・・・・よねえ?でも見ない顔だし・・・・結界越えてきたんだから魔族じゃあないんだろうケド・・・」
 ともあれば独り言とも取れる口振りで、何かうんうん悩んでいるようで。
 単にその様子を見続けるのが億劫になり、男は冷ややかな声で初めて口を開いた。
「ノワールの責任者はどこだ」
「『どこですか』、でしょ?年上にはそれなりの言葉を選ぶっ」
 陽気に人差し指を立てる女性のコートから、チラリと金の十字架が揺れたのを見つけて。男は怪訝そうに、眉を詰めた。 位階云々での儀礼ならともかく、年齢の違いなどと言う陳腐な理由で叱責されたのは初めてだ。
 最も、本来の年齢など定かではなかったが・・・・・・・
 どうやらこの女の瞳には、そういう順列に映ったらしい。
「年下かしら?年下よね。まさか迷ったの?おっきな迷子ね~。ま、いいわ。聖堂まで案内してあげる」
 勝手に解釈して自己完結させ、無造作に伸ばしてくる腕を。
「触るな」
 心底嫌そうな声で振り払うと、彼女は一瞬だけきょとんと目を開けていたが。一瞬が過ぎると、まるで何もなかったかのように、 あっさりと背中を向け、笑顔で振り返る。
「そ。じゃあ、ちゃんとついてきなさい?」
「・・・・・・・・・・・・」

 どうにも話が噛み合わない。
 歯がゆくはないが理不尽な現状に、どう対処すべきか思案しかけると―――

「おーい、アリシア!・・・って、あぁっ、こんなトコにいやがった?!」
「あら、ジェイド」
 快活に響いた第三者の方を振り返り、アリシアと呼ばれた女性は相手の名を呼ぶ。
 しかし、声をかけたのがアリシアであっても、ジェイドの視線は同時に見つけたもう片方の存在に注がれていて。
 引き結んだ口元に煙草を挟んだまま間近まで来られると、長身の自分よりもう一段階ほど背が高い。 そんな位置からまじまじと見下ろしてくる藍の眼を鬱陶しそうに一瞥し、男は小さく溜息をついた。
「金髪に蒼い眼、そんで銀の十字架・・・・・と。間違いねぇな、お前だろ?聖都から派遣された神父ってのは」
「誰だお前は」
「・・・・おまけにそのすこぶる偉そうな態度。ん、報告に差異ナシ・・・と」
 呆れを含んだ半眼で呟きながら、ジェイドは「いや違う!」と我に返り。
 ビシリと眼下の神父を指で差すと、
「お前なあっ。仮にも賢老院から任された使者が、勝手にいなくなるんじゃねーよ!おかげであっちこっち捜すハメんなったじゃ ねーか!――あ゛、やべっ。他の連中にも手伝うよう頼んだんだった。今度はまた片っ端から見つかったこと報告せにゃ・・・・俺って要領悪ッッ!!?」
「・・・・・誰だと訊いている」
 どうやら、また変なのが増えたらしい。しかも格段にレベルアップしている。
 だが続いたのはその返答ではなくて、一連の様子を情けなさそーに眺めていた黒髪の女性。
「ああ、もう。お願いだから、これ以上は止めて頂戴、ジェイド。みっともないったら・・・・・」
 ブチブチと未練がましく肩を落とす男を疲れたように諌めながら、アリシアは話を元に戻そうと試みる。
「見つかったんだから良かったじゃないの。貴方がいつも言ってることでしょ?『終わり良ければ全てヨシ。』」
「・・・・・・まぁ、そーだけどよ」
「それより、さっさと名乗ってあげなさいな。そんなアホらしい理由で、これ以上勅命の報告を先延ばししない!」
 ぴしゃりと言い切られ、ジェイドはひとつ、割り切るための息を吐くと。
 傍らの神父に向き直り、人懐こい笑顔を見せた。

「現聖堂騎士団団長、ジェイド=イリスだ。今はここでの国境守備を任されてる。んーで、コッチは――」
 視線で示された女性は、先ほどまでとはうって変わって、細い腰を礼儀正しく折り曲げた。
「ノワールへようこそ。私がこの街の責任者にして『盾の聖女』、アリシア=イリスです。賢老院の使者様」

 別段驚くこともなく、神父は先日授かったばかりの銀の十字架をカシャリと風に鳴らす。
 耳元を流れる冷風の音に溶け込むかのように、彼は、静かに呟いた。


「・・・神礼院神父、ラーグ=クラウド。最高審議会の命により、レイゼーとの戦の旨を伝えに来た」





+++++++





「セルシスさまーっ」
 ぺたぺたと廊下を駆け抜けながら、小さな少女は懸命に、前を行く老女の名を呼び止める。
 馴染んだ穏やかな顔が振り向かれ、少女はどこか安心したように、はふはふと荒い息を整えた。まだ短い手足を覆う大きめの布地が、 今は少し暑い。
 老女――セルシスは、皺の刻まれた細い指を少女の額に添え、細かい汗をそっと拭ってやった。
「おやおや、いけませんよミリア。まだ雪溶けもしていないのに、転んだら大変です」
「はいっ、ごめんなさい。おとうさんは?」
 本当に反省しているのか疑わしいほどあっけらかんとした笑顔で頷き、ミリアは当初の目的を、自分の世話係兼家庭教師とも 言える老女に訊ねて。
 半ば呆れたように苦笑して、セルシスは乱れた少女の服を直しながら、
「ジェイド様は今、とても大切な話し合いをしておいでですよ。何か御用があったのですか?」
「あ・・・・えっと。・・・それじゃいいです。ありがとうございましたっ」
「・・・?お待ちなさい、ミリア」
 質問するや、あからさまに不自然な笑顔を残して立ち去ろうとする教え子の態度に。セルシスは穏やかながら、どこか有無を言わせぬ強い口調で、小さな背中を呼び止めた。
「またお父上に、剣技の手ほどきを学ぼうとしていましたね?」
「ちっ違いますもん!ちょびっと《セルフィート》を持たせてもらおうと思ってただけだもん!」
「・・・やっぱり」
「――はッ!」
 言うや否や、しまったと口を押さえるも。
 すでに時遅く、頭上では老女がもうあと何年分かぐらい年老いたような顔で溜息を吐いており。
 やれやれと頭を押さえながら、再び少女に向き直る。
「ミリア。いつも言っていることですが、幼いとは言え淑女がそのように血気盛んなのは感心しませんね。 そんなものを握らずとも、もっと違った形で人々を護る方法は―――ってこらっ、どこへ行くのです?今日は文字の読み書きの 宿題を出していたはずですよっ?」
 言い終わらないうちに、ミリアはそそくさと木を伝ってやや高い敷居をまたいでおり。
「だいじょぶですー。もうちょっとで、《セルフィート》の刃に書いてある字が読めますからっ」
「誰がそんな物騒なものの字を読めと―――あぁ、もう・・・・」
 いつものことながら、注意も聞かずに敷居の向こう側へと消えていった栗色の髪を見送って。
 老女はやれやれと、首を振った。
「姿形はアリシア様と瓜二つなのに・・・・・。中身がそのままジェイド様というのも、困りものですね」




「・・・ぅえ゛っくしゅ!・・・っ」
 なんだか妙な空気の吐き出し音が、隣から聞こえて。
 それがくしゃみなんだと分かったのは、視界に映した男が煩わしそうに鼻を啜っているのを見てからだった。
 アレだけ盛大にやりながら、意地でも煙草は咥えたままで。白煙をチロチロと巻き上げながら、ジェイドはズレた藍の額巻きを 直す。
「っあ゛ー、なんだなんだ?風邪か?やっぱ体丈夫に任せて、何時間も外で爆睡したのが悪かったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「うあーキモチワリー。こんな盛大なくしゃみ、花粉症の季節にしか出したことねーのによー」
「・・・・・・・・・・・・・」
「お。それともアレか?誰かがどこかでどこぞのかぁーっくいー団長サマの噂でも」
「体以前に神経の不具合を直してきたらどうだ」
「・・・・・お前、よりにもよってソコで突っ込み入れちゃう・・・・?」
 情けない表情で眉を垂らす男をうんざりとした吐息で一掃し。ラーグは、手元の書類を淡々とめくる。
 自分が持たされてきた報告書ではあったが、目を通すのは今日が初めてだ。概要だけざっと理解してパッパと挫折してしまった ジェイドとは対称に、生真面目なのか他にすることがないのか、神父は隅から隅までを正確に頭に叩き込む。

「しっかしまー、いつかは来ると思ってはいたが・・・・・・いよいよ正面切って戦争か」
 アリシアやジェイド、そしてその他数人の要人たちを集めて、北の大陸との全面戦争が勃発する怖れが色濃くなりつつあることを 報告したのは、つい先程のことで。
 当然ながら、困惑と恐怖に彩られた大半とは裏腹に、まるで分かりきっていたように冷然と腰を下ろすジェイドとアリシアの反応が、 ラーグには妙に印象に残った。最も、それを賢能と取るか諦めと取るかは、人それぞれであっただろうが。
 談話室のソファに寝転びながら、藍の瞳は気鬱げに天井を眺める。
「敵(やっこ)さんが最近、馬鹿に大人しいのは知ってたさ。だからこそ、わざわざ俺を聖都から外してまで、ノワールの守備に就かせてたんだろーからな」
 濁りのない突き通るような声を聞いて、ラーグの中から、『諦め』の選択肢が消え去った。
「ノワールはファーネリアへの突破口だ。何がなんでも、ここを破らせるわけにゃいかねえ」
 教会とレイゼーがこれまで拮抗してこれたのは、国境のほぼ隣にノワールがあったからに等しい。ここを破ることは即ち、 そのまま大聖堂教会と――ファーネリアとの全面衝突に直通することになるからだ。ギリギリの場所にこの街があったからこそ、 レイゼーも目立った侵略は控えてきた。
 けれどもそれは、裏を返せば、ノワールが突破されればすべての秩序が崩れ落ちるという筋書きでもあって。
「しっかし問題は、向こうが具体的にどういった理由でだんまりを決め込んでるかってコトだよな。ラーグは―――あ、 ラーグって呼ばせてもらうぜ?ラーグは賢老院から、なんか聞いてねーか?なけりゃ予想なり想像なり・・・・・とにかく こう闇雲じゃ、コッチだって動くに動けねえしよー。ま、ガチンコの力対力になったところで、そう簡単に負ける気は しねぇケドなー、俺って強いし☆」
「・・・・・・・・・よく喋るやつだな」
「そーゆーお前は、よく黙るやつだねぇ。神父殿」
 鋭く切り込んだつもりが、柳に風の要領であっさりと流されて。
 年齢を感じさせない少年のような顔でにんと笑うと、ジェイドは再び沈黙する青年の横で、勢いよく上体を跳ね上げた。
「なーんでぇ、シケた面しやがって。嬉しきゃ笑う!悲しきゃ喚く!んーで、ムカつきゃぁ殴る! それが人間ってもんだろ?」
「その『殴る』とやらに、壮絶に賛同したい気分だ」
「そーそー、何事も小さな一歩から・・・・・・って何その最悪なワンステップ?!」
「煩い」
 鬱陶しげに返す口数がいつの間にか増えていたことに、誰が気づいただろうか。
 読み終えた書類の束を整えながら、ラーグは一度小さく瞑目し、
「そもそも、ここはすでに強大な『盾』によって護られているだろう。構築する聖気の流れを少し調節すれば、魔気だけでなく 物理的な攻撃も――・・・・・・・・」
 防ぐことは造作もない。
 そう言おうとした言の葉は、口の中だけで泡となって消えた。
 なぜなら、再び視線を上げたとき。ついさっきまでカラカラと屈託なく笑っていたジェイドの顔が。 大陸間の争いの先陣に立たされながら、微塵の恐怖も動揺も見せ付けなかった、聖堂騎士団最強の男が。
 深い悲哀の刻まれた瞳を、ただ力ない失笑を含んだまま、床の上へと落としていて。
 あまりの変貌に、談話室を静寂が飾っていたのは、ほんの一瞬のことだった。


「―あっ、おとうさーん!」
 陰鬱な空気を容赦なく振り払うかのような、幼い歓声が聞こえたのはそのとき。
 ラーグが視線だけそちらに向けると、部屋の入り口には、息を荒げてこちらへ駆け寄ってくる小さな少女がいて。
 嬉しそうに抱きついてくる幼い体を受けとめたのは、いつの間にか煙草を灰皿に押し付けた、ジェイドの太く大きな腕だった。
 翳が差していたように思われた表情は、幻覚だったのではと思えるくらい、元の明るさを取り戻している。
 自身と同じ栗色の頭を、幸せそうにくしゃりと撫で上げて、
「おーミリア、今日はあまり会えなくてごめんなー?いい子にしてたか?」
「えー・・・・と・・・・・・うんっ、してたよー」
「はははは、そっかそっか。偉いぞー」
 微妙に空けられた思案の間に気づいたのは、おそらくラーグだけだろう。
 呆れたような眼差しで、目の前の甘ったるい親子愛を無言のまま眺めていると。視線に気づいたのか、ふいに少女のほうが ラーグをじっと見つめ出した。
 大きな紫水晶の瞳が、疑問符を浮かべながらこちらを凝視している。「ああ」とジェイドが気づいたのは、そんな娘の 沈黙に気づいてからだった。
「この人はな、聖都から来た神父様だ」
「・・・おとうさんが今日『はなしあい』してた人?」
「ん?セルシスに聞いたのか。そうそう、その人だ。ほれ、ミリア。自己紹介しろ?」
 父の言葉に、腕の中から飛び降りると、少女はぎこちない動作で小さく腰を折り、
「えと・・・・はじめまして。ジェイド=イリスとアリシア=イリスの子、ミリアです。ノワールへようこそ」
「・・・・・・・・・・」
 返事をしなかったのが疑問だったのか、きょとんと首を傾げるミリアだったが。
 そのままいつまでたっても視線を逸らそうとしないので、短く「・・・・ああ」とだけ返してそっぽを向くと。まるでそれが、 この世で最高の瞬間を手にした者のように、満面の笑みを浮かべる少女に。ラーグは上機嫌に笑うジェイドと見比べて、こいつは 将来、絶対馬鹿になると静かに確信していた。

 すると少女は、「あ!」と何かを思い出したように振り返り、
「忘れてたっ。おとうさん、ちょっとだけ《セルフィート》見せて?」
「え、またか?昨日も見せただろ?」
「いーからっ!」
 有無を言わせぬ口調で頬を膨らますと、さすがにこの親馬鹿が逆らえるはずがなく。
 ジェイドは右手の中に淡い光を帯状に集めると、現れた一本の巨剣を手に取った。
 聖剣と呼ばれるそれが、イリス家に代々受け継がれていることなど、ラーグもとうに知っていて。鞘のないむき出しの刀身に 腕を伸ばそうとしていたミリアを、ジェイドは少し強い口調で制した。
「駄目だぞ、ミリア」
「えー?・・・・なんでおとうさんは、一回もこの剣に触らせてくんないの?」
「それが決まりなんだ。ホレ、見終わったんならもうしまうぞ?」
「あっ、待って!」
 父の言葉と同時に再び淡く光り出した巨剣に、少女はわたわたと両手を振り回して制止して。触れないよう注意しながら、 銀の刀身を食い入るように覗き込む。
 そこには、何で彫られたのか、一列に細かな文字が刻み込んであった。
「セ・・・・フィート・・・・・い、て・・・・その・・・・・み?・・・」
「“汝 護るべき者(セルフィート)の名において この身を聖なる父(イルダーナフ)の盾とせん”」
「――あぁッ?!」
 懸命に読んでいた内容をあっさりと言い放ったのは、しかし、聖剣の主たる父ではなくて。腕を組んだまま横目にそれを 映して呟いた金の髪に、ミリアは責めるような視線を送った。
「一人でぜんぶ読もうとおもってたのにっ!」
「俺が知るか」
「むうぅぅぅ・・・・・」
 投げ棄てるような言い方にも、少女はめげずに睨み返していたけれど。
 やがて、糸が切れたようにまた首を傾げつつ。
「・・・・って、ソレってどーゆーいみ??セルフィートって、この剣の名前だよね?」
 質問に返したのは、用が済んだ《セルフィート》を光の屑に戻したジェイドだった。
「そうだなぁ。この名前の起源にも色んな話を聞くが、元々は何か別のものの呼び名だったらしい。街だとか、人だとか・・・・・・ そういや、イルダーナフ神が天地に人間をお創りになった際に、最初に置かれた始祖だっつー説もあったなぁ。 人の祖に立ち、人を護る存在として、神が創造した護り主とかナントカ」
「????????」
「はっはっは、ミリアにゃ、まだ難しかったかな」
 必死で言われた内容の整理を試みる娘の頭を快活にわしゃりと撫で。
 手を離すと、ジェイドは藍の瞳を優しげに細めて、幼いミリアにも分かるように単純にまとめた。
「これはな。お父さんと、お父さんに力を貸してくれる精霊さんとの『約束』なんだ」
「・・・『やくそく』?」
 顎を思いっきり押し上げて、ミリアはもっと詳しく父に訊ねようとしたが。


 突如、びっくりするくらい勢いよく開いた談話室の扉から、野太い男の声が響いた。
「団長!」
「団長ってゆーなッ!」
 反射的に返すと、相手は扉の前でピタリと凍りつき、
「は、はいジェイド様!あ―――・・・・・っと・・・その、ちょっとよろしいですか?」
 騎士団の団服をまとった男は、ミリアに気を配りながら、上司の同行を求めているようで。
 ラーグが眉を詰めるのと、ジェイドがミリアを降ろして立ち上がるのは、全く同時のことだった。
「なんだなんだ~?せっかくの親子のランデヴーを。ごめんなーミリア。ちょっくら気の利かねー部下のとこへ行ってくんなー?」
 ちょこんと大きなソファに座らされると、ミリアはふるるっと首を振って、丸い頬をニコーと緩ませる。
「ううん、いってらっしゃい、おとうさん!」
「おう。――と、ソコの慈悲深い神父殿~。ミリア頼んだわ」
「・・・・・・・は?」
 自分も用意された部屋へ戻ろうと立ち上がったのが、思いもよらぬ頼みに動きを止めて。
 なんでもないことを言ってのけたような男の態度へ、じとりとした視線を送る。
「・・・何故俺が」
「え~、いーじゃんよ別にー。どーせヒマだろー?家まで送ってくだけでいーからさぁ~・・・」
「団長!」
「団長言うなっつーの!んああ、ワリワリ。んじゃま、そーゆーワケで!」
 急くような部下の声に、返事も待たぬまま、一方的に談話室の扉は閉ざされて。

 途端に静かになった大広間の中央で、ラーグは溜息混じりに、さてどうしようかと思案していると。
 不意に、黒い法衣の裾が小さな力で引っ張られているのを感じ。見ると、ミリアが視線を出入り口に向けたまま、縋るように 自分の法衣を握り締めているのが分かり。
 そのとき初めて、少女の顔からさっきまでの明るい笑顔が消え去り、変わりに不安と寂寥感で満たされていることに気づいた。
「・・・・おとうさんが」
 小さな唇が、抑揚なく揺れる。
「おとうさんが騎士の人によばれて行ったときは、絶対に次の日まであえないの」
「・・・・・・・・・・・・」
 その理由がいかなるものか。そんなことは、自分には容易に想像がついたが。どうやら感覚的に、この幼い少女も 悟っているようで。
 それでも、父の前では感情に出さない気丈さに、ラーグは小さく息を吐いた。

「・・・・・どこにある」
「はぇ?」
 唐突な言葉に、少女ははじめ、それが質問であることすら分からなかったようで。
「お前の家だ。ここではないんだろう」
「・・・・。もしかして、ほんとに送ってってくれるの?」
「燃やしに行ってほしいのか」
「う・・・っううんううん!ありがとう!!」
 青ざめながら、ブンブンと両手と首を同時に振って。
 ミリアは談話室の扉へ駆け寄ると、そこからは法衣の裾を放し、やや早い神父の足取りを懸命に追いかけながら上を見上げる。
「ねぇ、神父さまの名前は?」
「・・・・・・・・・ラーグ=クラウド」
 要点だけ短く答えると、ミリアは彼の後ろで「ラーグかぁ・・・」と呟くように小声で繰り返して。
「キレイな名前だねっ」
 たったそれだけのことに、心底嬉しそうな笑みを向けられて。

 永き時の中で、初めて言われた言葉だと、ラーグは内心で思っていた。

【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 1

2016.05.17 21:20|クロスマテリア
 雪が、降っていた。
 真実を覆い隠すように、どこまでも、深く――――――・・・・



 少女は、追いつめられていた。
 寒空の下に、同じ色の白い息を乱暴に吐き出して。荒げた細い肩に、せわしなく栗色の髪が触れる。
 万策は尽きた。味方もいない。果たしてどうすれば、この目の前の『敵』から逃れることができるのか?
「・・・ふっ、とうとう追いつめたわよ?ミリア」
 『敵』は行き場のない路地の間に入り込むと、勝ち誇ったようにニヤリと笑い。
 肩ほどの位置でくるりと巻いた赤毛が、ひとつ大きな吐息と共に、小さく揺れて。
 高い壁面に背をつけてあたふたするミリアに向かって、大股で歩み寄る。
「屋根の上は跳んでくわ、捕獲魔導のことごとくは破壊していくわ、ゴミ箱の中にまで隠れるわ。久々の親友の顔がそんなに恐ろしかったのかしら?」
「会うや否や問答無用でとっ捕まえられそうになりゃ逃げもするわよ、エリー?!」
「あなたが逃げるからでしょ」
「あたしのせいなのーーーー?!」
 喚くミリアとは裏腹に、赤毛の少女にして現在のミリアの『敵』―――エリーは平然とした様子でやれやれと首を振る。
 彼女とはアレンと同じく、修練学校時代の同期である。神礼院に属し、今では立派な修道女として、日々を送っている と聞いていた。
 ここノワールの地に転属してから、滅多に逢うことはなかったのだが、今でも彼女は、しっかり者でミリアの良き理解者と言える。 そんなエリーが、なぜミリアを追いかけ回していたのかと言うと。
「全く。いい加減観念なさいよ。聖女様を讃える式典の助っ人参加ぐらいで・・・・」
「・・・・だって・・・ソレってやっぱ、正装とか。・・・するんでしょ?」
「ええ、そりゃあね?後は民の前で神聖歌を歌って、残りは司祭様がご演説されている間、ただじっと突っ立ってれば いいから。楽勝じゃないの」
「絶っっ対いやぁーーーーーッ!!」
 顔面を真っ赤にして唸るミリアは、縋るように冷たいレンガの壁に顔を埋める。
 父や母の墓参りのために寄り道をしたのが、とんだタイミングだったらしい。人前で歌うなんで絶対にいやだと頑を張る少女に、 エリーは多少同情しつつも、少々先を急くように早口になり、
「あぁ、もう!仕方ないでしょ?いつも来てくださる聖女様がギックリ腰になっちゃったってんだからっ。なんであなたはそう昔から、 中途半端なトコで根性がないのよッ!」
「そ・・・あ、あたしにだって、賢老院からの任務が―――」
「神父様だったら、快くあんたが隠れてるゴミ箱吹っ飛ばしてどっか行っちゃったじゃない」
「う゛・・・・・えと、・・・みんなも心配して」
「アレンくんはぶらぶらしてくるっつって行ったきり。妖精さんはあなたの聖女姿見たいってそれはもう目をキラキラさせてた わねー。他に遺言は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
 あんの・・・・裏切り者どもーーーー!
 今にも叫び出さんばかりに口をパクパクと動かすミリアを横目に。エリーは白い修道服から覗く片手をひらりと動かして、 開いた輪(リング)の中から伝令用の小さな精霊を呼び出すと。
「はいはいはい、ミリア=イリス捕獲完了。セルシス聖堂長にご報告お願いね」
「お、鬼ーーーーッッ」
 ミリアの精一杯の主張は、清々しいまでに無視されたのだった。





+++++++





「んあ・・・・・?・・・」
 間の抜けた声は、誰もいないベンチから聞こえて。
 やや間を置いて、もぞりと気ダルそうに、柔らかな藍の髪が起き上がる。
 見た目では、20代後半の青年といったところだろうか。この寒空の下だというのに、何か読み物をしていたのか、顔に覆いかぶさっていた分厚い書物をどけ。その下から現れた、髪と同じ色をした瞳は、惜しげもなく眠たそうに細められていて。 タイミングが悪かったのか、やや枯れた印象を与える男は、わりと整った顔立ちを人気のない公園の周囲に向ける。
「ったく。誰だ?つかの間の安眠妨害しやがんのは・・・」
 仕事で疲れきっていた上に、つい先ほどまでその件で報告を受けていたため、部屋にもどるのも億劫でそのままここで 爆睡していたのだが。
 まだいくらも経っていないうちに、どこからか聞き慣れない少女の金切り声に叩き起こされたのだ。
 なんだか断末魔のような雰囲気も一緒だった気がしないでもないが、そこはあえて気にしないのが、彼の流儀である。
 男は軽くウェーブのかかった髪を掻きながら、あくび交じりに周辺をなんとなく流し見て。
 ふと、少女ではないが、見覚えのある黒い法衣に視線を止めた。一瞬後には角に消えていった人影を見て、男は驚いたように 目を瞠る。
「・・・・あいつ・・・」
 僅かに呟いたのを最後に、男は当然のようにベンチから立ち上がる。
 動いた体のラインに沿って、金の十字架(クロス)が、胸元に流れ落ちた。



 冷え切った外気の中で、白銀の雪が綺麗に積もっている。
 静かに、静かに。・・・まるで、どれだけ時が廻ろうとも、決して溶けることがないかのように。
 埋もれた悠久の時間を・・・・・・・・封じ込めるかのように。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 雪の上に残る沢山の足跡に加わり、ラーグは淡々と白い広場を歩んでいて。
 広場―――いや、違う。こうして雪が積もっていても、それらに埋もれるように硬質の肌を見せつける、冷たい石の群集を見逃すことはない。
 拠り所を求めながら密集するそれらの中で、唯一足跡の全くついていない2つの石の前へ立つと。
 白い吐息と共に、ゆっくりとそれらへ視線を落とした。
「・・・こんな形で、再びここに来るとはな」
 言葉とは裏腹に、その表情には、一切の感情も感傷も含んではいなかったが。確かにその声は、ここにはいない者へ語られていて。
 凍てついたように止まった空気と、かつて全く同じ時に命を絶った多くの者たちが眠る地を背に、ラーグは軽く瞼を下ろし、 その裏に埋もれた記憶を刻み込む。

 もう、二度と来ることはないと思っていた場所。
 かつて自分が訪れ―――そして、全てを喪った場所。
 そこへ、あの少女が行きたいと望んだ。ある意味では、彼女が自分を連れてきたとも言えよう。
「馬鹿馬鹿しい」
 頭を過ぎった言葉を切り捨てると、透けるような翠の瞳は冷たい石のひとつに注がれて。

 ・・・・今さら、何を語ろうと言うのか。喪ったものは、二度と還ってはこない。それが真実。
 よもや、あの娘と自分が再び出逢ったのが、運命だの宿星だのと言う気もない。
 それなのに。
 ・・・まるで、これからの自分の未来を知り尽くしたかのような、この、なんとも不愉快で居心地の悪い状況を――――
「お前なら・・・・・・なんと言ったのだろうな。ジェイド」
「『死者は語らず。故に生者は、救いの御名において語らん』」
 呟きに返ってきたのは、勿論、この地に眠る『英雄』の声ではなくて。
 別段驚いた風も見せず、背を向けたままの神父に、背後の男が軽快に書物を弄びながら続ける。
「イルダナ神聖書第2項11節、だ。懺悔は終わったかい?神父殿」
「セイム。――何故、お前がここにいる?」
 やる気のカケラもなさそうに半眼を向ける相手に対し、ラーグの返答は、非常に冷めたもので。
 しかし、別段それを不快に感じることもなく、セイムはむしろ好意的な明るい声で皮肉った。
「あいかーらずドライだねぇ。久々の友人の再会に、そーゆー台詞はないでしょーよ?」
「お前とはネイザン大学で数度顔を合わせたに過ぎん上、その後もひと月単位で面識しているはずだが?」
「・・・・・おまえ、何気に今オレがすんげー傷ついちゃったコト、気づいてる?」
「俺は何故ここにいるのかと訊いている」
 わざとらしい溜息を吐くと、セイムは軽く責めるように、翠の瞳を覗き込んでいたが。
 すぐにやれやれと肩をすくめると、
「お仕事に決まってんでしょーよ。聴報院にゃ、結構有能な人材が揃ってるんでね~」
 聖職者には程遠いような、不良とも取れる投げやりな口調だったが。その言葉は、ラーグに全てを理解させるには十分だった。 黒い法衣の中で、皮肉を交えて薄く唇が歪む。
「あの眼鏡からの報告か。随分と仕事熱心なことだな」
「うーわー・・・・・言葉の刃がチクチクと。そーは言うけどよ、こっちだって根本的に人手不足なんだぜ? おかげでオレにまでこんな勅命が回ってきたし」
「聴報院最高官の『与言者(ペオース)』にまで監視させるとは。・・・・どうやら賢老院は、よほど俺が信用ならないらしい」
 元より求めてもいないことを口にして、ラーグはさらに、自嘲するように笑みを含め。

 その様子を、肯定でも否定でもない瞳で見つめながら、セイムは躊躇うように、小さく呟く。
「ラーグ、俺だって『与言者』の一人だ。お前があの魔剣を使って何をしようとしているのかも、ジイさんたちから聞いている」
「・・・・・・・・・・・」
「だから、なんだろ?だからこそ、ジェイド様やアリシア様に逢いに、お前はもう一度ここに・・・・」
「ただの偶然だ。行きたいと言ったのは、あいつだからな」
 小さいが鋭い声は、まるで、それ以上を言わせないかのように切り込んで。
 拒絶した領域から微妙に一歩引いたところで、セイムは視線を落として呟く。
「ミリア=イリス・・・ね。皮肉なもんだよな。よりによってあの2人の娘が、こんな形でおまえと旅をすることになるなんてよ」


 《レガイア》が盗まれて。
 危険視されながら、唯一その魔剣に呼応する程の力を持ったラーグが、奪還の命を受け。
 その力の暴走を恐れるが故、『いざという時』の処理役として、膨大な聖気を宿すミリアが従者として選ばれて。

 運命などと、在り得ない。
 全ては、理屈に基づいた理に従って累々と流れている。
 自分など・・・・・どう足掻いたところで、どうにもならない奔流の中で。


「・・・・『皮肉』、――か」
 そこまで言って―――ふと、ラーグの頬から笑みが消える。

  「もっと賢い言い方をするなら。――これは、『罰』だろう」 





+++++++





「・・・・。いつまでむくれてんの、ミリア」
 透きとおるような白い衣の裾を調節しながら、耐え切れんばかりに、エリーがうっそりと振り返り。
 この世の全てのものに石を投げ付けたい心地を顔面に縫い付けたような表情のまま、全身でいやぁなオーラをたぎらせている 少女へ、呆れたように腰に手をやる。
「ずっとそんなだと、本当に不細工になっちゃうわよ?」
「・・・エリー、あたしやっぱり」
「この期に及んで四の五の言わない」
 ぴしゃりと言い放たれて、ミリアは今一度「あああぁぁ」と呻いた後、再び椅子の上で小さく三角座りをして縮こまる。 言葉を探すエリーに代わって、年老いた手が、柔らかくその肩に添えられた。
「セルシス聖堂長?」
 エリーが名を呼ぶと、老女はふわりと微笑んで、びっくりしたまま見上げるミリアの視点まで腰を下ろす。
「突然のことで、ご迷惑をかけたことに関しては、本当にお詫びの言葉もありません。ミリア=イリス。ノワールの責任者として、謝罪申し上げます」
「ぅえっ?そそ・・・そんな!あ、謝らないで下さいセルシス様!」
 自分などとは比べ物にならないほど高位の聖女に頭を下げられ、ミリアは両手をわたわたと振り回して否定し。
 それを見ていたエリーが、針を置いた手を身体の前で組んで、
「そうですよー、聖堂長。単にこの子が、妙なトコで神経ほっそいだけなんですから。普段は魔族もぶった切るくらいズ太いくせに」
「・・・なんか今、遠まわしに馬鹿にしなかった?」
「気のせい気のせい」
 パタパタと手を振って明るく笑う親友を小さく睨みつけるミリアを、変わらぬ穏やかな目で見下ろして。
 セルシスはおもむろに立ち上がると、戸棚から、両手に乗るサイズの小箱を取り出してくる。

「今年は、『盾の聖女』――貴方の母君を讃える年です」
「え・・・母さん・・・・・?」
 跳ね上がるような返答に、老女はにっこりと微笑んで。
「ええ。かつて、ここノワールを救ったアリシア様の儀は、民にとってもかけがえのないもの。引き受けてくださいますか?」

 かつて、ノワールは強大な魔族によって襲撃を受けた。数え切れない人が死に、大地は枯れ、ノワールを焼き払った。 最悪、このファーネリア全土を呑み込もうとしていた破壊を阻んだのが、『盾の聖女』アリシアと、当時の聖堂騎士団長だったミリアの 父・ジェイドである。
 彼らは人を、そしてミリアを護り、命を絶ったのだと――――ミリアは、そう聞いていた。
 それから幾歳月も経た今でも、ここで、自分の母は人々に慕われ、敬われている。

「アリシア様が最期に付けていらしたものです。いずれは、貴方に差し上げるつもりでした」
 そう言って、セルシスが開いた小箱の中身は、片方だけの細いピアス。
 細かい装飾が施された金具に添えられているのは、透きとおるように蒼く、美しい水晶のような石で。
 しかし、ミリアが言葉を失ったのは、淡い記憶の中の母の姿を見たからではなく。もっと、近しい時間、近しい場所で――― これと同じものを見たことを思い出したのだ。
 陽の光をそのまま吸収したような金の髪の中、その瞳と同じ色をした石の輝きを揺らしていたのは・・・・・・・

「・・・・・・・・・・ラーグ・・・」


「ちょ・・・っ、ミリア?!どこ行くのよっ?」
 ピアスを見るや、弾かれたように駆け出していたミリアの背に、エリーの叫びが降りかかるも。
 まるで聞こえていないのか、栗色の髪はそのまま、廊下の奥へと消えていって。
「まったく、なんなのよ。いきなり・・・」
 後を追おうとしていたエリーを止めたのは、傍らで呆然とそんなミリアを見送っていたセルシスだった。
「お待ちなさい、シスター・エリー」
「でも・・・・!」
「今―――・・・・彼女は、『ラーグ』と。そう言ったのですか・・・?」
 見ると、いつも例外なく温和だった老女の頬が、見たこともないくらいに驚愕の色を刻んでいて。
「は・・・?はい、ミリアが今、従者として仕えている神父様だとか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「セルシス様?」
 怪訝そうに覗き込んでくる修道女の前で、セルシスは口元に手をやり。
 馳せるには血生臭すぎる記憶を蘇らせながら、同時に、一人の男の姿を視界によぎらせる。
「ラーグ=クラウド。・・・・・彼が、この街に来ているのですか・・・・」



+++++++



「フンフンフ~ン♪」
 本人の体躯からすれば、やや大きすぎる――と言うより、種族的に規模が違うほどの広い部屋の中央で。
 ティティは窓際のテーブルに肘をつきながら、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
 薄着の彼女の肌に、この極寒の大気は殺人旋風のようなもので。しかし、暖炉の揺らめく暖かい室内は、外とは対照にひどく心地良いものらしい。
 ミリアが頼んで用意させてくれた客室は、閑静な街に似合って、上品な静けさを飾っている。
 そんな中で、妖精はこれからのイベントに胸を膨らませていた。
「早く始まんないかしらね~、聖女の式典♪」
「・・・・本人は相当イヤがってたよーに思うぞ?」
 鼻歌に答えたのは、同じく室内にいた一人。
 ようやく狭っくるしいランプから這い出た魔人は、つい先刻、引きずられるように仕立て室に連行された少女を思い出しながら、 ボソリと感想を口にして。そんな憐れみを全面的に否定しながら、ティティの目はキラキラと輝いている。
「ばっかじゃないの?!あのミリアが綺麗に着飾るのよ・・・あのミリアが!」
「・・・オレはテメェら妖精の友情理論ってのがよく分かんねェよ・・・・・」
「うっさいわね!――コホン、とにかくよ。こんなチャンスをみすみす見逃す手はないわ!アタシは前っから思ってたのよ、 ミリアは磨けば光る窓ガラスだって!!」
「・・・・・・・・」
 褒めてはいるが、格段に質が落ちている気がするのは何故だろう?
 頭の隅でそう突っ込みながら、あえて口には出さずに、ジンは不機嫌な眼差しを閉ざした窓に向けた。
 時間が止まったかのように、静かな白雪が路上で停止している。
「つーかよ、お前ら魔族棲息域に行くんだろ?寄り道してるヒマなんざあんのかよ。あのアレンとかってガキも、あいつはあいつでどっか行っちまいやがったし」
「歩く氷と空気なんか気にしたってどーしようもないじゃない。なんなのよ、アンタ?さっきから文句ばっかね。 せっかく無言では入ってこないように修道女さんたちに頼んでおいたのに。やっぱアレ?魔族って、教会は無条件で キライなもんなの??」
「何気にVIP気分満喫しやがって・・・・・・。そんなんじゃねェよ」
 誓約に縛られているとはいえ、やはり魔族であるジンがおおっぴらに姿をさらすのは脅威である。
 無駄な騒ぎを防ぐため、ミリアとティティが施した予防線にも、魔人はあまり気にした風を見せず。
 いつもの眉間に、さらに嫌悪の皺を刻み込んで、誰もいない路上を睨みつつ吐き捨てた。


「いけ好かねェんだよ、ここは。・・・・・昔からな」





+++++++





 どれくらい走ったのか。
 世界の果てまで走りきったかのように、ミリアの身体は悲鳴を上げていた。
 だがそれは、純粋な疲労からではなくて。

 なぜ
 なぜ
 あれは間違いなく、ラーグがしているものと同じピアスだった。
 同じデザインのものをたまたま、など在り得ない。ちらっと見ただけだったが、装飾と見える部分に多大な呪紋の輪が刻んであった。詳しくは分からないが、あれは特別な魔導具だ。
 それをなぜ――――母と同じものを、母の形見の片割れを、なぜ彼が身にしているのか?
 分からない。まさかラーグは――――――

「ラーグ!!」
 がむしゃらに走り続けて、ノワールの奥。深淵なる墓地へと辿り着いたミリアは、視界に捕らえた黒い法衣へ反射的に叫んでいた。
 本人より先に、隣にいた見知らぬ男の方が振り返ったが。
 やや遅れて動かされた視線は、そちらとは対照的に悠然と揺ぎ無いもので。
 沈黙の中で、荒げた息を整えながら、ミリアはふと、法衣の足元に突き立つ2つの墓標を確認した。冷たい石の表面に 刻まれた名が、かつて自分と、自分の住む大地を護る為に散った人物のものだと分かると。
 動揺はしつつも毅然とした瞳で、少女は目の前の男に問いかけた。
「どうして・・・・・ラーグがここにいるんですか?」
「・・・・・お前には」
「関係ないなんて言わせませんよ!そこに眠っているのは、あたしの父と母です!!」
 本当に真を突かれたのか。断言するミリアの言葉に、神父は眉目を僅かに動かしただけで沈黙し。
 「あーりゃま~」と、まるで人事のように頬を引きつらせるセイムを挟んで、両者が言いようのない圧迫感を滲ませる。
 やがて、ミリアのほうがその重い口を開いた。
「どういうことですか・・・・・なんで母さんと同じピアスを、ラーグが持っているんです。まさか・・・」
 まさか――――
「母さんと――逢ったことがあるんですか?」
「そうだと言ったら?」
 返答は、セイムもびっくりするほどに、あっさりとしたもので。
 思わず声を失っていたミリアだが、黒い法衣がこちらへ向かって歩み始めた音を聞き取ると、焦燥したようにまくし立てた。
「そんな・・・・どうして言ってくれなかったんです!」
「言う必要があるのか?すでにこの世にはいない者の、何を語れと?」
「聖女の式典に身につけるのは、その聖女が亡くなった時に身に付けていたものです!どうして母の遺品の片割れを、貴方が 持っているんですか!・・・一体貴方と母は、どういう―――・・・っ」
 心の奥底をさらけ出しながら、一気に吐き出しているうちに、いつの間にか長身の男は自分のすぐ目の前まで近づいていて。
 覆い潰されるような威圧に、ミリアが小さく息を呑んで見上げると。信じがたいほどに冷え切った、人形のような瞳で、 ラーグは自分と視線を合わせることなく、ミリアの質問にたった一言の解答を返す。


「――――殺した」
「え・・・・・」
 理解の範疇を超えた言葉の意味を、ミリアが整理できない虚ろな瞳で見上げると。
 ラーグは一瞬、哀しみを含んだような瞳を下ろし、止めを刺すようにきっぱりと言い切った。

「アリシアと、そしてお前の父ジェイドを殺したのは、俺だ」



 ・・・・・・・・・・・・体が、動かなかった。
 背後へ遠のいてゆく広い背中も、肌を刺すような寒空の空気も、頭では十分に理解していたのに。
 なぜか、全身がまるで見えない杭に穿たれたかの如く、ピクリとも動かせなかった。
「・・・・・ど・・・・――」
―――どういうことですか―――?
 今すぐにでも振り返ってそう問いただしたかったのに、喉が凍りついて声が出ない。
 結局ミリアは、そのまま去っていく神父の背を見送ることすら、叶わなかった・・・・・・・・・・



 ようやく、自力でしゃがみ込めるまで回復した時には、すでにもう、背後の気配は完全に遠ざかっていて。
 やはり声は凍てついたままだったが、かわりに頭の中は、混沌の渦と化していた。
 父や母の話は、幼い頃からこれでもかと言うほど聞かされた。この大陸で最強の称号を持ちながら、常に誇り高かった父・ジェイド。心優しく、誰であろうと在りのままに包み込んでいた母・アリシア。気がつけば、他の者たちが当然のように持っていた温もりを喪っていたミリアが、常に自分を奮い立たせてこれたのは、この高い理想と尊敬があったからに等しい。
 悪しき魔族から国を護り、『英雄』として崇められている者たちの血を引いている。
 そう思い続けたからこそ、幼い自分は縋る弱さを断ち切り、強くあれと言い聞かせてこれたのだ。

 ――それなのに。
「・・・・・・どうして・・・っ・・・」
 どうして、ラーグが彼らを殺したことになるのか?ノワールを襲ったのは、魔族ではなかったのか?何が正しいのか? 自分がこれまで信じてきたものは、一体なんだったのか?
 果てしない疑問を抱えながら、それでも涙を見せようとしない少女を見下ろして。
 しばらく黙っていたセイムが、ため息混じりに頭を掻きつつ、毒づいて、
「あ゛ー・・・・んのアホが。そこで止めるか、フツー?」
 ミリアにとっては知らない人物だったが、どうやら声は、ここにはいない神父を責めているらしい。
 セイムはそのまま、呆然と頭を持ち上げるミリアと視線を交わらせる。

 かつての聖女と同じ色をした瞳が、数え切れないほどの疑惑と焦燥、そしてわずかな恐怖に淀んでいるのを見つけると。
 同情はしないが、当然のことだろうと客観的に感じると、軽薄な表情に戻って少女の視点にまで膝を折った。
「はじめまして、お嬢さん?オレはセイム=リカルド。まぁ早い話が――・・・ラーグの同期とでも言っときますか」
「・・・・・・・?」
 眉をひそめるミリアは、目ざとく彼の下げる金の十字架に顔を傾けて。
「ああ。ま、それなりに位階は上かねー」
 視線に気づいたセイムは、あまり詳しくは告げずに、どうでもいいことのように片手をひらひらと振りながら笑う。
「悪ぃな、あんたなら分かってっと思うけど・・・・あいつは、ああいう言い方しか出来んやつだからよ」
「・・・・・。・・・本当なんですか?」
「ん?」
 未だに眠たそうな、心理が掴めないような能天気さのどこまでを信用したのかは分からないが。
 再び視線を落とすと、ミリアは真実を知ることを怯えるように喉を震わせて、
「本当なんですか?ラーグが、あたしの父と母を・・・・・・・・・こ、殺したって」
 視線が外れたせいか、セイムの表情からは先ほどまでの軽薄さがぴたりと消えていて。
 黒い法衣が去っていった方をもう一度眺めると、半分呆れたような、諦めたような息を吐く。


 ・・・あの男が、無と静寂を怖れないことなど知っている。
 何かを喪うことも―――いやそもそも、喪うようなものからして作らない男だ。
 それでも、あの日の出来事は、ラーグを『罪』という形で呪縛し続けている。喪ったものと奪ったもの。その代償を 『罰』として、永遠に刻みながら。
 語る必要がないのではない。語る資格がないのだ。
 そして、ここにその『罰』に捕らわれないセイムを残していったことで、少なくとも、この少女の疑問に答えることは出来る。


「・・・・・・昔話をしましょーか、お嬢さん」
 ミリアの顔が上げられ、セイムは藍の奥で苦笑するように肩を下ろす。
 大聖堂教会設立後の全ての歴史と真実を知る『与言者』は、触れては溶ける雪のように、その事実を紡いでいった。





+++++++





 悠久の時など、怖くはない。
 そんなものは、この時間の止まった肉体が、有難いほどに拒絶してくれた。
 凍てついた風など、どうでもいいくらいに。
 無と言う名の静寂は、自分に揺ぎ無い安息を恵んでくれていて。

 その安息の中に、無遠慮なまでに灯りを灯して踏み込んできた存在は、一体自分にとってどれほどの意味があったのか―――


 いつの間にか、再び降り始めた白雪の下。
 人の気配の無い広場に立つと、ラーグは新しい足跡を刻んだまま、ゆっくりと灰色の空を見上げる。
「・・・ここは、いつでも雪が降っているんだな」
 永遠に溶けることがないかのように。
 封じ込めた真実を、隠し通そうとでもするかのように。
 白い吐息と共に吐き上がっていく自身の言葉を見つめながら。

 ラーグはゆっくりと―――静かで、温かく、そして忌まわしい記憶の糸を解いていった。

【第4章】魔の血族 -the demon blood- 6

2016.05.16 22:25|クロスマテリア
「しっかしまた・・・随分と大層な眺めだねこりゃ」
 皮肉を交えたタキの声が、陰鬱な室内を撫でていく。
 小さな窓から臨める遺跡群。その中で一際目立つのは、地中から突き出るように高い蒼穹を目指す、一本の柱だった。 余計な凹凸のない滑らかな表面の周囲には、幾重にも巨大な呪紋(じゅもん)の輪(リング)が重なっており。くるくる、くるくると、絶え間なく 内側から溢れ出る聖気の流れを、光の渦が循環させている。
 ついさっきまで固く封印されていたはずの古の砦の、あらゆる意味で変わり果てた姿に。
『聖地を解放した』
 魔族が残したその言葉を信じることに、なんの疑惑も、湧きはしなかった。



「・・・・で?どこまで話してたっけ?」
 《使徒》の一人、ライラが立ち去ったあと。
 宿に戻ったラーグたちは、状況を整理すべく、各々で目を合わせているわけで。その矢面にタキが悠々と腰を下ろしているのにも、 ちゃんとした理由があった。
「数年前、あの砦が発掘されたところだ」
「ああ、そうそう」
 瞑目するラーグへ適当に手を振りつつ、タキは垂らした横髪を指で弄ぶ。
「当時からぶっちぎりで規模のでかい遺物だったからねぇ。おエライ連中にとっちゃ、まさに宝箱掘り出したようなモンだった ろうさ。けど不思議だったのが、どれだけ神官や司祭を使っても、何度試みても、全く封印が解けなかったコト。・・・ま、一部の 学者たちからすりゃ、それがまた魅力だったみたいだけど?結局そのまま、何年間も放置されてたワケさね」
「??封印方法は他の遺物と変わらなかったんでしょう?どうして・・・・」
 お茶を注いだカップを握りながら、ミリアの首が小さく傾ぐ。
 古の産物は、果てしない時間の最中、外物と完全に遮断するよう誓約を刻んで封印されている。人為的なケースもあれば、 時の流れとともに自然とそれらを覆い隠す、ヴェールの役割を果たしたりもするのだが・・・・・
「・・・・魔の誓約か」
 沈黙を破ったラーグの言葉に、タキは無作法に足を組み直すと、小さく笑って頷いた。
「そーゆーコト。いくら刻まれた誓約が同じ形でも、根源の力が聖でなく魔によるもんなら、いくら聖魔導で緩和させようとしたって 同じことサ。まぁあたしも、《使徒》が一枚咬んでたってのには、さすがに驚いたけどねぇ」
「そこまで分かってて、なんで黙ってたワケよ??」
 自身の身の丈ほどある果物を抱えながら、ティティが不思議そうに訊ねてくる。
 タキは苦笑した。・・・思い出したくないものを思い出したときの、静かな笑みだった。
「・・・禁忌の仔ってのは、できりゃぁバレないほうが、それなりに人生楽しく過ごせるんだよ。教会の人間すら気づかないほどの微弱な魔気を感じ取れる、なんてのは特にね。――――あんただって。そう、思うだろ?」
 流れるように動かされた視線を目で追って―――
 赤い瞳に、真っ直ぐ映された少年は、意外と驚かないまま、返事をするように軽く肩を落とした。
「鋭いとは思ってたけど・・・・もしかして、最初からバレてたり?」
「いくらなんでも、聖気も魔気もからっぽなんてヤツは普通いないからねぇ。何かを得ると同時に、必ず同等、 もしくはそれ以上の何かを失う。それが禁忌の仔の宿命サ。あんただって・・・・・」
 そう言って、タキの赤い眼はゆっくりと、アレンの緑の視線と重なり。
 しばしの沈黙のあと、どこか面倒そうに目を逸らしたのは、タキのほうだった。
「・・・・ま。あえてその中にナニがあるのかは、聞かないどくよ」
「そうしてもらえっと、助かるかな」
 アレンの顔は、屈託なく掴みどころのないいつもの笑顔に戻っていた。

「そりゃそーと、話を戻しましょうや。今の問題は・・・なんで魔族のトップが、聖地の解放なんざして周ってるかってコトでしょー」
 半分強制的に話を切って、アレンは飄々とした態度のまま組んだ腕を後ろへやる。
 聖地とはすなわち、聖気の湧き出る泉のようなもの。
 それらを全て解放すれば、当然世界は多大な聖気で満ち溢れることになる。魔族が進んでこれを行なうことは極めて奇異だ。 そもそもこれらの封印は、古に魔族自身が神を封じるために施したものとまで言われているのに・・・・・
 まったくもって、訳が分からない。《使徒》は何を考えているのだろう?
 黙々とした思考がミリアたちの中を駆け巡り。
 重ったるい空気に嫌気がさしたのか、それまでずっとだんまりを決め込んでいた一人が煩わしそうに頭を掻き毟った。
「っあ゛―――くそ!やってらんねぇな。いつまでもくだらねぇことでダラダラ悩みやがって。言っただろうが。 弱いモンに興味はねぇ、より強いモンに従う。それが魔族だってな」
「ジン」
 ミリアが名を呼ぶと、自称魔人はフン!と腕を組んだまま宙を漂い。
 両手の鎖をジャラリと鳴らせて、不機嫌な眉にさらに皺を寄せる。
「だいたい、使命とあっちゃ何も知らなくても黙って従事する。やおら知恵持って忠誠心の厚い《使徒》なら、なおさらだ。 何かにつけ理由つけたがるテメェら人間とは違うんだよ。しかしまぁ、そっちにとっちゃいいコトなんじゃねぇか?目的さえ 果たしゃ殺さず退くような連中だし。今は3人しかいねぇハズだしな」
「3人?・・・っつぅことは、前会った2人と、今回のライラって奴と、これで全員か」
「もうひとりは??」
「さーてね」
 適当に答えられると、ミリアは一度ぷぅっと膨れ、次いで手を口に添えた。
 ・・・なんにせよ、向こうは3人で、個々が強大な力を有し、そしてなにより―――。命に対して、恐ろしく冷徹で残酷な 考え方を持っている、と言うことだ・・・・・・・・。


「・・・・?・・・ナンだよ」
 腑に落ちないような視線を感じ、ジンはわずかに引くと、発信源の少女に訝しげな目をやり。
 ハッとなったミリアは、慌てて両手をわたわた振った。
「あ!いやえっと・・・・随分詳しいんだなぁ、と思って。魔族って、結構アットホームなんだね」
 苦笑いを浮かべるミリアの指摘に、ジンの赤い瞳に一瞬焦燥の色が浮かぶや。
 パタンと古書の閉じられる音が、上手くそれを阻めて。見ると、相変わらず無表情のまま、ラーグが気のない溜息を零しており。
「・・・あまりそいつに近づくな。『見初められた者』の称号を剥ぎ取られるぞ」
「・・・っ、テメッ!いつまでそのネタ引っ張り回してんだコラーーーーッ!カン違いすんなよッ?!オレはただ――」
「あーハイハイ☆」
 中指立てて喚きかけたジンを阻んだのは、いつのまにか、ガッシリとその肩に腕をかけたアレンのにこやかな笑顔で。 ・・・・傍から見ると肩にかけているのか首まで回っているのか、判断の難しいところであったけれど・・・。
「まぁまぁ神父さん。誤解だったんだからもうその辺にしといてやりましょーや。あんただって、もう反省したもんな~」
「オレが何に反省せにゃ・・・!」
「な。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・」
「・・・・。アンタ、マジで何したのよ?」
 全身にびっしりと冷や汗を浮かべて固まるジンを見て、頬を引きつらせながら訊ねるティティに。
 アレンはかけた腕をもう片方の手でがっちりと挟みこんだ状態のまま、明るく微笑んだ。
「だーから。穏やかに話し合ったんだって。ちょっぴり《真理眼》とか使ったけど」

 ・・・これを実力行使と言わず、なんと言おうか?
 なんだかあえて聞かないほうがいい気がして、妖精はそのままミリアを振り返ると。  ・・・今更ながら、ラーグに言われた言葉の意味を考えていた少女は、ポンと手を叩いて頷きつつ、
「――ああ!大丈夫ですよっ。教会の称号は、賢老院の方にしか外せませんからっ」
「「「「もういい」」」」
 ラーグ以外の全員にそう言い切られ、ミリアはただきょとんと目を丸くするしかなかった。


「《使徒》が何を考えているにしても」
 深い息を吐いたあと、うっそりと呟く金の髪に。
 ミリアたちが視線を注ぐと、相手は本を書棚にしまいながら続ける。
「《レガイア》を奪ったのが奴らなら、奪い返す。邪魔をするなら消す。それだけだ」
「消す・・・ねぇ。随分簡単に言ってくれるけど、相手は《使徒》だよ?魔族棲息域じゃあ大した聖気も扱えないだろうし・・・・魔獣 も喚べない今のあんたじゃ、正直難しいんじゃないかい?」
 場の空気が静まるも、ミリアにはさほどの驚きはなかった。
 ライラの言葉から、彼が魔獣を召喚できなくなっていたことは分かっていたし、ここに戻って真っ先に聞いたのもそのことだ。 ついでに、ラーグがタキの元へと訪れたのが、この原因を調べるためだったということも。
 最初は自分が近くにいるせいでは、とハラハラしたのだが、タキが言うにはそれが直接の原因ではないらしい。ミリアの聖気は 確かに膨大だが、冥界の番人と契約を交わすラーグの魔気をここまで抑えこむほどではないのだとか。
「そういえば・・・ライラが言ってましたね。そもそも魔導がどういうものなのか、考えてみろ・・・・・って」
 空になったカップを机に置いて、ミリアの声が深刻さを増す。
 考えたこともなかった。魔導とは、生まれたときから自身の中にある聖気と、そして魔気を材料として生み出す法則。 学んで努力すれば大概の人間は使えるし、それに別段疑問を感じたこともなかった。しかし、それでは聖気と魔気とは何なのか。 なぜ生き物の体に宿り、生命の役割を果たし、当然のように循環するのか。
「・・・・・誓約か」
 ぼそりと零れた低い声に、全員が振り返り。
 ラーグは手を口に添えながら、あくまで淡々と、思考を紡ぐ。
「聖と魔。いずれの場合も、『力』と括れる全てのもの―――さらに言うなら、それらによって具現するものが皆、誓約に よって生み出されているのなら。俺と魔獣の間を結ぶそれが切り離されつつあると考えれば、得心がいく」
「!?ちょ、・・・ちょっと待ってくださいっ?」
 混乱しだすミリアは、一度頭を抱えて理解しようと頑張ったあと、
「仮にそうだとして・・・・・・・誓約を切り離すなんて、一体誰が・・・・」
「さあな。より強いものに従うのが、魔族なのだろう?」
「・・・!ラーグ、あんたまさか―――」
 意味深な言い回しに驚愕の声を絞ったのは、タキひとりだったけれど。その後ろで椅子に腰掛けるアレンの表情も、何かを確信 したように曇った影を落としていて。
「―――・・・・いつから気づいてたんスか?」
「疑問だけなら、随分昔から感じていた。今回のことで確信に変わったが」
 ひたすら意味が分からないミリアと、黙ったまま腕を組むジンの前で。
 ラーグの出した結論は、ミリアの予想を遥かに上回るものだった。

「魔獣と《使徒》は、全く同一のものだ」


 声が、出なかった。
 驚いたなどというものじゃない。
 その瞬間、確かにミリアから、一切の言葉が消え去った。


「冥界の番人と《使徒》が・・・・・・・・・同じ・・・・?」
 掠れた喉にも、ラーグは大して便乗した風を乗せず、
「《使徒》は、魔族の頂点に座するもの。そして番人は、魔を裁き葬る唯一の魔族だ。理屈に不備な点はない」
「じゃあまさか・・・魔獣が喚べなくなったのも・・・」
 不思議と冷静になった頭で思案するミリアに、次いで答えたのはヒマそうに椅子を揺らすざんばら頭。
「誓約が切れかけてるってんなら、あいつらを縛るモンもだいぶ緩まってるよなぁ?面白いことに、最後に召喚したのはルドル。 連中が初めて俺らの前に現れたのも、ルドル。時期的にもピッタリだ」
 もうほんと。清々しいまでに。
 ここまでピッタリだと、疑う余地すらない。

 軽く唇を噛んで――ミリアは、苦い表情を浮かべた。
「・・・・・でも、それじゃ《使徒》を倒したら――・・・・って、ドコ行くんですか?ラーグ・・・」
 面を上げると、なぜかラーグはいつの間にやらマントを羽織い、無言のまま部屋の入り口へと向かっていて。
 肩越しに視線だけふり返ると、一言。
「そろそろ来る頃だ」
「・・・・・・・・・・はい?」
 さっぱり訳が分からんミリアたちの前で。外に出ようとしたところ、タイミングよく音を奏でたノックとともに、一人の老人が 客室を訪れた。
 なかなか紳士な恰好をしており、口髭の間から覗くパイプが妙に合っている。
 老人はラーグの姿を確認するや、帽子を取り、意気揚々と頭を垂れた。
「おお!これはこれは神父様。この度は大変お世話になりました!」
 初めて見るも甚だしいミリアにとっては、無言になるよか方法がない。すると、奥から顔を覗かせたタキが、「ありゃ?」と 小声で呟く。
「あれ、イリーダの遺跡文献保管部で一番エライじーさんだよ?あいつ一体ナニを・・・」
「いやぁ見ましたぞ!あの砦。何度試みても全く封印が解けんかったというのに。いやはや、やはり聖都の神父様は違いますなぁ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 チョット待て。


 なんだかとんでもなく嫌な展開を想像して、ミリアは硬直したまま真っ白になり。
 上機嫌のため周りが見えていないおじいさんには、そんな刺すような視線には気づかない。
「調査のみをお願いして、よもや封印まで解放してくださるとは万々歳です。しかも聖地とは、イリーダとしても鼻が高い! 遅くなりましたが、これはほんのお礼でございます。これからの旅に少しでもお役立て頂ければ・・・・・」
 言って差し出された袋を見て、タキが愕然と口を開けた。
「あ、あんなに・・・・!クッ・・・ラーグのやつ、あたしに払った倍はあるじゃないか・・・ッ!」
「・・・そぉ?普段持ってるぶんと袋の大きさ変わんない気がするけど」
「バカだね。銀貨より金貨の音のほうが多いだろっ」
「・・・・・・・・・・・・・イヤ、分かんないし。」
 やや専門的な会話をするタキとティティの横で、ミリアがオロオロとラーグの行動を見つめていると・・・・・

 やがて、無言で老人の話を聞いていたラーグが、落ち着いた口調で静かに呟いた。
「大したことではない。今後もこのイリーダを含む世界の平穏のため、これらは有効利用させてもらおう」


 失神したミリアに代わって、今夜の夕食はアレンが作ることとなった。





+++++++





 夜も深くなると、昼間の賑やかさは一変し、街を抜けるのは静かな闇と、乾いた北の風のみで。
 それでも解放された聖地の塔は、街を見下ろすように虚ろな光の輪を回しつつ。放射を続ける聖気の波は、優しく拭うように、 群青の空を照らしている。

 ミリアは、眠れなかった。
 包み込むように頬を撫でるほどの聖気に慣れなかったのか、それとも昼間の悪夢のせいなのか。そこんとこはよく分からなかったけれど。とにかくシーツにくるまっているだけで、ギンギンに目は覚めていた。すぐ側からは、ティティの健やかな寝息が聞こえる。
 タキは帰ったものの、こう人数が増えると、さすがに一部屋では窮屈になるもので。あくどい方法であれ、かなりの収入もあったので、 今日のところは2部屋に分かれることとなった。「ジンはランプに入れるし、そんなに幅取らないんじゃ?」と言いかけたところ、 なぜかランプが真っ先に隣部屋に放り投げられたのがちょっと疑問だったけれど・・・・・。
 そのとき、窓の外からドアが軋む音がした。
「・・・・・?」
 そろそろ月も天頂をまたぐ。こんな時間に誰が??
 そろりと窓の外を覗いてみると―――月光に照らされ、見知った金の髪が宿から出て行くのが見えて。
(・・・・・ラーグ?)
 確認のためか、ふいに上げられた視線を避けようととっさに窓際に隠れ、再び遠ざかり出した背中を不審な瞳で追う。
 方角からして、どうもあの塔へ向かっているようだ。
 一瞬迷ったのち――――ミリアはそっと、ベッドから抜け出した。





+++++++





 ・・・・確かに、塔へ向かっているという予想は当たっていたけれど・・・

「・・・・・・上?」
 適度に距離を取りながら、前を行くラーグの行き先に。ミリアは意表を突かれつつ、呪紋の巡る上空を見上げた。
 塔へたどり着いたラーグは少し周囲を調べたあと、壁の一部に手を当て。一言何かを呟いたかと思うと、突如、真白い壁面に 幾筋もの呪紋が走り、人一人が通れるくらいの入り口が出現していた。
 その中へ踏み込むと、中は延々と続く螺旋階段がとぐろを巻いており。ただ普通の階段と違ったのが、石や土ではなく、段差ごとに 僅かな隙間を開けて、半透明の呪紋の帯によって出来ていたことで。
「だ・・・大丈夫なのかなコレ・・・・・途中で消えたりしないかな・・・」
 上へと登れば登るほど不安が増し、ミリアは恐る恐る足元で輝く光の循環を確認しながら一歩ずつ踏み出す。すると、いきなり何かに頭をぶつけ――
「ふわ・・・っ!何?―――――・・・あ。」
 見ると正面には、冷ややかな顔で見下ろすラーグが立っていたわけで。
 間抜けな声で硬直するミリアに、短い溜息が降ってきた。
「・・・・・・・何をやっている」
「――えっと、その・・・・・・・・」
「 尾行するならまず気配を消せ。そして余所見をするな。さらに言うなら、独り言を言うな」
「ぅ・・・・・・・・・」
 モゴモゴと言葉を濁らせる少女は、力なく全身で項垂れるばかりで。
 いつから気づいていたのやら・・・・・。がっくりと肩を落とすミリアを一瞥したあと、神父はそのまま、またコツコツと階段を 登り出した。そして。

「何故、ついてくる?」
 引き返すと思っていたのが、懲りずに堂々と後を歩んでくる従者を振り返り、ラーグは陰鬱そうに顔をしかめた。
「用がないなら帰れ。俺は調べることがあって来たに過ぎん」
「なっ。それなら尚更です!あたしはラーグの従者なんですからっ。解放された聖地を調べるのなら、従者の同伴は 許されるはずですよっっ」
 面と向かって言い切ると。
 ややあった後、ラーグは諦めたように再び歩みだし。
「・・・・勝手にしろ。落ちても知らんぞ」
「ご心配なく!そんなヘマは――――わきゃぁぁッ?!」
 威勢のいい返事をするや否や―――。見ると、足を踏み外したミリアは見事に帯のひとつに必死でしがみついていて。

「・・・。俺はお前を尊敬すればいいのか?それとも憐れむべきなのか?」
「・・・・・・・・・・・・・手を貸してください・・・・・」





+++++++





 塔の最上階は外から見たのと同じ、滑らかなドーム型になっていて。
 床や壁、さらには天井までにも無数の輪が広がっていたのに、一瞬ギクリとしたけれど。その循環が常に一定の濃度を保つ 聖気の奔流なのだと分かると、ミリアはどこかホッと息を撫でた。
 淡く輝くそれらへ掠れる程度に手を添え、何かを確かめるように周囲を歩いていくラーグに。
「素手で輪に触れて、大丈夫なんですか?」
 なんとなく思ったことを口にすると、目の前の男はなんでもないような口振りで、さらりと言ってのける。
「急速に体内に流れ込んでくる聖気を制御できなければ、体が砕けるだろうな」
「――なぁッ?!・・・へ、平気なんですかラーグッッ!?」
「問題ない。例え手足の1、2本無くなろうとも、俺は死なん」
 変化のない単調なトーンで答えた背中に、光を吸った紫暗の瞳が繋ぎとめられる。

 ・・・・・それは決して、多大な力を持ったことへの自信などではなくて。
 消えぬ聖痕を背負った者の、行き場のない迷路の中、彷徨い続ける果ての声に聞こえた。

「ラーグ・・・・寿命まで止まってるって、なんで言ってくれなかったんですか?」
「不死の聖痕については話したはずだが」
 背中を向けたままあっさりと放たれた返答に、ミリアは一瞬理解が追いつかず。再稼動した頭が理解するころには、 勝手にすっとんきょうな声が上がっていた。
「・・・・はぁぁ!?何言ってんですか、回復力のことしか聞いてませんよっ!」
「会話の流れで察するぐらいしろ」
「今更んな無理難題つっかけないでくださいっ!!」
 肩でゼーゼー息を荒げたあと、ミリアはどこか張りつめていたものが一気に解けたように、へなりとその場に座り込む。
「まったく・・・・そもそも一体何がどうなって、あなたにそんなものが刻まれてるんですか・・・」
「さあな」
「またいー加減な言い方を・・・・」
「本人すら覚えていないことを、どうやって説明できる」
「だからそういー加減な――――え・・・?」

 はたと気づいて顔を上げるミリア。
 一度手を止めたラーグは、こちらに表情を見せないまま、低く呟いた。


「どれほど昔だったか、もうそれすらおぼろげだが・・・・何も無い荒野で、今の姿のまま、俺は目を覚ました。 ―――それ以前のことは、全く記憶に無い」



「何一つ・・・・・・覚えていないんですか?親も、生まれも――――・・・・どうして、そんな体になったのかも」
 呆然と繰り返すミリア。
 壁の一点で視線を止めると、そのままの姿勢でラーグは答える。
 冴えた光の灯す横顔の、なんと冷たく酷薄なことか。
「唯一覚えていたのは、自分の名だけだ」

 何も無い    真っ白な世界で

 自分の存在すら     虚ろな視界の中で

 それだけが     確かにそこに在った


 ―――まるで、違えることを許さないかのように。


「・・・じゃあ聖痕も、魔獣を喚ぶ力も、そのときから・・・?」
「断言はできん。だが、そこから後でこれらを手にした記憶も無い」
 いつもと変わらぬ抑揚のない口調は――・・・しかし、いつもよりずっと深淵へ堕とされた、まるで人形のような頬から紡がれて。
 これから自分が言うことが、彼をさらに傷つけないか、と不安に駆られながら、ミリアは引き結んだ唇から呟いた。
「ラーグは・・・・これでいいんですか?」
 ミリアが俯くと、今度はラーグの視線が下げられる。
「何が」
「《使徒》を倒してしまったら、ラーグと魔を結ぶその力も絶たれます。ラーグの記憶を知る手がかりが、一つ消えるんですよ? それでも・・・・・いいんですか?」
 おせっかいなこと、この上ない。
 そう自覚しながら、それでもミリアは、胸の思いを吐き出さずにはいられなかった。
 少し間を置いたあと、ラーグはもう一度触れた壁に視線を戻し。・・・目を伏せたあと、音もなくそっとその場から離れた。
「帰るぞ。用は済んだ」
 ちょっと飛びすぎな言葉に、ミリアは埋めていた頭をピョンッと跳ね上げ、「え?」と目を丸くする。
「・・・。結局、何しに来たんです??」
「同伴の権利はあっても、従すべき者の私情を聞き出す権限は、従者にないはずだが?」
「うー・・・」
 恨めしげな瞳で小さく睨むと、ラーグの足は自然とミリアの方・・・つまりは螺旋階段の方へと向かい。
「《レガイア》さえ取り戻せれば、俺にとってあんな力など、何の価値もない」
「・・・?『さえ』って・・・・・そりゃあ審議会の命令は絶対ですけど」
「審議会、か。―――そういえばそんな命令でもあったな」
「え?」
 眼前に見えた、僅かに自嘲したかのような薄い笑みに。
 ミリアが首を傾げかけ、同時にラーグの黒い法衣が隣の風を撫でる。


「あの剣が俺の望みを叶えさえすれば。あとはどうなろうと、知ったことではない」



 ・・・何故だか、分からなかった。
 まるで己の意志で動いているような口振りだとか、《レガイア》が望みを叶えるだとか。分からないこと、訊ねるべきことは山ほどあったのに。
 そんな疑問よりも、過ぎ去ってゆく背中に感じた不安が、一瞬胸を満たし。

 何故だろう、酷く嫌な予感がしたのだ。
 彼がこのまま―――どこか、遠くへ行ってしまうような、気がして・・・・・・・・


 気がつくと。
 いつの間にかミリアの力ない手が、ラーグの法衣の裾を掴んでいた。
 振り返られた端正な面立ちが、心なし程度、驚きの色を刻んでいる。交わった視線に、ミリアはようやく我に返り――
「・・・・・へ?――あ、あれ・・・?!」
 慌てて手を離すと、輪の光に照らされたそれは、なんの抵抗もなくふわりと落ちた。
 しばし混乱するミリアを細い目で見つめたあと、
「・・・・帰るぞ」
 振り返ると、それ以上は何も言わず、一度もミリアを顧みることもなく―――呪紋の段を下っていく。
 後に続き、その背を見上げながら、ミリアは胸元の十字架を両手で握りしめた。

 ――何故だか分からない。けどあのとき、確かに願ったのだ。


 『いかないで』   と――――――





+++++++





「人って、誰でも心にお星様を持っているんですって」

 塔から出て、もと来た道を歩む中。
 天を仰いで呟く隣の少女の目には、零れんばかりの星空が広がっている。
 歩調を緩めぬまま、ラーグは気のない声で言う。
「・・・それは、死者の聖気が屑となって空へ昇るという、お前たちの空想か?」
「どーしたらそんな夢のない解釈へ結びつくんでしょうね・・・」
 半目を軽く逸らすミリアは、「そうじゃなくて」と、傍らの長身を真っ直ぐに見上げ。
「ほとんど覚えてないんですけど・・・・。昔、母さんが言ってたんです。どんなに真っ暗な夜にでも、必ず一つはその人だけが持つ 光があるって。どんな仄かでもその空を照らして、それを失いさえしなければ、いずれ必ず朝は来るって」
 想い出のページを捲るように繋がれた声は、やがて、強い瞳のそれに変わって。
 霞みがかったような記憶に関わらず、彼女の中では、それが未だに大きく影響を与えている証拠だった。
 乾いた風が、長い髪を優しく梳いている。
 微かに眉を寄せて、ラーグは気のない視線を前へ戻した。
「朝、か。時間の止まった俺には、関係のないことだ」
「動いてますよ、ちゃんと」
 即答するミリアの顔は、視線を落としながら、柔らかく微笑んでいて。
「あたしみたいに、ラーグの周りにいる人全員の時間が動いてるんだから、ラーグだってちゃんと動いて、今、ここであたしと話しながら歩いてます。だからいつかきっと朝だって来ます」

 永遠に終わらないものなど、何一つないのだと。
 呪紋も、命も、そして想いも、いつだって絶え間なく巡る循環の中にあるのだと。

 そう、信じたいから。


「・・・・だから、途中で諦めないでくださいね。自分から終わらせちゃったら・・・・・駄目です」
「長い上に締めくくりが雑だな」
「ずっと黙ってた第一声がソレですかッ?」
 さらりと繋げられた冷めたコメントに、思わずミリアも瞬時にツッこんでしまい。
 慌てて口を押さえたあと、冷ややかに見下ろす神父の蒼い瞳を正面から捉える。
「生憎と賢老院をはじめ、俺は誰の意見にも従うつもりはない。今回はたまたま、連中と利害が一致しただけのことだ」
「・・・・・・失礼極まりないですね・・・。分かってたけど、なんか頭痛まで―――って、ナニこんな時間から煙草吸ってんですかッッ」
「こんな時間から喚くなやかましい」
「・・・・・・・・・ぐぐっ・・・・!!」
 ワナワナと拳を震わせるミリアの一挙一動をわざと煽っているかのように。当の神父は素知らぬ顔で夜空に白煙を流して。 なんだか手の施しようがないくらいに会話の流れがねじ曲げられ、重い肩を落としつつミリアは息を吐く。
 溜息のぶんだけ、歳をとったような気分だった。
「・・・て言うかラーグ、また新しい煙草買ったでしょう。いくらなんでも、お仕事請けるときにまでそう無遠慮なのは、マナー以前に あたしの心臓に悪いです」
「大した聖堂騎士だな」
「関係ないでしょーっ?」
 やはり聞く耳持たないこの男は、げんなりとなるミリアの前を少し歩いたあと。
「――昔、こんな男がいた」
「へっ?」
 ぴょこんと頭を上げると、ラーグが吸い殻の粉を地面に捨てているところで。

「驚異的な煙草好きで、日に吸う数はおよそ50本。特技は寝ながら吸えること。聞くところによると、妻子と煙草1000本なら妻子を選べるのが自慢らしい」
「・・・・ナンデスかそれわ・・・・。つーか、そんなあらゆる方面で突飛しすぎな人と比べられても・・・・」
「突飛か」
 独りごちると、ラーグはほんの少し、口元に笑みを含ませて。
 珍しくミリアに同意するかのように、白い糸をゆっくりと風に乗せ、瞳を閉じた。

「たしかに、馬鹿だな・・・」





+++++++





「おーっす、ミリア」
 翌朝、睡眠不足でボーッとした頭に、快活なアレンの声は普段の10倍の音量で響いた。
 背後からの声にびくっと体のバランスを崩し、せっかく直したシーツがまたも皺くちゃになる。窓際で枕を叩いていたティティ が―――彼女が叩くと、ヘコみ具合がサンドバッグのように見えることは、このさい無視することにした―――こちらを向く。
「あらら。どーしたのよミリア?いつもはスッゴイ寝起きいーのに」
「・・・・・うん、まぁ・・・・・・ちょっと」
「昨夜は寝てねーのか?」
「え゛」
 軽く投げられたアレンの質問に、ミリアは一筋の汗を流す。ラーグをつけていったことは勿論、あの塔の中で聞いたことは、とても 自分の口から勝手に言えるものではない。精一杯の努力で平静を装うと、ミリアは後ろのアレンを振り返り。
「ど、どして??」
「イヤ、昨日は色々あったからさ。おまえそーゆーの、気にするほうじゃん」
「――あ。・・・・うん、実は」
 ホッと胸を撫で下ろし、ミリアはいつもと変わらぬ笑顔を見せる。
 考えてみれば、始めは本当に眠れなかったのだ。完全な嘘とも言い難い。とにかく今は―――黙っているのが一番いい。



「何を持っている?」
 同じように寝ていないのに、なぜか普段と変わらぬ顔色で。
 平然としたまま部屋をあとにするラーグの声に、ミリアはきょとんとなって振り返った。
「何って・・・・ランp」
「捨てろ」
 言い切る前にスッパリ断言され、ミリアはしばし開いた口が塞がらず。
 代わりに反撃したのは、耐え切れんとばかりにランプから飛び出したジンのほうだった。
「って・ん・めぇーーー!二つ返事でそれたぁいー度胸じゃねーかッ!」
「もしくは燃やせ」
「悪化さすなーーー!!」
「あ・・・あのラーグ、このランプはあたしのお金で買ったわけですから・・・」
「テメェも何気にモノ扱いしてんじゃねェッ!」
 一通り叫ぶと、いつの間にやらアレンやティティまで不思議そうに覗き込んでおり。
 どこか地鳴りが聞こえそうなぐらい、赤と蒼の目が殺気だった沈黙を貫いたあと。
 ジンは鎖を奏でて腕を組み、吐き捨てるように息をついた。
「―ケッ。オレだってテメェと旅するなんざまっぴら御免だぜ。けど言ったろ。オレにゃ幾つもの誓約が刻まれてんだ。 主人となった奴からは、願いを全部叶えるまでどう足掻いたって離れらんねんだよ」
 憮然と口を尖らせるジンの言葉に、ラーグはあまり表情を変えず、黙している。
 しばし考えていたミリアは、言われた意味を少し整理して、
「・・・・じゃあ、もしジンをここに置いてっても・・・」
「一定以上の距離が開けば、勝手にオマエんトコに飛ぶ」
 苛立った表情をあからさまに浮き立たせ、宙空に座る魔族は本気で不本意そうで。
 外からアレンの適当そうな声が聞こえたのは、そのときだった。
「まー、ミリア次第ってことッスねー。いんじゃないですか?これから魔族棲息域行って《レガイア》取り戻しゃ、旅も終わりだし」
「・・・・・大変なコトをえらくケロッと言うのねアンタ・・・・」
「魔族棲息域?・・・フーン、――まぁオレとしちゃ、さっさと解放してもらえりゃなんでもいーけどよ」
「安心しろ。全てが終わった暁には聖地の輪の上にでも寄贈してやる」
「死ぬっつーの!そっちの解放じゃねぇッッ!」

 再びがなる魔族を無視して、さっさと宿を後にしようとするラーグに。
「あ。そーそー神父さん」
 屋外への扉を開けようとすると、あっけらかんとした制止とともに、アレンが横を通り過ぎ―――。すれ違い際、小さな声で囁かれた。
「とりあえず、あの塔の中までは入っちゃいませんから。別に必要ないと思ったし、聖気が強すぎて非魔導体質の俺にゃ ちょっとキツかったんで」
 にんまりと笑う少年に、しばし無言のまま目を細め。
「・・・・・・どこから出た」
「ドアノブにかかってた拒絶魔法ッスか?あいにく、5階から飛び降りても全然平気なんスよ、俺☆」
 悪戯っ子のようにカラカラと笑むアレン。
 禁忌の仔は体が丈夫と聞くが、こいつの場合は・・・・異常だ。溜息を吐くと、ラーグは扉を開けて外に出る。
 そして。
「言い忘れていたが、窓枠に触れたのなら、今日一日は素手で貴金属に触れないほうがいいぞ」
「――へ?」
 抜けた返事を返すのと、アレンがノブに手を伸ばすのは、まったく同時のことで。突如指先とノブの間で走った青白い光と 痛みに、とっさに手を引っ込めた。前を歩く神父の背中は、相変わらず淡々と素知らぬ風。
「・・・・・おっかね~~・・・」
 冷や汗混じりに苦笑すると、アレンは触れてないもう片方の手で、扉を開けた。



「―――うわッ。んだよコレ、寒いと思ったら雪降ってんじゃん!」
 外に出るや、視界に飛び込んだ白銀の粉に。
 アレンが身震いして声を上げると、ミリアはハッとなって、小さく息を呑んだ。白い息が、灰色の空へ昇る。

 ――そういえば、こちらではもう、そんな季節だったか―――

「あの・・・ラーグ」
 まだ積もるには早い、濡れた大地を歩く神父を呼び止めると、ミリアはどこか、言いにくそうに視線を下げる。
「すみません。魔族棲息域に行く前に・・・・少し寄りたいところがあるんです。一日だけでいいですから・・・」
 ティティやアレンが驚く空気が、肌で感じられた。
 普段のミリアなら、私情で教会からの任務外のことをしたがるなど、絶対にないはずだからだ。
 ・・・しかし今日は―――いや、明日は特別だった。毎年この日だけは、無理を言って休日を貰い、訪れる場所がある。
「ちょ・・・っ。ちょっとミリア何言ってんの、んなのこの自己中神父が許すわけ―――・・・」
「別に構わんが」
「ホラやっぱり・・・・――えぇッ?!」
 飛び上がらんばかりの声を上げて、妖精は力いっぱい驚愕する。
 ミリアも驚いたが、それよりも安堵のほうが勝っていた。
「あ、ありがとうございますっ」
「場所は。近いんだろうな」
「は・・・っはい。えと・・・ここから北東にある、ノワールの街です」
 背中で具体的な行き先を聞いて――――。ラーグの顔に、僅かな陰りが生じる。


 大聖堂教会北方支部ノワール。

 ミリアの両親が――――亡くなった場所だ。

【第4章】魔の血族 -the demon blood- 5

2016.05.16 22:04|クロスマテリア
 虚ろな灯火が刻んだそれは、果たして幻だったのか――――・・・・


「・・・・どういう・・・こと?」
 完全に陽の光の届かない、冷え切ったイリーダの地下。
 まだ人の匂いすら薄い漆黒の最深部で、突如ミリアたちを襲った赤い瞳は、滑らかな漆黒の四肢を闇に溶け込ませ。ゆったりと重ねられた衣の裾を土の上に擦りつつ、微かな香の香りを風に乗せる。
 素直に美しいとすら思える魔族の姿。それを見たタキの第一声に、ミリアは瞠目の色を浮かべた。

 “母さん”、と。

 確かに、そう言ったのだ。

 唐突な攻撃をかわしたばかりのタキの表情は、やはり緊迫の糸を張らせながらも。同じ瞳に映った、あまりに近しい肉親の姿に。 白い頬には疑惑と、そして動揺する様子がまざまざと刻み込まれていた。
 ・・・・・本当に、どういうことなのか。
 踏み込めない両者の距離と沈黙に気を配り、ミリアは自分の頭を整理しようと試みる。
 タキが人と魔の間に生まれた禁忌の仔であるなら、母親が魔族であるのも頷ける。だが、彼女はとうの昔に亡くなっていると、 ついさっきタキ自身の口から聞いたばかりなのだ。それが何故目の前にいる?まさか、「実は生きてましたー☆」と言うノリなのか? しかしそれじゃあ、どうして攻撃を?
 堂々巡りの思考を断ち切ったのは、目の前で平静を努めようとする女性。
「そんな・・・まさか。いったいどういう――」
 努めていても、声色に見え隠れする当惑の表情は隠しようがなくて。 そのとき、まるで彼女の意志が揺らぎ始めるのを見計らったかのように、魔族の口元が穏やかに緩む。柔らかい――
 おそらく誰が見ても悪意の欠片も感じられないような、優しい微笑み。
 しかしミリアが感覚のみで激しい悪寒を走らせた、その直後。
 再び魔族の背後で、無数の黒い刃が弾けた。
「――タキっ!」
 反応の遅れたタキを庇うべく、ミリアの体が反射的に前へ動き。疾空の盾を展開させようとしたところを、ラーグが言葉無く放った聖魔導が闇のことごとくを消し去る。
 見ると、いつの間に移動したのか、ミリアたちの傍らに立つラーグは、相変わらず薄い笑みを浮かべる魔族から目を逸らさぬままにようやく口を開く。
「タキ。お前の母親は、どうなった?」
 20年前と同じ質問を投げかける瞳には、やはり昔と変わらぬ冷淡な無慈悲さがあり、冷静さがあり、聡明さがあった。言葉の奥に潜むもうひとつの言葉を理解すると、タキは一度小さく目を伏せ―――。静かに、それでいてしっかりと通った声で呟く。
「・・・・・・・死んだよ。魔族棲息域で、魔族に殺されて。骸を焼いたのも、骨を埋めたのも、全部・・・・・・ 全部あたしさ」
 自身を戒めるように繰り返すと、今度は強い瞳で目の前の。・・・母の姿をしたものを睨みつける。
「あんた、一体何者なんだい?」
 鋭い視線に、矢面の女性はゆっくりと――今度は突き刺すような残酷さを滲ませた笑みを零し。背筋が凍るような感じの直後、 突然魔族が地を蹴っていた。
 ところがその体はタキやミリアたちに向かうことはなく、まるで何かから逃れるかのように体勢を折ったわけで。状況が理解できない ミリアが、瞠る視線の片隅に銀色の糸を移したときには、瞬時にラーグが刻んだ幾重もの呪紋が魔族の全身を取り囲んでいた。

「おーーーーーッ。やっぱり」
 一瞬で視界を覆ったまばゆい閃光の中から身を捻らせ出てきたのは、銀の糸を翻すアレンだった。
「ア、アレン!?」
「毎度お約束ながら神出鬼没なヤツね!」
 ミリアとティティの第一声を聞く頃には、すでに全員の側へと着地を終えていて。
 いやー、と頭を掻くと、眼鏡の奥で少年の表情が揺れる。
「神父さんからの言いつけやってたら、なんでかこんな格好いいタイミングに」
「言いつけ・・・?」
 って、なんですか?と、下から覗きこんでくるミリアに、ラーグは面倒臭そうに溜息を吐いたあと、
「・・・この街で、なにか異常がないか調べさせた。どこかの破滅的な方向音痴よりは、幾分やや利用価値がありそうだったのでな」
「なんか・・・いろいろと物申したい気が・・・」
「俺もなんかフクザツ~」
「ここの封印だけ、10の神官が集まっても解放できなかったらしい。調べるだけでも、そこの悪質な占い師に取られた分の補充 ぐらいは賄えるだろう」
「ビジネスな、ビジネス。あとあんた、気前がいいのかケチなのかぐらい、いい加減ハッキリさせとくれ」
 各々の指摘を受けながらも、神父の横顔は清々しいまでに無視を貫いていて。
 そこで、「ん?」とティティが小さな違和感を口にする。
「・・・あ。あのヤンキー魔族は?」
 ラーグに対して言ったのに、なぜかアレンまでもが妙に表情を変えたことが、嫌に引っかかったのだが・・・・・
 相変わらず鬱陶しそうに瞑目する神父に代わって、アレンがなんか生温い笑顔を作りながら説明する。
「あぁ、あの変なランプの魔人とかってやつね。いやーおっどろいたゼー。宿に帰ったら、いきなり魔族が増えてるんだもんよ。 まー害はなさそーだったし、とりあえず神父さんに頼まれたこと報告したら、その場でこっちに向かおうとしたからさ。一応聞いてみたワケ。 したら―――」
「聞くなら早々にあの馬鹿を押し倒していたそこの変態魔族に直接聞けばいい、と言った。後は知らん」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
 降りしきる静寂の中。全員の視線を受けた少年は、片手をヒラヒラと宙に泳がせ。
「イヤイヤ。そんな目で見なくても、ちゃーんと話し合って穏やかに解決しましたヨ?そりゃーもう、これ以上ないくらいに」
 得体の知れない無邪気な笑みを見せるその瞳に、言いようのない寒気が走ったのは何故なのだろう?
 身体的と言うよりは精神的に労ってやりたい心地を沸々と沸き上がらせながら、ミリアは胸の内で小さく、十字を切った。
 じめっぽくなった空気を一掃したのは、ずっとせわしなく羽根を震わせていた妖精。
「・・・・あ、えーっと・・・・・・。そっそうそうラーグ!アンタさっきあの魔族に何したワケッ?」
 話題転換のつもりだったのが、その言葉を聞くや否や空気がピリピリとしたものに変わったのを敏感に感じ取り。ティティは ただただ、「え?あれ??」と汗を流すばかり。

 ミリアもようやく気がついた。
 先ほどまで目を潰さんばかりだった閃光が、徐々に治まりつつあることに。
 本来ミリアには、聖魔導に関する知識は少ない。イルダーナフ神と直属の間で結びつく、聖なる息吹。大地を創造せし絶対の存在により祝福を受けたものだけに扱える、魔を砕く刃。ところが今見えた呪紋の理は、刃と呼ぶにはあまりに攻撃的とは 言い難くて。どちらかと言うと、補助魔導の要素が強い気がしたのだけれど・・・・・
 なんにせよ、ラーグが警戒を解いていないとなると、仕留められた可能性は低い。
 念のため《セルフィート》を抜剣するミリアの頭上で、ようやくぼそりと補足が入った。
「転化の呪紋を逆向きに刻んだ。・・・・そろそろ本性を出したらどうだ」
「・・・ちぇ~っ。なぁんだ~、もうバレちゃったんだぁ―――――」
 収束する白の中から現れたのは・・・・・・・まだ年端もいかない、幼い少女だった。



 好奇心に満ち溢れたような大きな瞳には、まだ純粋な無邪気さすら感じられ。ぶかぶかに寄せられた衣服から 見える細い四肢は、元気にそこらを駆け回る子供たちと変わらなかったけれど。ほの暗い空間と融合するような漆黒の肌と、 愛らしい面立ちから覗く赤い瞳は、まぎれもない、魔族の持つもので。
 少女は眠そうな目を軽く擦ると、ラーグのほうを向いてニコリと笑った。
「あーゆー解き方は、ちょっと強引すぎるよぉ~?あーあ。しばらく着せ替えごっこはムリかぁ~」
 言葉では責めている風なのに、顔は相変わらずクスクスと乾いた笑いを含んでいるのが、ミリアにはどこか不気味だった。
「着せ・・・替え?」
 怪訝に眉をひそめるタキの言葉に、次いで少女はそちらを向き。
 大きな袖を口元へと運びながら、コロコロと可愛らしく笑う。
「アレはぁ、ライラのお気に入りのお洋服だよぉ~♥キレイだったでしょ?昔ねぇ、魔族棲息域で見つけたんだぁ~」
 美しい貝殻を自慢する子供のように、意気揚々と答えるその言葉に。
 タキの顔色が、一気に凍りつく。
「なぁんかね~、人間なんかを好きになっちゃったみたいなんだよねぇ~。ソレってなんか鬱陶しいしぃ、でも見た目キレイ だったからぁ、殺してそいつの記憶だけ被ってみたんだぁ~♥。すごいでしょ?こうしたらそいつの記憶ごと手に入っちゃっておもしろーい。ライラ、天才~~♥」
 一握りの罪悪感すら宿さない、どこまでも純粋な笑い声に、ミリアは思わず息を呑んだ。
 気に入らないから殺し、その殻を洋服と称す。目の前で明かされる恐ろしい出来事をやってのけた当人は、やはり無邪気な表情を変えないばかりで。
「・・・死者の記憶を、その身に転化として刻んだのか」
「えげつねぇマネを・・・・」
 ラーグが微かに眉を動かすと同時に、さすがにアレンも苦々しく顔を歪め。
 激しい怒りと絶望に肩を震わせるタキにのみ視線を止めると、少女――ライラは再びにっこりと微笑む。
「そっかぁ、あんたコイツの娘だったっけぇ。確かに似てるし、キレイだよねぇ・・・・でも、あんたはいらなーい。 人間臭いし、第一禁忌の仔なんて気持ち悪いも―――んっ」
 瞬間、アレンが動く前に、ミリアの白い刃がライラのいた空間を切り裂いていた。しかし少女は軽く地を蹴ると、ひらりと空へ 身を浮かし、羽根のように着地する。
「あっぶないなぁ・・・・ライラだって一応、魔族なんだよ?ソレで斬られたらさすがに痛いよぉ~。なぁに?なんでそんなに 怒ってるワケぇ~?」
「っ・・・・意味もなく同族を殺して・・・・・・・その姿を辱めて・・・・・・そんなことが許されると思ってるの!?」
 微かに震える声を必死に絞り出すミリアに、ライラは少しきょとんとしたあと。
 ああ、なんだというように清々しく表情を綻ばせる。
「きゃはは!変なこと言うなぁ。ライラはただ、誇りを傷つけたバカにお仕置きしただけだよぉ?第一、強いヤツが弱いヤツを殺すの なんて、当然じゃーん♥」
「・・・・・・・・・・・っ!!」
 声を高めて笑う少女に、ミリアは絶句する。


『弱ぇやつに興味はない。魔族ってのは、そういうモンだ』


 ジンの気のない声が脳裏に蘇る。その本当の意味を、ミリアは今更ながらに知った。
 ・・・・魔族にとって『興味がない』とはすなわち、『居ようが死のうが同じこと』であったのだ。弱者は意思も権利も持たず、 ただ強者の糧となるのみ。それが彼らにとっては当然であり―――生きる、ということなのだ。
「・・・・・なんなの」
 柄を握る手が、自然と汗ばむ。
 聖堂騎士となってから、数え切れないほどの魔物を屠ってきた。人々の安息を脅かすとなれば、強い者も、弱い者も倒した。中には同じように、人語を 解するまでに歳と知恵を備えたものもいた。・・・・・けれど。
 今、生まれて初めて、ミリアは目の前の存在を心から恐ろしいと思っている。目の前の、この小さな―――
 自分たちとはあまりにも価値観の次元が違いすぎる、たった1人の少女に。
「あんた、いったいなんなの・・・!?」

 逡巡の間を置いて、少女は、赤い目を静かに細めた。
「ライラはライラだよぉ?言っとくけど、ライラはディルよりずぅ~っと強いからねぇ♥」
「――!」
「《使徒》か・・・・」
 淡々と続くラーグの声に、ライラはただ、無邪気な微笑みを返すだけだった。



「なななナニナニナニっ?ディルって確か、ルドルで襲ってきたアクセジャラジャラ魔族よね!?」
「・・・だからなーんでそう言いにくい言い方すっかね~?」
 強烈な魔気に身を震わせるティティにツッこむアレンの声は、こんなときでも軽い調子で。
「まぁ、人の形をしてる時点で、外見じゃ力の有無はわかんねーからな」
「・・・・・なるほど、ね。どうりで、昔とは似ても似つかないわけだ」
「!タキ・・・・っ・・・」
 傍らですっと立ち上がったタキに、ミリアが気遣うような瞳を向けると。
「心配には及ばないよ。これでも、なかなか神経ズ太く生きてきたからね」
 それより。そう続けると、タキは眼前に佇む少女を、同じ赤できつく睨みつける。
「魔族の御大将たる《使徒》サマが、こんな穴ぐらまで何しに来たってんだい?」
「―あっ。そーそぉ、あんたたちで遊んでたらつい忘れてたぁ~」
 失敗失敗と言わんばかりに軽く額を小突くと、ライラはくるりと暗がりの奥へ向き直り。薄い唇から、ミリアには理解できない 言葉らしき音の羅列を紡ぎ出すと。突如、最深部の空間一帯が、強烈な赤い輝きに照らされた。
 閃光に目が慣れてくると、円状になった地下の壁と床全域に、おびただしい数の呪紋の輪が現れているのが見えた。 異常なまでに溢れる膨大な魔気が、輪の中を循環し、さらに色濃くなってゆく。
「・・・!?なにを・・・・・っ?」
 一歩踏み込もうとしたミリアだったが、いつの間に張られていたのか、ライラの周囲に広がる見えない壁が、その行く手を阻む。
 魔風を《セルフィート》で切り裂こうと試みるミリアを肩越しに振り返り、ライラはそっと、勝ち誇ったように言う。
「ムダだよぉ。さっきも言ったでしょ?ライラは強いんだって――」
「――つっ・・・!・・・」
 余裕を見せるライラの顔と、膨れ上がっていく凄まじい魔気が不安を煽り、ミリアはたまらず後ろのラーグに目をやる。
「って、そっちはナニさっきから突っ立ってんですかーーー!なんかヤバそうですよ、少しは対処してくださいっ!!」
 いつの間にかのうのうと煙草とか吸っていたラーグは、一度それを口から外すと、
「・・・それは俺に、もっと攻撃性の高い聖魔導を放て、と言っているのか?」
「回りくどくない言い方すればそーなりますね!」
「げっ!チョット待てミリア!それはやべぇ、すこぶるやべーって!」
 リアルタイムで何かに気づき、慌てて制止するアレン。その様子にミリアが首を傾げていると、隣から短い溜息が聞こえてきて。
「別にやろうと思えばやれるが・・・・この狭い地下でこれほどの魔気と聖気がぶつかればどうなるかぐらい、お前でも分かるだろう」
 両者の間を妙な沈黙が駆け抜けたのは、ほんの一瞬のこと。
「・・・・・・・・えと・・・・スイマセン。大崩落ってやつですね。さすがに生き埋めは――」
「そんなことはどうでもいい。俺は遺跡の所有者の了承を得て、ここを調べに入った。魔導を使えば、古代でも最も規模の大きい この砦が瓦礫と化す。早い話が、報酬金が減る。よって俺は、ここで目の前の事象を傍観することにした」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ケチで決定だね、あんた」
 納得したように頷くタキを横目で見ることすらなく。しかし本人の宣言どおり、自分たちを取り囲むように廻り続ける赤い循環 をただ静かに見守り、ラーグは煙草を床に投げ棄て―――光に触れるか否かのところで、吸い殻は灰となって消えた。
「・・・そもそも、この輪に害はない。放っておいても問題ないだろう」
「へぇ・・・・ライラたちの言葉が分かるんだぁ。賢いんだねぇ」
 ゆったりとした袖をなびかせ、少女はひとたび宙を仰いだあと。
「これで、ライラのお仕事はおっしまぁ~い♥」


 ぺろりと舌で唇をなぞるのが先だったか、それとも唸るような地鳴りに膝をつくのが先だったか。


 刹那、重力が増したかのような負担を感じ、立っていられないほどの揺れがミリアたちを襲う。地鳴りはしばらく続き―――。 収まったときには、ライラの小さな体は虚空に浮かんでいた。

「・・・・・・・・どういうこと・・・なの?」
 輪の消えた壁に手をつきながら、ミリアが驚愕の面を呆然と下げたまま呟く。
 地鳴りが起きる前と後・・・・さらに言うなら、赤い輪が刻み込まれる前と後での、決定的な違いに、彼女は気づいていた。無機質で じめっぽいだけだった空間に満ちるのは、ルドルに匹敵できるほどの、純粋な聖の息吹。
 ライラの表情は、やはり眠そうな笑顔のまま。
「聖地を解放したんだよぉー」
 明るい笑い声に、大量の魔気を使った疲労など微塵も感じられない。
 コロコロと屈託なく微笑むばかりの少女の補足をしたのは、意外にもラーグだった。
「世界には6つの聖地があると言われている。ルドルのように特異な例を除けば・・・・・いずれも、大半は強大な魔気に封印され、凍結していると聞いたが―――」
「そゆことぉ~。聖地の封印を解けるのは、もともとそこを封印したライラたち《使徒》だけなんだよぉ。きっと今頃他の封印も、 カインとディルが解いてくれてるころだよ~」
「・・・!?どういうことだい?なんで魔族が聖地なんてもんを解放して周ってるんだよ!?」
 混乱するタキの言葉にも、ライラは真面目なのかわざとなのか、ふざけた返事を返す。
「きゃははっ、あったりまえじゃーん。それがライラたちのお仕事だもぉ~ん♥」

 ケラケラと満足げに口元を引き上げると、突然音もなく、ライラの周囲に新たな赤い輪が展開し。
「カインに頼まれたのはこれだけなんだぁ。もちょっと遊びたかったけど、今日はここまでねぇ。・・・あ、そうそう」
 思い出した。と、少女は薄れかかった漆黒の四肢のまま、視線だけでラーグを捉え。
「カインから言伝だよぉー。『魔獣を喚べないのは、何も魔気の枯渇が原因とは限らない。そもそも魔導というものがどういうものなのか、よく考えてみるといい』だってぇ」
「・・・・・・。余裕にも助言か。《使徒》とは、随分と驕った連中らしい」
 冷え切ったラーグの視線に、もうほとんど消えかかった頬をニッコリと柔らかく緩ませると、ライラは最後に、小さく呟いた。

『ライラたちは、より強いものに従うんだよぉ。ラーグ』



 微かな余韻を残して。
 そこには、一片の魔気すら感じられない、聖地が誕生していた。

【第4章】魔の血族 -the demon blood- 4

2016.05.16 21:46|クロスマテリア
 赤い色が、大嫌いだった。

 まだ当時は大陸同士の抗争が鳴り止まず、国土全体に貧困と凶作が目立つ時代。
 崩壊された建物と、焼け焦げた大地と、腐りゆく屍たち。日に日に増えてゆくそれらの中が、少女の寝床だった。
 硝煙の臭いが残る壁に背を預け、茫々とした赤い瞳はただ虚ろなまま、目の前を交錯する人間の足元だけをじっと見つめている。
 少女に親はいなかった。片方は人間に殺され、もう片方は人ではないものに殺された。
 まだ手足も伸びきらない子供が一人で生きていくには、環境も、そして生まれも絶望的で。
 腐りかけの残飯を漁りながら、望んでもいない場所に産み落とされたことを何度呪ったか知れない。定まらぬ視点を下ろしたまま、 少女はそっと、自身の額に手を置いた。
 強烈な痛みと共に、まだ乾いていない傷口にこびりつく赤い血が、彼女の指を濡らす。今朝、身も知らない大人たちにガレキの 屑を投げられたときの傷だ。


『さっさとくたばれよ!呪われたガキが、いつまでも寄生虫みたいに・・・』
『おまえのせいだ。戦争が終わらないのも、作物が育たないのも、全部おまえが居るせいだ』
『化け物!出て行け!』


 どんなに理不尽なことを言われても、少女に反発する体力はなかった。あったとしても、もはや何も返さなかっただろう。
 始めのうちは、怒りもしたし泣きもした。けれど、それが何年間も毎日毎日続くと、気力のほうが先に萎えてしまうもので。
 ぬるりと肌に感じる赤い熱を映し、少女は疲れきった頬骨にわずかな感情を走らせる。
 赤い、この瞳と全く同じ、赤い血。
 禁忌の交わりにより生み出された、なんと汚れた色か。
 焦燥に満ちながら、やはり彼女は頭を上げなかった。もう5日ほど何も口にしていない。職をつけようにも、この戦乱の時世。 自分は女でしかも子供。何より、人々が最も忌み嫌う、禁忌の血を宿した子供だった。働くどころか人として見てもらうことすら 困難である。
 霞んでゆく視界に抗うこともなく、少女は力なくその場に崩れ落ちた。
 道行く足の中、いくつかの苦悶とせせら笑うような声が聞こえたのも、もはや一瞬のこと。

 ・・・・・どうでもいい。どうせ、ここらは3日後、南の大陸の大聖堂教会に押さえられるのだ。自分の生まれ故郷は消える。
 自分が楽になったあと、こいつらはせいぜい、血の滲むような牢獄生活に苦しめばいい。

 足掻くことなく、静かに意識を沈めようとしていた眼前に―――――
 ふと、一組の足が止まったのが見えた。
 細められていく少女の目が、ピタリと止まる。すぐに歩き出すかと思いきや、目の前の大きな足は横を向いたまま、ぴくりとも動かない。
 重い動作で首を動かし、緋の目は高い空を見る。
 無言で佇む男の金の髪が、陽に反射して眩しく透き通っていた。





+++++++





 タキという女性に声をかけられ、話がしたいと連れてこられたのは、立ち並ぶ家々でも穏やかな広場でもなく。
 どこをどうやって来たのか覚えられないほど、入り組んだ遺跡たちの奥。一際大きな岩の砦だった。開拓が進んでいる他のものとは違い、そこだけは地面と四方八方に無数の輪が刻まれてある。おそらく、まだ未開の遺跡なのだろうが・・・・・・ 驚いたのは、その足元に掘られていた階段へ、タキが何の躊躇もなくすたこらと足を進めていったことで。
 思わず張り上げそうになった声を呑みこむと、ミリアは慌てて問い出した。
「ちょっ・・・・どこ行くんですかーッ?」
「ん~?ドコって、ココだよ」
「んなこた分かってますっ。分かってるから聞いてるんですッ!未開の遺跡内には、許可の通った教会の人間しか入れないんですよ? もし見つかったらどうなるか――」
「あ、そうそう。中暗いから、コレ。灯りね」
「聞いてるんですか!?・・・って―――ちょっと!」
 言い終わらないうちにさっさと中へ入り込んでいってしまったタキを視線で追い―――――
「~~あーもうっ」
 どうにでもなれ、と、半分ヤケクソ気味にミリアも穴へ飛び込んだ。


 そして。


「あの、そろそろ教えてくれませんか?こんなトコに連れてきてなんの話を・・・」
「ん?あぁ」
 言われてようやく気づいたように、タキの口が沈黙を破った。
「まぁ正直なとこ、話ってのはついででサ。ちょーっとこっちの仕事を手伝って欲しいんだよねぇ」
 突然の要求に、ミリアは頭を傾げるしかない。
 タキは大した引け目も見せず、ずばんと言い放つ。
「実は、アホな客から依頼があってね。この砦の封印を解いて欲しいんだと」
 同じ足取りで階段を降りていたミリアの動きが、きれいなまでに硬直した。
 言葉すら失い、金魚のように口をぱくぱく開いたり閉じたりし続ける少女に代わって、側でのんびりと飛んでいたティティが呆れた 声で言う。
「ハァ?バッカじゃないのぉ?教会ん中でも一部しか入れないってなとこの封印勝手に解いたら、めちゃめちゃ違法行為じゃん」
「そんな人の依頼受けたんですかッ!?」
 ようやく声を戻したミリアの非難に、しかしタキは堂々と鼻を鳴らし、
「フッ。出すモンさえ出してくれりゃぁ、あたしゃ犬にだって従うよ!」
 ・・・・・・誇らしげに反らされた背中が妙に情けなく見えるのは、果たして自分だけだろうか。
 視線をティティに向けると、妖精は無言のまま、大きなため息を吐いた。
 とそこで、「ん?」とミリアの眉が詰められる。
「・・・・・・あの。それじゃまさか、あたしに手伝って欲しい仕事って・・・」
「そ。ちょーっとあんたの聖気で、封印解いてもらいたいんだよねぇ」
 予想通りの答えが返ってきて、ミリアは全身の血をざざーっと逆流させ、両手をぶんぶん振った。
「だっ・・・だめです絶対だめ!何考えてんですか。なんでわざわざ共犯になんなきゃいけないんですか!」
「心配は無用。バレないよーにやるからさ☆」
「そーゆー問題じゃありませんっっ!」
 イリーダは教会の管轄下にある。その遺跡の調査は、すべて賢老院と聴報院に委ねられているのだ。
 古代の遺跡というのは非常に細密で、しかも現在の魔導を生み出す根源になったとまで言われている。事実かどうかは分からないが、 過去に悪戯半分で素人がいじくり回し、街1つを半壊させた事例もあるくらいだ。
 そんなリスクとキツーイ厳罰を背負うほど、自分は馬鹿でもお人好しでもない。
 断固と首を振るミリア。
 すると、しばらく黙り込んでいたタキは急に心底申し訳なさそうに俯いた。
「・・・あたしだって、これがいいことだなんて思っちゃいないよ。けど、こう作物の育ちにくい北の土地じゃあ、手に職がなきゃ生きてけないのさ・・・・・。それに、頼む客のほうにだって、生活がある、ひょっとしたら病気の奥さんとお腹を空かした6人の 子供たちを抱えてるかもしれない。・・・・・・そう、思うとね・・・」
「やりましょう・・・・っ」
「操作するなぁーーッ」
 見えない位置でしっかりVサインを作るタキに渇を入れつつも、ティティの叫びは感慨に浸るミリアには届かなかったようで。
 なにか決死の覚悟を決めたように拳を握る友を前に、もう項垂れるしかなかった。

「だ・・・っ、大丈夫だよ。騎士は弱き人を守るため・・・・バレなきゃいいんだよねっ・・・」
「・・・でもさ~。アンタって信用できんの?なんてーかこう・・・・他とは違うってゆーか。変なカンジすんだけど」
 説明に困ったようなティティの言葉に、ミリアもはっとなる。
 そうだ。そもそもこちらは彼女のことを何も知らない。
 ラーグの知り合いということで安易に信じるには、いくらなんでも間抜けすぎるではないか。
 意外そうな、感心したような口笛を鳴らしたのは、当のタキのほう。
「へぇ・・・敏感だねぇ。ま、妖精ならそう珍しいコトでもないか」
 にんまりと細められた彼女の両眼の、そのあまりの深紅さに。ミリアの背筋に、一瞬ゾクリとするものが走った。
「魔・・・っ」
 言葉にしようとしたとき、ふと、軽い違和感を感じ。
 そのまま答えは、タキ自身の口から出ることになる。いつもの妖艶な笑みを静かに闇の中へ溶け込ませ、彼女の表情は、 その形のまま静止した。
「半分正解」
「・・・じゃあやっぱり。あなたも禁忌の仔なんですね。それも、人と、魔の・・・」
「『も』?」
 間髪入れず返ってきた質問に、ミリアは一瞬きょとんとし。
 慌てて説明した。
「あ!えっとその・・・・あたしの知り合いにもいるから・・・・!」
「知り・・・・・ああ、もしかしてさっきのボウヤか」
「・・・はへ?」
「あぁいや。なんでもないよ」
 勝手に自己完結したのか、ぱたぱたと手を振るタキを少々怪訝顔で見つめつつ、ミリアは納得することにした。

「なるほどねぇ~。どーりで、禁忌の仔って知ってもあまり動じないわけだ」
「何言ってんのよ。んなのザラじゃん」
 しれっと返すティティの台詞に、タキは苦笑した。ミリアにはなぜか、その笑顔がひどく痛々しいものに見えた。
「そりゃ、こっちの大陸が特別なだけサ。あたしの生まれた北の大陸じゃ、・・・そんときは戦争真っ只中だったせいもあるかね。 まあとにかく―――そりゃぁ大層な扱いだったよ。やれ呪い子だの、災いの種だの。いっぺんマジで死にかけたりもしたし。 ラーグと会ったのも、丁度その時だったねぇ」
 軽い調子で語ってゆく話の中で、ミリアの足がぴたりと止まった。
 過去――。自分の知らない遠い地で、ラーグとタキは出会った。そして今もまだ、こうして互いに会って普通に話ができる 関係にある。


 自分は、ただの従者だ。
 はっとなってそう思いなおそうとするも、どういうワケか最初に考えた声が止まない。
 暗闇の中で停止した灯りを見上げ、タキは数段下からにっと笑った。
「どういう出会いだったか、話してほしいかい?」
「・・・・!べっ、別にどっちでもかまいませんっッ!?」
 必要以上にでかい上に完全に裏返った声になってしまい、タキは腹を押さえて笑いを必死で堪えた。
「・・・・っくくッッ・・・あーうん。正直で結構」
「~~~タキさん!」
「タキでいいよ。あ~おっかし。そーだねぇ、あいつとの出会いを一言で言うなら・・・・」
 一瞬黙し、耳を傾けるミリアとティティの前で、彼女はこれだとばかりに腰に手をあて胸を張る。
「とにっかく、最悪だった!」
「「・・・・・・・・はい?」」





+++++++





「世も末だな。こんな子供まで路上で死に絶えるとは」
 一片の慈悲も惜しみも含まない、単調な声。
 かろうじて意識はあったが、自分を助けてくれそうにないことは直感で分かった。
 男が見ているのは、こっちの目ではなく、自分の着ている身なりや飢餓状態、崩れた家々や周りに広がる死骸やゴミ屑など、 現状を淡々と映しているのみ。自分など、まるで風景の一端のように。
 それでも、嬉しかった。死にゆく自分の存在を、少しでも看取ってくれることが。
 たとえ本人にその気がなくとも、無数の足取りの中からただ一人、止まってこちらを向いてくれたことが、何よりも嬉しかった。

 だからこそ
 言わなければ、いけないことがある。


「・・・・に・・・・・・・・・・・げ・・・て・・・・・」
 男の視線は、こちらに落とされない。せめて行ってしまわないようにと、裾を掴もうとするが、力なき手は空しく空を撫でた だけだった。カラカラに乾いた喉から必死で声を紡ぐ。
「教会・・・・・・くる・・・から。・・・・逃げないと・・・・・・・・捕ま・・・・・」
 そこで、初めて男の視線が下げられた。
 胸の奥に―――風が突き抜けるような心地がした。真っ青な、それでいて透きとおるような緑を含んだ、翠の瞳。自分とはあまりに 違いすぎる、純度の高い結晶のような色に、タキはしばし沈黙し、見惚れていた。
 そうしていると、ふいに男のほうが屈みこみ、伸びきったタキの前髪を静かにどける。
「・・・・禁忌の仔か。予見の力とは、珍しいな」
 タキは、信じられないというくらいに驚いた。禁忌と知って、顔色一つ変えなかった者など初めてだ。・・・いや。 その言い方は正しくないかもしれない。目をみてなんとなく分かった。彼にはそもそも、「顔色」というもの自体ないのではと 思えるほど、その表情は常に冷え切って単調だった。
「親は」
 短く切れた言葉が、質問だったのだと理解するまでに弱冠時間を要し、
「・・・・・・・いない・・」
 『死んだ』とは言わなかったが、男はどうやら悟ったらしい。
 ややあって、彼は簡素なコートの中から少量の保存食を取り出し、タキの前に放り投げた。夢ではないか、と思えるくらい、彼女の中に熱いものが込み上げてくる。
 が、その次に男の言ったことが、タキの思考を凍らせた。
「選べ。これを食って生き、教会の牢で生き恥をさらすか。それとも今ここで空しくのたれ死ぬか」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もう一度、ゆっくり、頭の中で反芻してみた。
 そして、やはり辿り着くものが変わらないと実感する。どっちにせよ、・・・最悪な選択に変わりない。
 返事を待たぬまま、彼はすっと立ち上がり、
「弱者の思想はよく分からん。他人より突出した力を何故利用しない」
 他と『違う』ということで、今までどれほどの扱いを受けてきたと思っているのか。タキの中で、わずかな感情が色を刻み始めた。 たぶん、体力が残っていたら怒鳴りつけるくらいはしたかもしれない。
 激しい瞳で睨みつけてくる少女を一瞥し、ラーグは再び通りのほうに目をやる。
「己の運命を呪って死ぬなら勝手にしろ。ただし、もう少し人目につかないところでやれ。邪魔な上に目障りだ」





+++++++





「最悪だ」
「最悪ね」
 話を聞いたミリアとティティの開口一番は、見事にシンクロした。
 「そーだろそーだろ」と何度も頷くタキに、あれ?と首を傾げたのはティティのほう。
「でもさでもさ、じゃナンで今アンタが生きてここにいんの??」
「ん?あぁ、あの野郎のツラ見て死ぬなんざぜっったいにご免だったからね。だからとにかく目の前の肉食って・・・・」
「食って?」
「教会が来る前にトンズラこいたに決まってるさね!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
 ミリアたちは、もはや何も言わなかった。


 しかし、ラーグと旅をするようになってしばらく経つし、それなりに彼の勝手さや周囲への無頓着さや冷徹傲慢っぷりは 否と言うほど知っているつもりだったが、よもやそんな昔からこの性格だったとは。
 そんな―――――――

「さぁ、着いたよ。ここがイリーダの最深部――・・・・って。?」
 平坦な岩の上に足をつけ、タキが振り返ったとき。
 ミリアは残り数段を残したまま硬直していて。
「??どうしたってんだい。よく止まる子だねぇ」
「タキ・・・・・」
「ん?」
 まるで時間が止まったかのように、カチリと固まった表情のまま虚空を眺める少女に、タキは気のない相槌を打ち。
「北の大陸の戦争が終わったのって、・・・いつでした?」
「は?終戦?えー・・・・っと・・・・だいたい、20年くらい前じゃなかったかい?」
「じゃあ、あなたが北の大陸で会ったラーグって――」
「あぁ。もちろん今のままサ。ったく、女としちゃあ羨ましいけど、ある意味怖いね~。不死の聖痕・・・だっけ? 寿命まで止めちまうなんてさ」
「―――――――!!!」

 ざわりっ、と。
 そのとき確実に、ミリアの中で何かが総毛だった。何か、とんでもない見落としに気づいた子供のように。 驚愕と不安感が、一気に頭を覆い尽くす。
 あまりに張り詰められた空気に、タキのほうも「・・・あれ?」と冷や汗を流し。
「もしかして・・・・・・。・・・知らなかっ・・・・・た?」
 声を聞いたのが合図だったのか、ミリアは反射的に階段を駆け上がって―――
 行こうとしたとき、突然なにかに正面からぶつかる。
「っふぇ?わわ・・・っ」
 そのまま後ろ向きに倒れかけたところ、手首を掴まれてなんとか難を逃れた。
「・・・・・・何をしている」
 聞きなれた声に、ミリアは飛び跳ねるように顔を上げた。
「ラーグ!?なんでここに・・・」
「先に訊ねたのはこっちだ。そもそも許可なくここに入ること自体、違法行為だぞ」
 ぴしゃりと言い放たれ、ミリアは一瞬うぅ・・・と唸るも、すぐに観念した。
「タキのお手伝いをちょっと・・・・って、違う!ラーグ、不死の聖痕が寿命まで止めちゃうって本当なんですかッ!?」
 自分の腕を掴むラーグの手を空いた手で握りしめ、食い入るように問いただす少女に少し眉を寄せたあと。
 ラーグは無言のまま、階下のタキを睨みつける。
 同じ方向に顔を逸らしたタキの面は、揺れる灯りの中、1割の申し訳なさと9割の自分の命の心配で満ち満ちた様子で。
「タキ」
「・・・・・・・・・なにさ」
 茫々と揺れる炎の息吹が幸いしたのだろうか。ほんの一瞬、闇の中に垣間見えた違和感に、ラーグは抑揚のない声で呟いていた。
「来るぞ」


 刹那。
 闇を切り裂いた漆黒の刃に、その場の全員が反応していた。
 ミリアが《セルフィート》を顕現させるも、応戦するよりラーグが展開した聖魔導の盾が彼女たちを覆うほうが速く。
 タキのほうは、もうほとんど超反応に近い動作で鋭く身を屈めつつ。
 広いのか狭いのかさえ分からない地下の空洞を、無数の黒いカマイタチが走り抜ける。
 一瞬の攻撃を避けた沈黙のあと、タキは信じがたい脚力でその『闇』から距離をとった。
「って、くらぁラーグ!あんたどーせならあたしも助けるとかしろっての!」
「禁忌の仔は体の丈夫さだけが取柄だ。問題ない」
「問題あんのはあんたのそーゆー思考回路だろッ」
「いったい・・・・・?」
 罵声の中、意識を集中させたミリアが感じたのは、・・・・限りなく純粋な『魔』の気配。
 光の届かない闇の中から現れたのは、やはり闇――――の色と同じくした、漆黒の肌。細められた赤い瞳には妖艶な美しさ すら感じられる。女性と思しき外見を持った、紛れもない魔族。
 そのとき、ミリアには僅かな引っかかりがあった。
 何か―――いや、誰かに似ている―――――?
 その返答は、意外にもすぐ側から返ってくることとなる。照らされた容貌を食い入るように見つめながら、タキは、震える 唇を薄く動かした。


「・・・・・・・・・・・母さん・・・?」

【第4章】魔の血族 -the demon blood- 3

2016.05.16 21:29|クロスマテリア
 ・・・・・・・・別にラーグが誰と話していようが、自分には全くもって関係ないことで。
 そもそも、彼の人付き合いに『親近感』という単語が当てはまるような微笑ましさなど、いつだって皆無に等しく。
 どちらかと言うとそんなものよりは、淀んだ紫色かもしくは鋼鉄の冷気の如きオーラをまとっていたわけで。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ――て言うか。
 なぜ自分はこんなにも深刻に、しかも誰に言い訳しているのだろう?
 自分は彼の従者。実にシンプルな答えではないか。たった7文字しかない。バッチリだ。 頭ではそう分かっているし、彼の冷徹非道っぷりときたら魂にまで刻まれている自信もある。
 ――そう、分かっては、いるんだけれど・・・・・・・・


「ど・・・どーしたのミリアっ?なんか・・・秒速で眉間の皺が増えてるわよ?!」
「・・・・・・・・へ」
 ぎょっと目を押し広げるティティの声に、ミリアは返事なのかどうかよく分からない言葉を発した。
 いつものきょとんとした表情に戻ったミリアを見て、ティティもどこかほっとしたように息をつく。
「イキナリ黙りこむからビックリしたわよ~。何、悩み事??」
「悩み・・・・・・?」
 それでもまだ少し呆けていたのか、ミリアのほうはどこか思考が鈍く。
 ややあって、小さく首を傾げつつ、薄く唇を動かした。
「・・・あたし、何に悩んでんだろ?」
「・・・・アタシに訊かれてもさ・・・・・・・」
 だめだこりゃ。と呆れ顔で首を振ると、興味津々な妖精はすぐさま目の前のエサに飛びついた。
「しっかしま~オモシロイ偶然ねぇ~。ナニ話してんのかしら?声までは聞こえないから分かんないし・・・・」
 薄汚れたランプの蓋へ腰掛け、ぐいーっと上体を屈めて映像を眺めるティティ。つられるように、ミリアももう一度そこに 映し出されたラーグの姿―――いや、この街での『記憶』に視線を移す。
 確かジンは、時間軸がランダムだと言っていたか・・・・・
 だとすると、これも今現在起こっているものではないのかもしれないが――――
 ラーグの向かいに座る女性は、人と呼ぶにはあまりに妖艶なまでの美しさを備えていた。あぐらと粗野な仕草が実に惜しい ところだが・・・・間違いなく、才色兼備の「才」と「兼」を省いた言葉ならピッタリといった具合だ。
 見た感じでは20代の後半ぐらいだろうか。
 早い話が、どう逆立ちして頑張ったところで、数年後の自分には到底なり得ないほどの美女である。
 ・・・・・わざわざ寄り道してまで会いに行くとは、一体どういう人なのだろう?
 胸の中に変なモヤモヤを残しつつ、ミリアが今までラーグに変化がなかったか思い出そうと努めていると。
 ふいに、ずっとだんまりを続けていたジンが口を開いてきた。
「・・・・・コイツ、お前の連れか?」
「え?うん・・・ラーグ=クラウドっていって、教会の神父。あたしはこの人の従者で・・・」
「フーン・・・・・・」
 魔族特有の血色の瞳を向けながら、ジンはそのまま半眼で神父の姿を映し。
 沈黙時間がリミッターを越えたのか、ティティが軽やかにジンの前へと羽根を動かした。
「なんか不機嫌ねぇ・・・ってかアンタはさっきからずっとそんな感じっぽいけど。教会関係者2人のトコに出てくるなんて、 かーなり運が悪かったって~???」
 意地悪く言うティティの含み笑いを一瞥し、ジンはまた人一倍鬱陶しそうに息を吐いた。
「はぁ?ナニ訳わかんねーこと・・・あのなー、オレはもともと聖気の特別強い奴でなきゃ、呼ぶどころかランプに触れもできねーの。 しかもオレをこんなにしやがったのはまさにその教会のクソジジイどもだし。『呼ばれる=聖職者』ぐらいは当然なんだよ」
 当然と称しながら、ジンの態度はあからさまに苛立ちがむき出しで。
 それでもぶつける対象となるべきものが見つからないのがさらに苛立ったのか、憮然と腕を組んで壁に背を預ける。
 そして、傍らで突っ立っているミリアへ投げやりに言い捨てた。
「なんだよ。ついさっきまであんだけはしゃぎまくてたっつーのに、急に黙りこくりやがって」
 質問されたのが自分と理解するのに逡巡の時間を要し、ミリアは無意識のまま「はへ?」と間抜けに返してしまい。
 慌てて答えを探す少女を変わらず半眼のまま眺めると、ジンは両手の鎖をジャラリと奏でて「ああ」と手を叩いたあと、
「あ゛ー・・・まぁ、なんつーか・・・・。気持ちは分からんでもねぇがよ、ちょっと他の女んトコフラついてるくらいでンな 沈むんじゃねーっての。相手にだって選ぶ権利があるモンだろ」
「ナニいきなり恋愛相談所になってんだか・・・」
「そ、そんなんじゃないし!ってか何よ選ぶ権利って。あたし遠まわしにバカにされてる?!」
 生ぬる~いジンとティティの視線を浴びながら、しかしやっぱりモヤモヤが晴れることはなく。いつまでも答えが出ない自問を 感じつつ、ミリアは逃げるようにランプの中に視線を落とした。

 かれこれ10分くらいは話している。あくまでここに映っている状態で、だが。実際はそれよりも短いのか、それとももっと長かった のか―――。微睡むように流れる時間を想像するミリア。・・・と、突然ランプの肌を染める景色が一変した。
「え・・・何?」
 ぎょっとしたのはティティも、そしてジンも同じことで。
 刹那を置いてその表面に現れたのは、先ほどと変わらぬ2人の男女。―――いや、違う。ラーグたちではない。
 男のほうは短く切られた栗色の髪と藍の瞳。その奥から、人懐こい笑みが惜しみなく覗いており。そして女のほうは、勝気で 呆れたような紫の瞳を男のほうに注ぎつつ、しかしどこか幸せそうにため息をついていて――――
 そんな両者の微笑みがこちらに向いたのを見て、ミリアは思わず声を呑み込んだ。
 横から、ジンのしかめっ面が伸びてくる。
「?なんだこりゃ。この街・・・じゃねぇってことは――お前の『記憶』か」

 ・・・・・知っている。
 こんなに鮮明に残るほど、鮮やかではなかったけれど。憶えている。漠然と。
 男と女の伸ばした手を、小さな両手が掴んだ。
「父さんと・・・・母さん」

 漏れた言葉に、ジンとティティが素早く反応し。
 振り返って飛び込んだものに、ジンはぎょっとして身を起こした。
「な・・・っ なんで泣いてんだ?!」
 まるでこの世のものとは思えない物体を見たかのようにザッと引くジンの台詞に、ミリア自身も初めてその頬に温かい滴が触れて いることに気づき。気づいたが最後。本人の意思に反し、それはとどまることなく溢れ出してきた。
「あれ?えと・・・・・なんで・・・」
 擦っても擦っても、ただ修道服の裾が濡れていくだけで。ワケが分からず混乱しながら、ミリアは音のない『記憶』に涙を 零し続けた。
 どうしたというのだろう?騎士となってから――いいやそもそも、物心ついたときから、涙を流すことなどほとんどなかったのに。
 いついかなるときでも、凛と胸を張って生きるのが騎士であると、そう教え込まれ。今までだって、ずっとそれを自然とこなしてきたのに。 このところ―――そうだ。《ルドル》からこんなだ。ずっと・・・・・・

 あの神父と会ってから、ずっとこんなだ。


「ミリアっ?だいじょぶ??ちょぉーっとヤンキーッッ。一体何見せたのよ?!」
「―ハァ!?こりゃコイツの『記憶』なんだからオレが知るわきゃねーだろが!――と・・・」
「・・・・・・あら?」
 ごしごしとひたすら充血した目を擦る少女を挟んで言い争うジンとティティの視点が、再びランプの表面に注がれ。『記憶』が 途切れたのか、再度現れたイリーダの街並み。その一点を凝視してカチリと固まる両者の沈黙に、ミリアもきょとんとしたまま 問いかけた。
「??ど、どーしたの?」
 ランプを指差し、最初に口を解放したのはティティだった。
「・・・・・・・コレ・・・・ラーグよね?」
「え。・・あ、ほんとだ。どこの階段上がってんだろ?」
「アタシさ・・・・・この部屋来るとき、おんなじ風景見た気がするんだけど」
 消えるような妖精の声は、室内全域をフリーズさせた。ミリアの額に、じんわりと汗が滲み出す。
「で・・・っでも、時間軸がバラバラだったらもちょっと先のことってコトも――」
「『記憶』っつったろが・・・・・過去や現在は見れても、未来は見えねーよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 全員の行動は、速かった。
 凄まじいスピードでランプの映像を消し去り、かつ小声で一気に狼狽するジン。
(どどどどーすンだよッ?笑顔でアッサリ魔族を受け入れてくれんのか!?)
(ダメね!どっちかってーと無言でバッサリ粉々にしちゃう外道神父だわっ)
(即答かよッ)
 ティティの迅速な判断に頭を抱えるジン。
(隠れるっきゃないでしょ!ジン、とりあえずこのランプの中に―――)
(アホ!擦ってどーすんだ。入るときゃフタ開けろフタ!)
(・・・・・!?開かないんですけどっ?)
(だぁー!!回し蓋じゃねぇっつの!こっち貸せ!)
(へ?――わわっ?!)

 ・・・・・・・・・・・・・・以上。経過時間約10秒。
 まるで数奇な悪戯のように。・・・・ラーグが扉を開けて入ってきたのは、まさにそのときだった。
 「やかましい」。いつもと変わらず、うっそりと口にしようとしたのだろうが。室内の現状を見るや否や、その台詞は発することなく空気に消えた。

 あまり高くない宿の中には、従者が1人、妖精が1匹。だが彼の予想を色んな意味で超越していたのは、そこに見知らぬ男までプラスされていたことで。
 しかもランプを取り返そうとした反動で、バランスを崩して仰向きに倒れこんだミリアの上にジンが乗っかっているワケで。
 さらに言うなら、驚いた表情のまま停止しているミリアの目がうっすら潤んでいたりと。

 ・・・・オレ、今日死ぬかも。
 永遠とも呼べる静寂の中、ジンは生き物の本能でそう直感していた。


「・・・・・・・・・・・・・何をしている」
 スッと表情を消し、ようやくそう口にしたラーグの目は、まるで処刑直前の相手を見るように冷めきっていて。
 それが真っ直ぐに自分に向けられていると察すると、ジンは押し黙ったまま目を合わせまいと努力した。たぶんこの空気・・・・・・ 何か喋ったり視線が合った瞬間、殺される。なんか、そんな気がする。
 だがそのとき、弾かれるように返事をしたのは、ミリアだった。
「・・・おっ、おかえりなさいラーグッ!丁度いいところに~!この人は・・・えっと、マ・・・マイクっていって、修練学校時代の研修で知り合った友達なんですよ~。聖都に構えていた旅一座さんの一員で、こんなカッコしてんのもホラ・・・・こ、こっちでついさっき舞台が終わった ばっかなんですって!で、買い物してたら偶然バッタリ運命のごとく遭遇して、久しぶりに話でもしようかと部屋まで案内したらば、 イキナリ隣のご夫婦がケンカで放り投げてきたこの流れ弾もとい流れランプがぶつかりそうになったのをかばってくれたらば こんな状況に・・・・・・ッ!!」
 焦燥に満ち満ちた顔で一気にまくし立て、なんとか理由らしき言葉を並べてみるミリア。
 筋が通る通らないなど、この際知ったことか。側でジンが「マイクってお前・・・・・」と思いっきり言い返したさそうな顔を していたが、もう見えてないフリを決め込んだ。
 しばらくして、ラーグはゆっくりと視線だけミリアに移し。
「ほぅ・・・・・」
 息をつきながらも、翠の瞳が明らかに怪しい光を宿したのにいち早く気づいたティティが、身振り手振りで「ミリア!だめっ。バレ てるっ!!」と伝えようとするも。ネジが吹っ飛んだ少女は気づくこともなく。

「なるほど。友人か」
「そっ、そうなんです!いやぁほんっっとーに久しぶりで・・・」
 不自然すぎる笑顔を見せるミリアに近づき、ラーグは絶対零度の笑みを滲ませて淡々と続けた。
「お前に、魔族の友人がいたとは知らなかったな」


 ミリアが観念するのは、清々しいまでに一瞬のことだった。



 どこからどこまで話すべきか思考の堂々巡りを繰り返しだすミリアそっちのけに、ラーグは無言のまま、転がっていた ランプを手に取る。さすがは『祝福された者』の神父と言おうか。聖気の結界は、伸ばされた手をあっさりと受け入れた。
 ・・・・教会が裏であれこれと「面白い」実験を行なっていることなど、身を以て熟知していたわけで。むろん、昔ある魔族が賢老院に捕らえられた話も記憶に鮮やかであり。
 ラーグは片手に聖気の光を集めると、軽くランプの表面を撫でた。
 途端、ジンがこれまで見せたこともないような苦悶の色を頬に滲ませる。声は上げなかったが、痙攣する眉とびっしりとこびりついた 汗から、激痛であろうことがミリアにも分かった。
「・・・・・ったく。また随分と手荒なやり方だなオイ」
「痛覚は残っているのか。これほどの誓約に縛られながら、大したものだ」
 まるでなんでもないように非難を流し、聖気の宿る手を離した先―――
 曲線を描いたランプの肌に、先ほどまでなかった紋様・・・・呪紋が刻まれていた。同時にジンの胸部にも同じものが現れたことから、 これが彼とランプを縛りつけている誓約であるのだと、ミリアはすぐに分かった。
 その一部には、3本の楔のような紋様があるらしく。しかしそのうちの1本が明らかに欠けているのを確認すると、ラーグの 視線は再びミリアに戻った。
「・・・魔族棲息域へ乗り込もうというこの状況で、のんびり願いごとか」
 責めというよりは呆れの込められたため息に、ミリアもさすがにカチンときたらしく、
「な・・・っ。のんびりまったり女の人とお話してきた人に言われたくありません!」
 うっかり滑らせてしまった瞬間、慌てて口を押さえるも――――。時すでに遅し。
 返答の意味を一瞬考えたのち、ラーグの目はみるみる呆れから静かな怒りに転換していく。
 口だけはたっぷりと皮肉のこもった笑みの形を作り、低い声は静かに響く。
「教会内部はほぼ知り尽くしているつもりだったが・・・・誇り高い聖堂騎士の趣味が盗み見とは知らなかったな」
「・・・・・・・・・・っ」
「ちょ、ちょっとラーグッ?違うってこれは単なる偶然――」
「いい、ティティ」
「・・・ミリア・・・・・」

 確かに、ラーグを発見したのは町の『記憶』を眺めている途中の完全な偶然に過ぎなかったけれど。
 むしろショックだったのは、無意識とはいえラーグとあの女性は親しいのだろうと決め付ける物言いをしてしまった自分の浅はかさで。 メンゼルのような、昔馴染みの知人だったりした場合、やはりただのんびり願いごとなんかをしていたのは自分というわけであり。
 その結果、彼にこんな見られ方をされてしまうのも納得する反面、どこか激しく情けない気がして。
 到底目を合わせる気にもなれず、一言すみませんとだけ呟くと。
「ちょっと・・・・・・・買い忘れがあったんでもう一回市場に行ってきます。夕飯には間に合わせますから、ラーグは休んでてください」
 そう言うと、返事が返ってこないことなど予想できていたため、ミリアはトボトボと部屋を後にした。


 慌ててついていったティティも出て行くと、ガランとした室内は、実に言いようのない空気で満ち満ちていたわけで。
 やがて静かにベッドに腰を下ろすと、ラーグはやはり無言のまま、煙草を吸いだした。
 最高な居心地の悪さを感じつつ、かと言って行く場もないジンは、バツが悪そうに切り出す。
「ただ逃げるみてーに飛び出すのは嫌ってか。強情な小娘だねぇ・・・」
「この場にいたくなかったのなら、結果的には逃げたと同じことだ」
「・・・・・お前、大概ひでぇよな。神父って聞こえたのはひょっとしてアレ、オレの空耳?」
「煩い」
 魔族でもここまでひどかねーと思うぜ?と半眼で息をつくジンに短く言い返し、ラーグはまたも黙り込んだ。
 そのあからさまな反応を楽しむかのように――しかし全身の警戒は解かぬまま、ジンはわざとらしく肩をすくめ。
「――へッ。こりゃまた随分と感情豊かになったモンだ。失敗すんのは、1回で懲りんのかねェ」
 皮肉と嫌悪を込めた意味深な言葉に、ラーグはやや間を置いたあと―――同じく不敵に笑った。
「数奇な巡り合わせで、憎むべき相手が目の前にいるのがそんなに嬉しいか。ならばアリシアの娘を主としたお前もまた、 その流れに引きずり込まれたクチだろう」
「アリシア・・・?―――ってまさか、『盾の聖女』かっ?しかも娘って・・・・。・・・ったく、ナルホドな。どうりで・・・。 生き写しじゃねーか」
 記憶を反芻し、納得するジンの横顔は、どこか煩わしそうに歪められていて。
 自分の置かれた状況がどれだけ厄介なものかを自覚すると、やはり運命とやらを呪うしかできず、わしゃわしゃと頭を掻きむしった。
「まぁ・・・主人にされちまったもんはやり遂げにゃならんってか。誓約から解放されない限り、オレは教会のオモチャだ」
 誓約の解放。その部分のみを取り上げ、ラーグは抑揚のない声で問い返す。
「そのことは話したのか」
「―ケッ。主人に解放手段を話すことも、また別の誓約で禁じられてンだよ」
「・・・貴様、一体いくつの誓約を刻まれている?」
「知りてぇか?きっと両手じゃ足りねーゼ?魔族の体がどれだけ誓約に耐えられるかの実験だったみてーだしな」
 赤い瞳に煌々と憎悪をたぎらせ、ジンは過去に受けた屈辱を蘇らせる。
 だがその感情は、スッと氷のような鋭さを帯びたかと思うと、今度は真っ直ぐに眼前の神父を捉え。
「けどな。正直な話、オレにとっちゃあんな小物はどーでもいい。オレが憎んでるのは、たった一人だ」
 翠と緋の目がぶつかり、ジンは沸々と感情を押し殺した声を絞り出す。

「あの日――お前がオレを召喚したせいで、オレはこんなになっちまったんだからな」





+++++++





 ところどころで、ティティが何か言っているような気はするものの。
 それが会話としてインプットされていないのか、ミリアの耳にはまったく届いていなかった。
 なんだか頭がぐちゃぐちゃで、何に落ち込んでいいのかすらも理解できず。回りに回る思考の結末は、いつも自己嫌悪というゴールで綺麗にストップしていたので、結局はやはり沈むことしかできなかった。
 ・・・・・・こんなことではいけない。
 これから魔族棲息域に向かおうという時に、こんな精神的にヨレヨレでは話にならないことなど、ミリアにも十分、分かっていた。 足手まといになることだけは、絶対にあってはいけない。そう誓ったのだ。
 しかし悲しいかな、思い込んだらとことん極限まで行ってしまう自分の性格も、嫌と言うほど自覚していたわけで。
 だったら、適当に間を置いて気持ちが静まるのを待つしかなく。
 もうずっと昔からとってきた回復方法を実施しながら、ミリアは人ごみの中をフラついていた。
「はぁ・・・・」
 常に下を向いてため息を零していたためか。丁度今気づいたようにミリアのほうへ向かってくる人物に声をかけられるまで、 ミリアはその気配にまったく気づかなかった。
「ちょっとちょっと・・・・――あぁ、やっぱり!」
 後ろから肩を掴むや少し強引に顔を向けられ、ミリアは驚いた表情のまま眼前の女性を見――――思わず、吐息が漏れそうになった。
 してやったりと言った様子で頷く女性。見紛うことなく、ランプの『記憶』でラーグと話していた人物であった。
 実物は想像よりやや背が高く、なによりさらに美しい容姿を備えている。・・・・でも、いったい何の用で?
 質問しようとしたミリアだったが、先手を打ったのはタキのほうだった。
「アンタだろ。ラーグの従者ってのは?」
「え?あ・・・はぁ・・・・・」
 唐突過ぎて状況が理解できなかったのか、存外にあっけらかんとした口調に気を削がれたのか。反射的に返すミリアに、タキは 呆れ半分、面白さ半分にクスクスと控えめに笑う。
「あのねぇ・・・・いきなり身も知らない人間に上官の名前まで出されて、『はいそーです』ってアッサリ答えてどーすんのサ」
 ・・・・・・・・。確かに。
 図星と思いつつ、指摘のおかげでミリア本人の頭も落ち着きを取り戻してきたらしく、
「それじゃ訊きますけど、どうして貴方には身も知らないハズの私がラーグの従者だと分かるんです?あの人が事細かにあたしの 特徴を教えるとは思えませんけど・・・・」
「ああ、そりゃコイツのおかげさね」
 笑うのを止め、タキは東洋風の衣類の袖から一本、金色の細い糸を取り出して。
「・・・・・・?・・・・髪?」
「ラーグのをね。さっき喋ったとき、ちょいと拝借したのさ。これがありゃソイツの記憶を多少は覗けるからねぇ。――ったく、可笑しい ったらないよ。まさかあのラーグから、こんなにも簡単に盗れるとは思ってもみなかったサ」
 ケラケラと笑うと、タキは一息ついてそれをおさめ。
「ふー。あぁ、そうそう。あたしはタキ。早い話がまぁ・・・・占いみたいなもんで食ってる奴だよ」
「占術師、ですか・・・」
「・・・なんか、アヤシイ雰囲気がプンプンするわねぇ」
 ミリアとティティの反応のあと、タキは少し酒の香りが残る面をミリアのほうに傾け。
「・・・・フーン。これが、あいつが意地でも連れてこなかった従者かい」
「?・・・・・あの??」
「あー。ナンでもないよ。ちょっと話でもどうだい?ラーグから大体は聞いてるし、個人的に、あんたには興味があったんだ」

 ・・・・なんだか語尾に「いろんな意味でね」という声が聞こえないでもない気がしたが・・・・・・・
 とりあえず悪い人ではなさそうだ。それにどの道、もうしばらくここらをフラフラしてるつもりだったし・・・断る理由もない。
 少し考えた後、ミリアは小さく頷くことにした。

【第4章】魔の血族 -the demon blood- 2

2016.05.16 21:14|クロスマテリア
 時は少し遡る。
 結局あの後、必死で探し回ってはみたものの。
 押し売り骨董屋を見つけることは、ついにできなかった。


「くっそー・・・まんまと騙された。あたしのなけなしの給料・・・・・」
 補給を終えた袋を抱え、宿に戻るや否や沈没する少女。その頭から軽やかに羽根を動かすと、ティティは神妙な空気を滲ませながら テーブルへ移る。
「・・・アレは騙されたってゆーか、乗せられたってゆーか・・・・。とにかく、元気出しなよ。 お金のことはよく分かんないけど、そんぐらいスグ戻ってくるって」
「・・・そーだよね。金は盗っても盗られるな、だよね」
「ウン。じゃ元気出す前にさ、まず落ち着こっかミリア」
 棒読みのような生温かい声でそう言うと、ティティはミリアの背中をポンポンと叩くのであった。



「聖気と魔気の気配??」
 幾分時間が過ぎた後、ミリアからの説明を聞いたティティが発した第一声は、正直に驚いたもので。
 金色の削れた表面に埃のついたランプを手に取り、紫の瞳は興味と、そしてほんの少し不審のこもった眼差しを 注ぐ。
「聖気と魔気って、本来は全然相容れないモンでしょ?それを同時に感じるなんて、妙だなって」
「ん゛~。アタシにはわっかんないけどぉ・・・・・・確かに胡散臭いわねぇ~」
 眉間に皺を寄せながら、ティティの顔は興味津々である。
 妖精の気質かティティの性格か、彼女の未知のものに対する好奇心は絶大なものがある。あまり長続きした例はないが。
 そんな彼女の提案も、いつだって突飛なことで。

「じゃさじゃさ、ちょっと擦ってみようよ!」
「・・・はい?」
 首を傾げる前で、妖精は自信ありげに人差し指をビシッ!と突き立て、
「昔どっかで聞いたんだけどさっ。ランプを擦ったら、願いを叶える精霊が出てくるって話っ」
「・・・えと、それはお伽話で・・・て言うかあたしは聖気と魔気の話をね・・・」
「いーからいーから。ね、お願い!1回でいいから、気分だけっ。アタシじゃ触れないみたいだし」
 目をキラキラさせて頼み込む様子に、ミリアは小さく苦笑すると、やがて頷いた。

「早く早くっ」
「えっと・・・こうかな?」
 急かすティティの側、ミリアは何気ない仕草で剥げたランプの肌を撫で―――
「・・・はい、お終い」
 これでいい?そう訊ねようとランプを卓上に置いた、そのときである。

 突如、褪せた金の表面に赤い帯が走った。
 瞬間のことだったので、それが何の形だったのかなど理解する間もなく。
 次いで、ランプの口から視界を覆わんばかりの煙が噴き出す。だがそれは不思議と目の前を塞いだだけであって、煙臭さは一切 持ってなく。
 と、白煙の向こうで、ゴンという痛々しい音が響いた。
「・・・・っで!ンだここ?久々の外と思ったら・・・・・・」
 立ち尽くすミリアたちの前で、不思議な霧は瞬く間に消えていき――――。
 部屋の上部に現れたのは、見たこともない青年だった。

 褐色の肌に、黒い髪は小さく後ろで束ね。荒々しい赤い瞳は、不機嫌そうに辺りを睨んでいる。鎖のついた手枷を後頭部に 置き、乱暴にさすっていた。・・・どうやら、頭をぶつけたらしい。
 どういう仕組みなのか、羽根もないのに宙に浮かぶ体をゆったりと動かして。
 男はミリアに気づくと、実に・・・・・実にヤル気なさそーな顔で覗き込んできた。
「テメェが今度の主人か。なんか・・・ヒョロいし薄っぺらいし、いかにもトロそうな人間の小娘が来たモンだな」
 初見早々言いたい放題である。
 それでも硬直したままの少女と妖精を眺め、男はさらに不機嫌そうな視線を落とし。
「オイ、きーてんのかよ?テメェに話してんだぞ人間」
「・・・・・・へ?え!?・・・えと、誰?」
 混乱が冷めないままなんとか切り出した質問は、やはり間の抜けたもので。しかし相手は呆れたように顔を歪めると、 軽く頭を抱えた。
「・・・あのな、礼儀って言葉知ってっか?訊くならまず自分から名乗れっての」

 なんなのだこいつは?
 状況はまったく理解できないが、とりあえず腹の底から馬鹿にされているのは分かる。
 微妙に煮えたぎりそうな感情を沸々と押し殺し、ミリアはむすっとした声で返答した。
「・・・・・・ミリア。ミリア=イリス」
「フーン。ミリアか。ガキくせー名前。ま、覚えとくぜ。一応は主人だしな」
 ガキくさくて悪ぅございましたね!
「あの・・・さっきから主人て・・・・。なんのこと?」
 この変な無重力男の言動にはいちいちカンに触るところもあるが、とりあえずは現状把握が先だ。
 ミリアの問いかけに、彼は「ああ」と思い出したように身を起こし、
「そーいやあのクソジジイども、これは内密事項だとか言ってたか・・・オレはジン。見ての通り、このランプの魔人だ。これからお前の願いを―――ってうをぉっ!?」
 言い終わる前に。
 いきなり振り下ろされた聖剣の刃をギリギリでかわし、ジンと名乗る男は大きく飛びのいて壁にへばりついた。
「あ・・・・っぶねぇな!いきなりナニしやがるッ!?」
「――あ。ごめん、魔人って聞いて、つい」
「『つい』でウッカリバッサリ主人に殺されてたまるかっつの!まだひとつも願い叶えてやってねぇし!」
  「願い?」
 《セルフィート》を光の粒に戻しながら、ミリアはきょとんと問い返す。

「・・・・ひょっとして、禁止事項以外の願いごとなら、なんでも3つまで叶えてくれるっていう、アレ?」
「ゲ。全部言いやがった!人のセリフとるんじゃねぇよッ」
 あからさまにしかめっ面のジンの言葉に、ミリアは盛大に脱力した。
 なんともはや・・・・・・
 きっと壮絶にパニクっていいはずの場面なのに、妙に納得してしまう自分がいるのはなんなのだろう?
 多分、かの自分ロードまっしぐらな神父との旅で、さらに図太い神経でも出来上がってしまったのであろうが。 ・・・・・それも、相当に間違った形で。
 そんなことを悶々と考えていると、
「――あ?お前・・・・・」
 不意に覗き込んだ赤い瞳に、一瞬固まってしまったが。
 ジンはしかし、すぐに頭を数回振ると。
「・・・・んなワケねぇか。アイツはもっと品とか知性とかあった気がするし」
「・・・ていっ」
「っだ!テメ・・・・・・剣先でランプを突くんじゃねぇ!」
 誰のことを言っているのかはちんぷんかんぷんだが、少なくとも馬鹿にされているのは間違いなくて。
 しかもそれが何となく当たっているような気がするだけに、ミリアはほんのちょっぴりお茶目なイタズラ手段に出てみたものの。
 どうやら相当強い力でランプと同化しているらしいので、3、4回小突いた程度で大目にみてやった。
 なんだか妙に人間じみた性格してるけど、魔族であるなら聖剣に触れるのは辛いはずだし。

 というか、なんだろう・・・・・
 なんかさっきから1スペース空いてると言うか、なにか忘れている気が・・・・・
「・・・・オイ。ソコのちみっこいのだけどよ」
「あ!そうだティティ!!」
 どこか不審がるジンの指す先を見て、ミリアが短い声を上げると。
 卓上には、はげたランブと膝をつく妖精の姿があったわけで。
「精霊が・・・・・アタシの夢見るランプの精霊が・・・・・こんなヤンキー魔族・・・・・・・」
 落胆しきって沈むティティがさすがに不気味だったのか、ジンは静かに1歩、退いた。
「・・・・・ナンなんだ一体?」
「えーと・・・なんかショック大きいみたいだから、そっとしといてもらえる?」
 とりあえず。
 色々訊くのは、ティティが立ち直ってからになりそうだ。





+++++++





「じゃあ、死者の蘇生と生者の殺害。それ以外の願いなら何でもいいの?」
 いくらか時間を置くと、不思議と馴染みというのが生まれるもので。
 説明を聞いたミリアは、ベッドに腰掛けながら、宙空であぐらを組む魔族を見上げた。
 普通聖職者なら、魔族と確認するや即・消滅が通例ではあったけれど。少なくともミリアは、敵意のないものまで始末しようという 考えは持ち合わせていなかった。
 ・・・・ちょっとさっきは反射運動しちゃったけど。
 大丈夫。生きてるんだから問題ない。たぶん。

 ダルそーな瞼を半分落としながら、ジンは「ああ」と軽く頷く。
「その2つは誓約で禁じられてっからな」
「ていうか、フツー願う?ンなえげつないコト」
 なんとか復活したティティは、いつもの調子で毒づきつつ、羽根を震わせた。
 ジンはその意見に、微弱ながら暗い反応を落とし。
「どうだかな。叶わねェからこそ、『願い』ってのは生まれるモンなんだろ」
 血色の双眼に浮かんだ、ほんの僅かな淀みに。
 ミリアが気づくより早く、ジンは不機嫌な渋面を上げる。
「オラオラ、分かったらとっとと3つ考えろ。言っとくが、こっちは好きでやってんじゃねェんだからな。 んな面倒事サッサと終わらせてぇんだよ」
 急かすジンとは裏腹に、ミリアはやたら落ち着いた様子で肯定する。
「そうだね。だってあんた・・・えと、ジンだっけ?本当なら相当強い魔族のハズだもん」
「へェ・・・・・分かんのか?」
「分かるわよ。それだけ強力な誓約に縛られてても、まだ魔気が残ってんだから」
 大した事を言ったつもりはなかったのか、淡々と語るミリア。 隣で首を傾げるティティと彼女を交互に見比べ、ジンは胸中で感心したあと、ぶっきらぼうに口を尖らせた。
「まーな。コレでもちったぁ名のある魔族だったんだが――」
「ウソだヤンキー」
「くそちびは黙ってろっつの」
 横からツッ込むティティに渇を入れつつ、赤い視線は記憶を振り返るように一瞬空を見上げ。
「――ま、それでも教会の連中に捕まりゃこのザマさ。誇りも力も剥ぎ取られ、弱っちい人間なんぞに隷属しながら生きてかにゃならん」
「人間が嫌いなの?」
 静かに問うミリアの声は、単調だがどこか頼りない。
 ジンはどうでもよさげに腕を組むと、
「嫌い・・・っつーか、弱ぇやつに興味はねえ。魔族ってのはそういうモンだ」



 それは・・・・たぶん人間でも同じだよ。


 少なくとも、幼いころ自分を取り巻く環境はそうだったと。ミリアは実感していた。
 父と母が死んだあと、武勇の名家イリスに残ったのは、まだ年端もいかない小さな自分だけで。
「イリスの武伝も終わりか」
「せめて男児であれば」
 そんな声を聞くたび、必死になって剣の腕を磨き続けた。
 強く。誰よりも強く。そうでなければ、自分の存在理由が分からないほどだった・・・・・・・


「――オイ。オイ!」
「・・・・はへ?」
 乱暴に肩を揺すられて、ミリアは現実世界にリターンする。
「はへ、じゃねーよ。ったく・・・・テメェと話してたらどんどん論点がズレてく気がするぜ。で?」
「?何が?」
 きょとんと目を丸くするミリアに、部屋のどこからかブチリという音が響いた。
「何が、じゃねーよ!願いだよ願い!とっとと言えっつてんだろが。これ以上オレに生き恥かかす気か!?」
 扉という扉、窓という窓を締め切っていなければ間違いなく誰かが駆けつけてきただろう大音響で叱りつけるジンの 怒声を真正面から浴びて。
 うずく耳鳴りを押さえながら、ミリアはなんとか頷いた。

 とは言え。いざ考え出すと決めかねる。
 なにせどんな願いでも叶えてくれると言うのだ。めちゃくちゃ魅力的ではないか。
 と、あれもいいこれもいいと悩み出すミリアの横で。
「うっさいわねぇ~。レディに怒鳴りつけるなんて、どんな神経してんのよ」
「ハァ?誰がレディだっつの。片やアホほど寿命が短い人間の小娘に、片や見た目ばっか若い妖精のババ・・・・」
「テーブルさんいらっしゃーい!」
「っだあぁ!だからランプの上にんなモン投げんじゃねぇ!!ってかなんだその馬鹿力!?テメェ妖精だろっ!?」
「―――よしっ。思いついた!」
「なんだミリアッ!コイツを止めて欲しいなら今すぐ永遠に止めてやるぞ!?」
 命の危機とあってはさすがに悠長に浮いてはおられず。
 なんとかテーブルを押さえるジンに、ミリアは嬉しそうに人差し指を立てた。
「1つ目の願いは、『この街を探検したい』!」

 部屋の空気が一時フリーズするには、十分なセリフだった・・・・・





+++++++





 こんな厄介な体になってしまったとは言え、少なくとも人からすれば計り知れないほど永い時を過ごしてきたわけで。
 その間にも、様々な形で人間や幻獣と接する機会はあったけれど。
「・・・・・お前みてーな小娘は見たコトねーよ」
 街の風景が映し出されたランプの表面を食い入るように覗き込むミリアの横で、ジンはうっそりと呟いた。

 普段は力を封じられているが、『願い』を叶える場合のみ、彼は禁忌以外のありとあらゆる権限を得ることができ。
 それは即ち、教会の管轄下―――つまりこのイリーダの街に関する地理的知識も得たことにはなるのだけれど。さすがに 真っ昼間っから魔族が人間連れて観光ツアー開くわけにもいかず。
 結局、室内で気ままに街の風景を眺めるという手段に収まった。

 手放しで喜びまくりながら、ティティとあっちこっち指差して笑む横顔にジンの呆れた視線が届く。
「つーかさ、フツー願うか?ンなもん。前の主人はもっと欲の塊みてーな野郎だったぜ?」
「・・・前の?どんなこと願ったの?」
「『世界中の酒を我が手に』」
「あたしお酒飲めないし」
「イヤ・・・・・そーゆーイミじゃなくてだな・・・・」
 小首を不思議そうに傾げたまま考えるミリアに、とりあえずツッコミを濁らせてみるも。
 あまりよく分からなかったのか、そのまま視線をランプへ戻す少女を見て、ジンはツッ込むのを諦めた。そして、
「・・・さっきも言ったが、そいつはお前の持つある程度のイメージから出来たこの街の『記憶』だ。時間軸もバラバラだが ・・・・・まぁとりあえず、お前がもういいと思うまでは見れっから」
「オッケーオッケー。・・・あ!見たっ?今あそこの鳩片足でスキップしてなかった!?」
 本当に分かっているのか。
 適当に答えるミリアの興味は、再びランプへと戻り。どうやら目的の物が遠くにあるためなのか、じっと目を凝らしていろんな角度 から覗き込んでいく仕草を見て。
 隣から一瞬、ため息が聞こえたかと思うと、映し出された映像がグンとクローズアップされた。
「わ!おっきくなった!いいの?コレって2つ目の願いごとになんない??」
「・・・・・・別にイイって。・・・ンなショボイ願いにいちいちカウントつけたくもねーし」
 本音を口にしたものの、ミリアは一向に気にした様子もないようで。
 「ありがと!」と魔族である自分に笑顔を送る聖職者に、ジンは呆れ半分、珍しさ半分な気持ちになっていた。


 『魔族』。
 そのレッテルを恥じるつもりなど微塵もないが、それ故にはるか昔から人間達は自分たちを抹殺しようと刃を向け続け。
 いつからか、異端の強者を受け入れられない愚か者ばかりが目に付くようになっていた。
 教会の人間とも、何度か合間見えたことがある。
 だが、いくら神に通ずる存在でも、心の芯に巣くう脆さは誰とも変わらず。
 それらを歪んだ形で創り上げて生み出された研究の結果が、もどかしいにも今の自分であるわけだけれど。
 自分以外は全て敵であり、いつだって自分の命を狙っているものなのだと、そう信じてきたのだ。
 ・・・・・・・しかし、この目の前の少女はどれとも違うようで。
 欲がないのか、安上がりなのか、それともただの馬鹿なのか。いずれにしても今分かるのは、不思議と不快を感じない、 ということだけだった。

「・・・似てるんだか、似てないんだか・・・・・」
「へ?なんか言った?」
「べつに」
 そっけない返事に小さく眉を寄せるミリア。そのときである。
「――あれ?・・・・ミリア、これラーグじゃない?」
 神妙な顔つきで呟くティティの言葉に、「え?」と短い返事だけを返し。戻ったミリアの紫暗の瞳に、輝く金色の髪が飛び込んできた。
 「ほんとだ・・・・」と言おうとしたが、声は喉の途中で押し留まる。なぜなら・・・

 見慣れない造りの部屋の中。
 ラーグの向かいには、長い黒髪を結わえた美しい女性が佇んでいたからだ。

【第4章】魔の血族 -the demon blood- 1

2016.05.16 21:00|クロスマテリア
 遺跡都市イリーダ。
 大陸の北方に佇むこの地は、聖都も認める巨大な国家宝指定都市である。
 かつて、唯一神イルダーナフが舞い降りた地の一つとされ。先人や神人の記憶を重んじる教会側にとって、ここに残る数々の遺跡や遺物は是が非でも守りたいものであった。

 今こそ近代的な観光地として復興してはいるけれど。
 壮大な円形をかたどった複雑な都市構造はしっかりと残されていた。
 ・・・・・・まるで、町そのものが巨大な呪紋の輪(リング)を描いているかのように。

 ファーネリア国の末端とは言え、年がら年中観光客で賑わう市場の中を、溺れるように一人の少女が動き回っていた。





+++++++





「ち・・・ちょっと・・・・っ。――待ってください!」
 前から後ろから右から左から、押し寄せる人の波を避けながら。平然と前を歩く男を必死で呼び止めるも。
 止まるどころか振り返ることもなく、黒い法衣はスタスタと先へ進む。
 その清々しいまでに躊躇ない背中を恨めしげに見上げながら、ミリアはうーと唸った。
 この人の冷徹さはよくよく分かっていたが、従者がこんなにも懸命に呼びかけているのだ。 せめて速度を落とすくらいはしてもバチはあたらないのではないか?
 文句を口にしたのは、ずっと頭上を飛んでいた妖精だった。
「ちょぉーーーっとコラっ。そこ!非道神父っ!ミリアが追いついてないでしょぉー?ストップー!!」
 往来のど真ん中もなんのその。
 持ち前の怪力で彼の服を引っつかむと、ようやく歩みを止めてくれた。


 振り返られた整った顔立ちに、通り掛かる人々の視線が一気に集中したのが、ミリアには分かった。
 そのほとんどが女性のものであることが、どこか面白くない気はしたけれど。 そのまま最後の人を避け、目の前で待つ男―――ラーグの前へとよろめき出て息を整えていると。
「・・・・待ってほしいならそう言え」
「訴えてんじゃないですかー!さっきから何十回も!笑い余って憎さ百倍なセリフは止めてくださいっ!」
 息が上がっていたのも忘れ、ミリアは思いっきり心の叫びをぶちかました。



 魔族の住まう大地―――魔族棲息域(カタンツ)を目指し、ルドルを出てから1週間。
 そのまま《レガイア》を求めて直進かと思いきや、なぜかラーグはここ、イリーダに足を運んだ。
(補給ですか?)
 そう訊ねたとき、
(それもある)
 と、ひどく曖昧な返事を返されたことは疑問だったけれど。
 もともと、行き先も目的もハッキリ言わない人であったし、ミリア自身、魔族の巣窟に入るには少しばかり 心の準備が欲しいと思っていたため、あまり深く追求しないことにした。

「んーで?これからどーするんスか?」
 軒先の側へと移ったあとで、アレンがやはり飄々としまま問いかける。
 クセに近い仕草で鼻先の眼鏡を押し上げ、彼は壁に背を預ける神父へ目をやった。 ラーグは、ほんの一瞬だけ何かを考えたあと、ミリアのほうへ歩み寄り――――。
 きょとんと首を傾げる彼女の手に、小さな金袋を置く。
「?・・・なんです?」
「魔族棲息域に入れば補給は利かん。揃えるだけ揃えてこい」
「あ、はい。って、ラーグはどこに?」
 質問を返すころには再び人ごみの中へと歩を進めていたラーグは、またしても一瞬黙したあと。
「・・・・寄る所がある」
 そうとだけ言い放ち、颯爽と去っていってしまった。


「・・・なんだろ?寄る所って」
「さーあ?ま、宿はとったし。今夜はここで泊まるので決まりだろ。――んーじゃま~、俺もそこら辺ブラブラしてくるわ~」
「へ?アレンもどっか行くの?」
 大きな瞳を丸く揺らすミリアに、アレンは心底楽しそうに組んだ手を頭に添えた。
「だってお前、遺跡都市イリーダだぜ?戒暦前の遺物の数、ざっと五百点!聴報員として、こんなおもしれートコを 勝手気ままに散歩できる機会なんざ滅多にねーし♪」

 そもそも、彼が勝手気ままでなかった例はないように思えたが――――
 なんだか本当に嬉しそうなので、ミリアはそれ以上は何も言わずに軽~く視線を逸らして苦笑した。
「アタシはミリアと一緒にいくわね~。遺跡とか見てもつまんないもん」
 頭の上に乗っかってきたティティを見上げ、あどけない笑みを見せるミリア。
「じゃ、あたしたちは市場で買い物してから宿に戻ろっか」
「おぅ。んじゃぁ、またな~」





+++++++





 あまり土の肥えていない北の大地と言うことで、イリーダの市場に並ぶのは保存食としては最適なものが多かった。
 穀物よりは、もっぱら肉類が多い。北東に覆い広がる密林は、狩猟者にとって恰好のエサ場だ。
 緑林より岩石に囲まれた地帯独特の特産品として、ここらで最も有名なのが数々の聖石である。中には特殊な呪紋を彫り、魔力の増幅器などとして働くものもある。
 ちなみに、恋愛成就のお守りが今、巷の女性の間では大ブームだったが・・・・・・
 興味のない者の前に並んでいても、あっさりすっぱり素通りされるだけだった。

「・・・・・・・あれ?」
 あらかたの補給を終え、そろそろ宿に戻ろうかと往来を突っ切っているとき。
 この場にはあまりにそぐわない空気に、ミリアは足を止めた。
 ・・・・聖気と魔気の気配・・・・・・・
 人ごみの中で、一際目立つ相反した2つの力の流れに、無意識のうちに全身の警戒が促される。
「ん?どしたのミリア。・・・この露店がどーかした??」
 側でパタパタと羽根を震わせるティティは気づかないらしい。 市場の店はほとんどが小さな露店を設けていたが、ミリアが立ち止まったそこはさらに引っ込みそうなぐらい小さく、手押し車のような移動式になっていた。
 軒先に無造作に並ぶのは、装飾の施された皿やら壺やら・・・・・どうやら、骨董品店のようだ。
 使い古された看板には、「レイヴィッツ骨董品店」と書かれていた。 その中の、あるランプに手を伸ばす。
 埃まみれのそれを見て、ティティは正直に口を歪めた。
「うっわ!汚いランプ~・・・ミリア、そんなんがいいのぉ~?」
「・・・ティティ、このランプから―――」
「おー。いらっしゃい!お客さん運がいいねぇ、そろそろ店仕舞いだ。好きに見てってくれよ!」
 突如割り込んできた快活な店長の声に、思わずびくっと肩を震わせる。
 いつから居たのか、そこにはいそいそと露店の片付けを続ける大柄な男の姿があって。
「あ、ごめんなさい。急いでるんならまた明日にでも・・・」
「やーやー、残念だがそりゃ無理だ。売り上げがないせいで場所代払えんくて、明日には他の町へ引っ越すことになったんでね~」
「・・・・・・ソレってつまり強制てっぱ・・・」
「おぉっと!お客さんその手に持ってるのはまさか・・・・」
 やや不自然なくらい明るい営業スマイルで話を切り、店主はミリアの手のランプを、それも驚愕の面で覗き込む。
 しばしの沈黙があって―――――

「・・・いや。いや、いや助かる・・・じゃなくて、毎度あり!そのランプがご所望かい?」
「は!?」
「ああ、期日ギリギリまで居座った甲斐があったってもんだ。人伝いに譲り受けた品なんだが、どういうわけか誰も持てなくてなぁ。 俺ですら、聖印を刻んだ手袋しないと触れもできないときたもんで、いい加減棄てていこうかと思ってたんだが・・・・・。まさかそいつに 触れる人がいるとはな!・・・・お嬢ちゃん、これは運命だね!」
「胡散臭すぎじゃないですか!!第一っ。あたしまだ買うなんて一言も―――――」
「閉店セールだ!370ルーン!!!」
「や、安い・・・!」

 一瞬だった。
 気づけばいつの間にか、店主の姿は露店車ごとその場から消えていた。
 ミリアの手に、埃まみれのランプだけを残して。
 小刻みに肩をふるふるさせて、ミリアはランプと通りを交互に見る。
 ・・・これは、これは買い逃げならぬ・・・・・・・・
「う、売り逃げー!金返せーっ!」
「うん。とりあえずミリア。アンタ今度から買い物はアレンに行ってもらいなよ。」
 ティティの冷静なコメントも、空しく砂塵に流されるだけだった。





+++++++





 賑わう通りから少し外れた裏路地。
 そこへ足を運んだラーグは、ある扉の前で止まった。人伝に聞いて回って得た場所だ。
 ・・・・この扉の向こうにいるだろう人物の性格を考えても、間違いはないだろう。
 するとそのとき、古ぼけた木の扉の向こうから怒声が響いた。


「いい加減におしよ!あたしは呪術師じゃないんだ!!」
 ごっしゃん!と自室のテーブルを叩き、女は怒りも露に相手を怒鳴りつける。
 漆黒の長い髪は柔らかくまとめあげられ、上質な絹を感じさせる。この大陸では見慣れない、一枚布の衣類を身につけており、 室内に焚かれた香と美貌が重なって妖艶な美しさを染み込ませていた。
 女は赤い瞳に煌々と苛立ちを刻み込み、勝気な物腰で相席(にはすでになっていなかったが)の男を指差す。
「だいたい何サ!上司のいない間にちょこちょこっと、遺跡一つ彫り上げたいって?アホゆってんじゃないよ! 古代聖地の遺跡が、んなちょこちょこっとな努力で封印解呪できてたまるもんかい。ふざけた依頼ほざく前にもちっと土のことから 勉強しなおしてきな!」
「な・・・!お、おまえがスゴ腕の術師というから来たんだぞ?」
「あーあそうさ?あたしはスゴ腕さ。ただし、礼儀を弁えた客限定でね!」
 押しつぶしそうな威圧感に、男がもごもごと言葉を濁らせる。それを呆れ眼で見て、ふと、女は扉の外に人の気配を感じた。
「ほらほら次の客だ。出てってくんな。ウチも忙しいんでねぇ―――・・・・・・」
 そうブチブチ毒づきながら扉を開けると――――
 ぴたりと、彼女の視線が虚空で停止した。
 目の前で無言のまま佇む金髪長身の男を、少々不似合いなくらいキョトンとした目で見上げ・・・・・・

 次の瞬間。
 扉は烈風の如き勢いでリバースしていた。
 あまりのことに、怒鳴られていた男さえも硬直する。扉の前で立っていた男の姿を確認するや否や入り口を閉ざしたことより、 それをやった女の青ざめた表情が辛辣すぎる。
 まるで化け物を見たような顔だ。
「あああああんた、も少しゆっくりしてかないかい!?」
「・・・は?」
 引きつった笑顔に、男は言いようのない悪寒を感じ、一歩退く。
「も少しと言うかもう、何分でも何時間でもはたや1日でも・・・――」
 言い切る前に。

 頑なに閉ざしていた扉は突如、外側からの凄まじい爆発によって吹き飛ばされた。


 最小限に抑えていたとは言え、木造建造物の耐久性など知れたことで。
 見晴らしの良くなった壁の向こうから、単調な男の声が届く。
「久々の客を門前払いか。随分と稼いでいるようだな、タキ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ラーグ・・・・・・」
 全身ススだらけのタキは、ものすごーく嫌そうに振り返り――――むせた。


「~~ったく・・・。これじゃなんのためにアンタの裏かいてわざわざコッチの国内に越してきたのか、分からないじゃないか」
 往来の視線が降り注ぐ中、とりあえず無事だった奥の部屋にすわりつつ。
 汚れた服装を整えたタキは、美貌の容姿に似合わない粗雑な仕草でどっかとあぐらを組んだ。
 主要の客間と違って、年季の入った畳の敷かれた自室には幾分生活観のようなものが漂っていて。
 物珍しそうな素振りも見せず、通された―――と言うよりはほぼ強制的に侵入してきたラーグは、相変わらず横柄な態度のまま 低く目を伏せる。
「気に病むことはない。自分の浅はかさを嘆いても仕方なかろう」
「・・・・・・・あいっかわらず、いい根性してるねあんたは」
「事実を言ったに過ぎんが」
 さらりと言ってのけるラーグを睨みつけるタキ。ふと、その赤い瞳が金の十字架(クロス)捉えた。
「へぇ・・・・どうやら大聖堂教会には入れたみたいだね。金の十字架ってことは・・・・神官クラスかい?」
「神父だ」
「ふぅん。・・・・で?《レガイア》は見つかったのかい?」
 何気ない質問に、それまで微動だにしなかった眉目がわずかに揺れる。
 言いようのない空気の重苦しさと、いつまでも返ってこない答えに不審を感じたのか、タキの顔が呆れたように歪んだ。
「ちょっとちょっと・・・・・まさか忘れてんじゃないだろうね?三大宝剣のうちの魔剣の場所を調べろっつってきたのはアンタじゃないか」
「・・・たしかにお前の占いどおり。《レガイア》は大聖堂教会にあった」
「あっそ。そりゃ、良かったねぇ」
「だが、今はない。盗まれた。おそらく、《使徒》の仕業だ」
「だ・・・っ《使徒》って・・・」
「それを奪い返すため、この後魔族棲息域へ行く」

 突然の思いも寄らぬ言葉に、タキの瞳は瞠目の色を刻む。こんなところで《使徒》の話が出るとは思ってもみなかったのだ。
 状況を掴みきれていない彼女に、ラーグはこれまでの流れを、あまり丁寧とは言い難い説明ですませた。


 やがて、タキは白い額に手を当てると、憔悴しきったように息を吐く。
「・・・・・毎度毎度。っとに心臓に悪い男だよ。それであたしのトコに来たってわけか」
「ああ。だが――」
「場所を聞きに来たわけじゃないってんだろ?んなコト、アンタがここに来たときから察しはついてたサ」
 空いた手の平を気ダルそうに泳がせながら、タキはゆっくりを体勢を直し、ラーグを見る。
 動揺と確信を滲ませた頬に緊張を走らせ、彼女の口は動いた。
「単刀直入に聞くよ。・・・・あんた、いつから魔獣を喚んでないんだい?」

 沈黙が降りてきたのは、ほんの一時のことで。
 ラーグは組んだ腕をほどくと、視線を窓の外へ運びながら呟いた。
「・・・勘の鋭さは健在だな」
「当たり前さね。今のあんたの魔気は極端にすり減ってる。扉の内と外で、あたしがアンタだって分からなかったほどね」
 とっとと答えな、と、タキの声が急かす。
「先日、ルドルで冥界の門を召喚して、それ以来だ」
「ルド・・・・・っ 聖地へ行ったのかい!?しかも門て・・・・バッカじゃないのかい。あんな聖気の塊みたいな所でンな大技使やぁ、そりゃ食い潰されるよ」
「それが1週間前のことだ」

 1週間。
 普通、限界まで削った聖気や魔気の回復には、絶対安静のもと最低でもひと月はかかる。魔導容量の高い者など、元通りになるまで 半年を要する場合もあるほどだ。
 1週間でどうこうなるなど尋常ではないのだが―――
「・・・そーいや、あんたはフツーじゃなかったんだよね」
 細い記憶の糸をたどり、疲労を滲ませるタキ。
 そして沈黙を続ける目の前の男に、あっさりと事実を言い放った。
「残念だけど、今スグじゃ原因やら対処法は分からないよ。ま、ちょいと時間がかかってもいいってんなら、調べてやってもいいけどね」
「どれくらいかかる?」
「そーだねぇ・・・・2日もあれば」
 適当に答えるタキに、ラーグは一言、「問題ない」とだけ返した。
 それで終了かと思いきや――途端に、タキの顔色が勝ち誇ったように緩みだす。
「まっさか、これで終わりとは思ってないだろうねぇ。コッチだって一応、商売なんだよ?慈悲深い神父サマ」
 妖艶な面に物申すみたいな営業スマイルを浮かべる彼女の眼前に。
 わずかな間すらなく、ひとつの袋がジャラリと音を立てて置かれる。
 タキの目が、文字通り点になった。
「金なら好きなだけ取っていけばいい」
「・・・っあんた!ナニさこの大金。教会は一介の神父の旅に、こんなにも持たせてんのかい?!」
「仕事の一貫だ」
 そう言い捨てて放っぽった金が、旅の途中途中、ありとあらゆる「仕事」をこなしつつほぼ騙し取ったような形で手に入れたものであることなど、この占い師は 知らないはずなのに。
 タキはどこか妙に悟ったらしく、首を項垂れる。
 どうやら、思い通りラーグを困らせることができなくて悔しいのもあるようだ。

「分かったらとっとと働け。お前の仕事だろう」
「・・・・そーだね。昔からそーいう奴だったよね、あんたは」


 用が済めば、ラーグがここに留まる理由もないわけで。
 颯爽と扉へ向かう背中を、タキの声が呼び止めた。
「今日は宿かい?」
「ああ。2日後に来る」
「へーへー。ごゆっくりお客様。・・・っと。ところでさっきから外にいるボウヤ、あの子も旅の連れかい?」
 何気ない口調に、一瞬周囲の空気がひんやりと固まった。
 ラーグは振り返ることなく無表情のまま、短く。
「・・・・・そんなところだ」
「ふぅん。じゃ、ついでに言っといとくれよ。歳のわりには、欠かず過ぎずいい気配の消し方だってね」
 ラーグは返事をすることなく、彼女の自室の扉を閉めた。


「・・・・・だ、そうだ」
 一歩出れば、そこはすでに往来と繋がっていて。
 大きなヒビが走る壁にもたれていた少年は、鼻先の眼鏡をクイッと引き上げると、「あちゃ~」と苦笑した。
「なんだ、バレてたんスね~。神父さんも気づいてたんですか?」
「お前の役目は俺の監視だ。当然だろう」
 淡々と言うセリフに、アレンはやはり困ったように頭を掻いて。
 やがて、閉ざされた扉へ視線を移すと、声を低くする。
「ただの人間じゃないっスね。・・・・・・一体、何モンなんです?あの人」
「お前と似たようなものだ」
「・・・・へ?」

 視線を戻す頃には、すでに神父は通りの中へ溶け込もうとしていた。
 軽く顔をしかめて、アレンは刹那立ち尽くし―――やがて、黙ったままそれに続く。

 ・・・・・・・・・・考えられないことはない。
 すなわち



 あの女性も、《禁忌の仔》であるということだ―――――
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