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キサ

Author:キサ
ファンタジーとバトルとラヴをこよなく愛し、熱しやすく冷めやすい社会人。

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【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 1

2016.05.17 21:20|クロスマテリア
 雪が、降っていた。
 真実を覆い隠すように、どこまでも、深く――――――・・・・



 少女は、追いつめられていた。
 寒空の下に、同じ色の白い息を乱暴に吐き出して。荒げた細い肩に、せわしなく栗色の髪が触れる。
 万策は尽きた。味方もいない。果たしてどうすれば、この目の前の『敵』から逃れることができるのか?
「・・・ふっ、とうとう追いつめたわよ?ミリア」
 『敵』は行き場のない路地の間に入り込むと、勝ち誇ったようにニヤリと笑い。
 肩ほどの位置でくるりと巻いた赤毛が、ひとつ大きな吐息と共に、小さく揺れて。
 高い壁面に背をつけてあたふたするミリアに向かって、大股で歩み寄る。
「屋根の上は跳んでくわ、捕獲魔導のことごとくは破壊していくわ、ゴミ箱の中にまで隠れるわ。久々の親友の顔がそんなに恐ろしかったのかしら?」
「会うや否や問答無用でとっ捕まえられそうになりゃ逃げもするわよ、エリー?!」
「あなたが逃げるからでしょ」
「あたしのせいなのーーーー?!」
 喚くミリアとは裏腹に、赤毛の少女にして現在のミリアの『敵』―――エリーは平然とした様子でやれやれと首を振る。
 彼女とはアレンと同じく、修練学校時代の同期である。神礼院に属し、今では立派な修道女として、日々を送っている と聞いていた。
 ここノワールの地に転属してから、滅多に逢うことはなかったのだが、今でも彼女は、しっかり者でミリアの良き理解者と言える。 そんなエリーが、なぜミリアを追いかけ回していたのかと言うと。
「全く。いい加減観念なさいよ。聖女様を讃える式典の助っ人参加ぐらいで・・・・」
「・・・・だって・・・ソレってやっぱ、正装とか。・・・するんでしょ?」
「ええ、そりゃあね?後は民の前で神聖歌を歌って、残りは司祭様がご演説されている間、ただじっと突っ立ってれば いいから。楽勝じゃないの」
「絶っっ対いやぁーーーーーッ!!」
 顔面を真っ赤にして唸るミリアは、縋るように冷たいレンガの壁に顔を埋める。
 父や母の墓参りのために寄り道をしたのが、とんだタイミングだったらしい。人前で歌うなんで絶対にいやだと頑を張る少女に、 エリーは多少同情しつつも、少々先を急くように早口になり、
「あぁ、もう!仕方ないでしょ?いつも来てくださる聖女様がギックリ腰になっちゃったってんだからっ。なんであなたはそう昔から、 中途半端なトコで根性がないのよッ!」
「そ・・・あ、あたしにだって、賢老院からの任務が―――」
「神父様だったら、快くあんたが隠れてるゴミ箱吹っ飛ばしてどっか行っちゃったじゃない」
「う゛・・・・・えと、・・・みんなも心配して」
「アレンくんはぶらぶらしてくるっつって行ったきり。妖精さんはあなたの聖女姿見たいってそれはもう目をキラキラさせてた わねー。他に遺言は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
 あんの・・・・裏切り者どもーーーー!
 今にも叫び出さんばかりに口をパクパクと動かすミリアを横目に。エリーは白い修道服から覗く片手をひらりと動かして、 開いた輪(リング)の中から伝令用の小さな精霊を呼び出すと。
「はいはいはい、ミリア=イリス捕獲完了。セルシス聖堂長にご報告お願いね」
「お、鬼ーーーーッッ」
 ミリアの精一杯の主張は、清々しいまでに無視されたのだった。





+++++++





「んあ・・・・・?・・・」
 間の抜けた声は、誰もいないベンチから聞こえて。
 やや間を置いて、もぞりと気ダルそうに、柔らかな藍の髪が起き上がる。
 見た目では、20代後半の青年といったところだろうか。この寒空の下だというのに、何か読み物をしていたのか、顔に覆いかぶさっていた分厚い書物をどけ。その下から現れた、髪と同じ色をした瞳は、惜しげもなく眠たそうに細められていて。 タイミングが悪かったのか、やや枯れた印象を与える男は、わりと整った顔立ちを人気のない公園の周囲に向ける。
「ったく。誰だ?つかの間の安眠妨害しやがんのは・・・」
 仕事で疲れきっていた上に、つい先ほどまでその件で報告を受けていたため、部屋にもどるのも億劫でそのままここで 爆睡していたのだが。
 まだいくらも経っていないうちに、どこからか聞き慣れない少女の金切り声に叩き起こされたのだ。
 なんだか断末魔のような雰囲気も一緒だった気がしないでもないが、そこはあえて気にしないのが、彼の流儀である。
 男は軽くウェーブのかかった髪を掻きながら、あくび交じりに周辺をなんとなく流し見て。
 ふと、少女ではないが、見覚えのある黒い法衣に視線を止めた。一瞬後には角に消えていった人影を見て、男は驚いたように 目を瞠る。
「・・・・あいつ・・・」
 僅かに呟いたのを最後に、男は当然のようにベンチから立ち上がる。
 動いた体のラインに沿って、金の十字架(クロス)が、胸元に流れ落ちた。



 冷え切った外気の中で、白銀の雪が綺麗に積もっている。
 静かに、静かに。・・・まるで、どれだけ時が廻ろうとも、決して溶けることがないかのように。
 埋もれた悠久の時間を・・・・・・・・封じ込めるかのように。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 雪の上に残る沢山の足跡に加わり、ラーグは淡々と白い広場を歩んでいて。
 広場―――いや、違う。こうして雪が積もっていても、それらに埋もれるように硬質の肌を見せつける、冷たい石の群集を見逃すことはない。
 拠り所を求めながら密集するそれらの中で、唯一足跡の全くついていない2つの石の前へ立つと。
 白い吐息と共に、ゆっくりとそれらへ視線を落とした。
「・・・こんな形で、再びここに来るとはな」
 言葉とは裏腹に、その表情には、一切の感情も感傷も含んではいなかったが。確かにその声は、ここにはいない者へ語られていて。
 凍てついたように止まった空気と、かつて全く同じ時に命を絶った多くの者たちが眠る地を背に、ラーグは軽く瞼を下ろし、 その裏に埋もれた記憶を刻み込む。

 もう、二度と来ることはないと思っていた場所。
 かつて自分が訪れ―――そして、全てを喪った場所。
 そこへ、あの少女が行きたいと望んだ。ある意味では、彼女が自分を連れてきたとも言えよう。
「馬鹿馬鹿しい」
 頭を過ぎった言葉を切り捨てると、透けるような翠の瞳は冷たい石のひとつに注がれて。

 ・・・・今さら、何を語ろうと言うのか。喪ったものは、二度と還ってはこない。それが真実。
 よもや、あの娘と自分が再び出逢ったのが、運命だの宿星だのと言う気もない。
 それなのに。
 ・・・まるで、これからの自分の未来を知り尽くしたかのような、この、なんとも不愉快で居心地の悪い状況を――――
「お前なら・・・・・・なんと言ったのだろうな。ジェイド」
「『死者は語らず。故に生者は、救いの御名において語らん』」
 呟きに返ってきたのは、勿論、この地に眠る『英雄』の声ではなくて。
 別段驚いた風も見せず、背を向けたままの神父に、背後の男が軽快に書物を弄びながら続ける。
「イルダナ神聖書第2項11節、だ。懺悔は終わったかい?神父殿」
「セイム。――何故、お前がここにいる?」
 やる気のカケラもなさそうに半眼を向ける相手に対し、ラーグの返答は、非常に冷めたもので。
 しかし、別段それを不快に感じることもなく、セイムはむしろ好意的な明るい声で皮肉った。
「あいかーらずドライだねぇ。久々の友人の再会に、そーゆー台詞はないでしょーよ?」
「お前とはネイザン大学で数度顔を合わせたに過ぎん上、その後もひと月単位で面識しているはずだが?」
「・・・・・おまえ、何気に今オレがすんげー傷ついちゃったコト、気づいてる?」
「俺は何故ここにいるのかと訊いている」
 わざとらしい溜息を吐くと、セイムは軽く責めるように、翠の瞳を覗き込んでいたが。
 すぐにやれやれと肩をすくめると、
「お仕事に決まってんでしょーよ。聴報院にゃ、結構有能な人材が揃ってるんでね~」
 聖職者には程遠いような、不良とも取れる投げやりな口調だったが。その言葉は、ラーグに全てを理解させるには十分だった。 黒い法衣の中で、皮肉を交えて薄く唇が歪む。
「あの眼鏡からの報告か。随分と仕事熱心なことだな」
「うーわー・・・・・言葉の刃がチクチクと。そーは言うけどよ、こっちだって根本的に人手不足なんだぜ? おかげでオレにまでこんな勅命が回ってきたし」
「聴報院最高官の『与言者(ペオース)』にまで監視させるとは。・・・・どうやら賢老院は、よほど俺が信用ならないらしい」
 元より求めてもいないことを口にして、ラーグはさらに、自嘲するように笑みを含め。

 その様子を、肯定でも否定でもない瞳で見つめながら、セイムは躊躇うように、小さく呟く。
「ラーグ、俺だって『与言者』の一人だ。お前があの魔剣を使って何をしようとしているのかも、ジイさんたちから聞いている」
「・・・・・・・・・・・」
「だから、なんだろ?だからこそ、ジェイド様やアリシア様に逢いに、お前はもう一度ここに・・・・」
「ただの偶然だ。行きたいと言ったのは、あいつだからな」
 小さいが鋭い声は、まるで、それ以上を言わせないかのように切り込んで。
 拒絶した領域から微妙に一歩引いたところで、セイムは視線を落として呟く。
「ミリア=イリス・・・ね。皮肉なもんだよな。よりによってあの2人の娘が、こんな形でおまえと旅をすることになるなんてよ」


 《レガイア》が盗まれて。
 危険視されながら、唯一その魔剣に呼応する程の力を持ったラーグが、奪還の命を受け。
 その力の暴走を恐れるが故、『いざという時』の処理役として、膨大な聖気を宿すミリアが従者として選ばれて。

 運命などと、在り得ない。
 全ては、理屈に基づいた理に従って累々と流れている。
 自分など・・・・・どう足掻いたところで、どうにもならない奔流の中で。


「・・・・『皮肉』、――か」
 そこまで言って―――ふと、ラーグの頬から笑みが消える。

  「もっと賢い言い方をするなら。――これは、『罰』だろう」 





+++++++





「・・・・。いつまでむくれてんの、ミリア」
 透きとおるような白い衣の裾を調節しながら、耐え切れんばかりに、エリーがうっそりと振り返り。
 この世の全てのものに石を投げ付けたい心地を顔面に縫い付けたような表情のまま、全身でいやぁなオーラをたぎらせている 少女へ、呆れたように腰に手をやる。
「ずっとそんなだと、本当に不細工になっちゃうわよ?」
「・・・エリー、あたしやっぱり」
「この期に及んで四の五の言わない」
 ぴしゃりと言い放たれて、ミリアは今一度「あああぁぁ」と呻いた後、再び椅子の上で小さく三角座りをして縮こまる。 言葉を探すエリーに代わって、年老いた手が、柔らかくその肩に添えられた。
「セルシス聖堂長?」
 エリーが名を呼ぶと、老女はふわりと微笑んで、びっくりしたまま見上げるミリアの視点まで腰を下ろす。
「突然のことで、ご迷惑をかけたことに関しては、本当にお詫びの言葉もありません。ミリア=イリス。ノワールの責任者として、謝罪申し上げます」
「ぅえっ?そそ・・・そんな!あ、謝らないで下さいセルシス様!」
 自分などとは比べ物にならないほど高位の聖女に頭を下げられ、ミリアは両手をわたわたと振り回して否定し。
 それを見ていたエリーが、針を置いた手を身体の前で組んで、
「そうですよー、聖堂長。単にこの子が、妙なトコで神経ほっそいだけなんですから。普段は魔族もぶった切るくらいズ太いくせに」
「・・・なんか今、遠まわしに馬鹿にしなかった?」
「気のせい気のせい」
 パタパタと手を振って明るく笑う親友を小さく睨みつけるミリアを、変わらぬ穏やかな目で見下ろして。
 セルシスはおもむろに立ち上がると、戸棚から、両手に乗るサイズの小箱を取り出してくる。

「今年は、『盾の聖女』――貴方の母君を讃える年です」
「え・・・母さん・・・・・?」
 跳ね上がるような返答に、老女はにっこりと微笑んで。
「ええ。かつて、ここノワールを救ったアリシア様の儀は、民にとってもかけがえのないもの。引き受けてくださいますか?」

 かつて、ノワールは強大な魔族によって襲撃を受けた。数え切れない人が死に、大地は枯れ、ノワールを焼き払った。 最悪、このファーネリア全土を呑み込もうとしていた破壊を阻んだのが、『盾の聖女』アリシアと、当時の聖堂騎士団長だったミリアの 父・ジェイドである。
 彼らは人を、そしてミリアを護り、命を絶ったのだと――――ミリアは、そう聞いていた。
 それから幾歳月も経た今でも、ここで、自分の母は人々に慕われ、敬われている。

「アリシア様が最期に付けていらしたものです。いずれは、貴方に差し上げるつもりでした」
 そう言って、セルシスが開いた小箱の中身は、片方だけの細いピアス。
 細かい装飾が施された金具に添えられているのは、透きとおるように蒼く、美しい水晶のような石で。
 しかし、ミリアが言葉を失ったのは、淡い記憶の中の母の姿を見たからではなく。もっと、近しい時間、近しい場所で――― これと同じものを見たことを思い出したのだ。
 陽の光をそのまま吸収したような金の髪の中、その瞳と同じ色をした石の輝きを揺らしていたのは・・・・・・・

「・・・・・・・・・・ラーグ・・・」


「ちょ・・・っ、ミリア?!どこ行くのよっ?」
 ピアスを見るや、弾かれたように駆け出していたミリアの背に、エリーの叫びが降りかかるも。
 まるで聞こえていないのか、栗色の髪はそのまま、廊下の奥へと消えていって。
「まったく、なんなのよ。いきなり・・・」
 後を追おうとしていたエリーを止めたのは、傍らで呆然とそんなミリアを見送っていたセルシスだった。
「お待ちなさい、シスター・エリー」
「でも・・・・!」
「今―――・・・・彼女は、『ラーグ』と。そう言ったのですか・・・?」
 見ると、いつも例外なく温和だった老女の頬が、見たこともないくらいに驚愕の色を刻んでいて。
「は・・・?はい、ミリアが今、従者として仕えている神父様だとか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「セルシス様?」
 怪訝そうに覗き込んでくる修道女の前で、セルシスは口元に手をやり。
 馳せるには血生臭すぎる記憶を蘇らせながら、同時に、一人の男の姿を視界によぎらせる。
「ラーグ=クラウド。・・・・・彼が、この街に来ているのですか・・・・」



+++++++



「フンフンフ~ン♪」
 本人の体躯からすれば、やや大きすぎる――と言うより、種族的に規模が違うほどの広い部屋の中央で。
 ティティは窓際のテーブルに肘をつきながら、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
 薄着の彼女の肌に、この極寒の大気は殺人旋風のようなもので。しかし、暖炉の揺らめく暖かい室内は、外とは対照にひどく心地良いものらしい。
 ミリアが頼んで用意させてくれた客室は、閑静な街に似合って、上品な静けさを飾っている。
 そんな中で、妖精はこれからのイベントに胸を膨らませていた。
「早く始まんないかしらね~、聖女の式典♪」
「・・・・本人は相当イヤがってたよーに思うぞ?」
 鼻歌に答えたのは、同じく室内にいた一人。
 ようやく狭っくるしいランプから這い出た魔人は、つい先刻、引きずられるように仕立て室に連行された少女を思い出しながら、 ボソリと感想を口にして。そんな憐れみを全面的に否定しながら、ティティの目はキラキラと輝いている。
「ばっかじゃないの?!あのミリアが綺麗に着飾るのよ・・・あのミリアが!」
「・・・オレはテメェら妖精の友情理論ってのがよく分かんねェよ・・・・・」
「うっさいわね!――コホン、とにかくよ。こんなチャンスをみすみす見逃す手はないわ!アタシは前っから思ってたのよ、 ミリアは磨けば光る窓ガラスだって!!」
「・・・・・・・・」
 褒めてはいるが、格段に質が落ちている気がするのは何故だろう?
 頭の隅でそう突っ込みながら、あえて口には出さずに、ジンは不機嫌な眼差しを閉ざした窓に向けた。
 時間が止まったかのように、静かな白雪が路上で停止している。
「つーかよ、お前ら魔族棲息域に行くんだろ?寄り道してるヒマなんざあんのかよ。あのアレンとかってガキも、あいつはあいつでどっか行っちまいやがったし」
「歩く氷と空気なんか気にしたってどーしようもないじゃない。なんなのよ、アンタ?さっきから文句ばっかね。 せっかく無言では入ってこないように修道女さんたちに頼んでおいたのに。やっぱアレ?魔族って、教会は無条件で キライなもんなの??」
「何気にVIP気分満喫しやがって・・・・・・。そんなんじゃねェよ」
 誓約に縛られているとはいえ、やはり魔族であるジンがおおっぴらに姿をさらすのは脅威である。
 無駄な騒ぎを防ぐため、ミリアとティティが施した予防線にも、魔人はあまり気にした風を見せず。
 いつもの眉間に、さらに嫌悪の皺を刻み込んで、誰もいない路上を睨みつつ吐き捨てた。


「いけ好かねェんだよ、ここは。・・・・・昔からな」





+++++++





 どれくらい走ったのか。
 世界の果てまで走りきったかのように、ミリアの身体は悲鳴を上げていた。
 だがそれは、純粋な疲労からではなくて。

 なぜ
 なぜ
 あれは間違いなく、ラーグがしているものと同じピアスだった。
 同じデザインのものをたまたま、など在り得ない。ちらっと見ただけだったが、装飾と見える部分に多大な呪紋の輪が刻んであった。詳しくは分からないが、あれは特別な魔導具だ。
 それをなぜ――――母と同じものを、母の形見の片割れを、なぜ彼が身にしているのか?
 分からない。まさかラーグは――――――

「ラーグ!!」
 がむしゃらに走り続けて、ノワールの奥。深淵なる墓地へと辿り着いたミリアは、視界に捕らえた黒い法衣へ反射的に叫んでいた。
 本人より先に、隣にいた見知らぬ男の方が振り返ったが。
 やや遅れて動かされた視線は、そちらとは対照的に悠然と揺ぎ無いもので。
 沈黙の中で、荒げた息を整えながら、ミリアはふと、法衣の足元に突き立つ2つの墓標を確認した。冷たい石の表面に 刻まれた名が、かつて自分と、自分の住む大地を護る為に散った人物のものだと分かると。
 動揺はしつつも毅然とした瞳で、少女は目の前の男に問いかけた。
「どうして・・・・・ラーグがここにいるんですか?」
「・・・・・お前には」
「関係ないなんて言わせませんよ!そこに眠っているのは、あたしの父と母です!!」
 本当に真を突かれたのか。断言するミリアの言葉に、神父は眉目を僅かに動かしただけで沈黙し。
 「あーりゃま~」と、まるで人事のように頬を引きつらせるセイムを挟んで、両者が言いようのない圧迫感を滲ませる。
 やがて、ミリアのほうがその重い口を開いた。
「どういうことですか・・・・・なんで母さんと同じピアスを、ラーグが持っているんです。まさか・・・」
 まさか――――
「母さんと――逢ったことがあるんですか?」
「そうだと言ったら?」
 返答は、セイムもびっくりするほどに、あっさりとしたもので。
 思わず声を失っていたミリアだが、黒い法衣がこちらへ向かって歩み始めた音を聞き取ると、焦燥したようにまくし立てた。
「そんな・・・・どうして言ってくれなかったんです!」
「言う必要があるのか?すでにこの世にはいない者の、何を語れと?」
「聖女の式典に身につけるのは、その聖女が亡くなった時に身に付けていたものです!どうして母の遺品の片割れを、貴方が 持っているんですか!・・・一体貴方と母は、どういう―――・・・っ」
 心の奥底をさらけ出しながら、一気に吐き出しているうちに、いつの間にか長身の男は自分のすぐ目の前まで近づいていて。
 覆い潰されるような威圧に、ミリアが小さく息を呑んで見上げると。信じがたいほどに冷え切った、人形のような瞳で、 ラーグは自分と視線を合わせることなく、ミリアの質問にたった一言の解答を返す。


「――――殺した」
「え・・・・・」
 理解の範疇を超えた言葉の意味を、ミリアが整理できない虚ろな瞳で見上げると。
 ラーグは一瞬、哀しみを含んだような瞳を下ろし、止めを刺すようにきっぱりと言い切った。

「アリシアと、そしてお前の父ジェイドを殺したのは、俺だ」



 ・・・・・・・・・・・・体が、動かなかった。
 背後へ遠のいてゆく広い背中も、肌を刺すような寒空の空気も、頭では十分に理解していたのに。
 なぜか、全身がまるで見えない杭に穿たれたかの如く、ピクリとも動かせなかった。
「・・・・・ど・・・・――」
―――どういうことですか―――?
 今すぐにでも振り返ってそう問いただしたかったのに、喉が凍りついて声が出ない。
 結局ミリアは、そのまま去っていく神父の背を見送ることすら、叶わなかった・・・・・・・・・・



 ようやく、自力でしゃがみ込めるまで回復した時には、すでにもう、背後の気配は完全に遠ざかっていて。
 やはり声は凍てついたままだったが、かわりに頭の中は、混沌の渦と化していた。
 父や母の話は、幼い頃からこれでもかと言うほど聞かされた。この大陸で最強の称号を持ちながら、常に誇り高かった父・ジェイド。心優しく、誰であろうと在りのままに包み込んでいた母・アリシア。気がつけば、他の者たちが当然のように持っていた温もりを喪っていたミリアが、常に自分を奮い立たせてこれたのは、この高い理想と尊敬があったからに等しい。
 悪しき魔族から国を護り、『英雄』として崇められている者たちの血を引いている。
 そう思い続けたからこそ、幼い自分は縋る弱さを断ち切り、強くあれと言い聞かせてこれたのだ。

 ――それなのに。
「・・・・・・どうして・・・っ・・・」
 どうして、ラーグが彼らを殺したことになるのか?ノワールを襲ったのは、魔族ではなかったのか?何が正しいのか? 自分がこれまで信じてきたものは、一体なんだったのか?
 果てしない疑問を抱えながら、それでも涙を見せようとしない少女を見下ろして。
 しばらく黙っていたセイムが、ため息混じりに頭を掻きつつ、毒づいて、
「あ゛ー・・・・んのアホが。そこで止めるか、フツー?」
 ミリアにとっては知らない人物だったが、どうやら声は、ここにはいない神父を責めているらしい。
 セイムはそのまま、呆然と頭を持ち上げるミリアと視線を交わらせる。

 かつての聖女と同じ色をした瞳が、数え切れないほどの疑惑と焦燥、そしてわずかな恐怖に淀んでいるのを見つけると。
 同情はしないが、当然のことだろうと客観的に感じると、軽薄な表情に戻って少女の視点にまで膝を折った。
「はじめまして、お嬢さん?オレはセイム=リカルド。まぁ早い話が――・・・ラーグの同期とでも言っときますか」
「・・・・・・・?」
 眉をひそめるミリアは、目ざとく彼の下げる金の十字架に顔を傾けて。
「ああ。ま、それなりに位階は上かねー」
 視線に気づいたセイムは、あまり詳しくは告げずに、どうでもいいことのように片手をひらひらと振りながら笑う。
「悪ぃな、あんたなら分かってっと思うけど・・・・あいつは、ああいう言い方しか出来んやつだからよ」
「・・・・・。・・・本当なんですか?」
「ん?」
 未だに眠たそうな、心理が掴めないような能天気さのどこまでを信用したのかは分からないが。
 再び視線を落とすと、ミリアは真実を知ることを怯えるように喉を震わせて、
「本当なんですか?ラーグが、あたしの父と母を・・・・・・・・・こ、殺したって」
 視線が外れたせいか、セイムの表情からは先ほどまでの軽薄さがぴたりと消えていて。
 黒い法衣が去っていった方をもう一度眺めると、半分呆れたような、諦めたような息を吐く。


 ・・・あの男が、無と静寂を怖れないことなど知っている。
 何かを喪うことも―――いやそもそも、喪うようなものからして作らない男だ。
 それでも、あの日の出来事は、ラーグを『罪』という形で呪縛し続けている。喪ったものと奪ったもの。その代償を 『罰』として、永遠に刻みながら。
 語る必要がないのではない。語る資格がないのだ。
 そして、ここにその『罰』に捕らわれないセイムを残していったことで、少なくとも、この少女の疑問に答えることは出来る。


「・・・・・・昔話をしましょーか、お嬢さん」
 ミリアの顔が上げられ、セイムは藍の奥で苦笑するように肩を下ろす。
 大聖堂教会設立後の全ての歴史と真実を知る『与言者』は、触れては溶ける雪のように、その事実を紡いでいった。





+++++++





 悠久の時など、怖くはない。
 そんなものは、この時間の止まった肉体が、有難いほどに拒絶してくれた。
 凍てついた風など、どうでもいいくらいに。
 無と言う名の静寂は、自分に揺ぎ無い安息を恵んでくれていて。

 その安息の中に、無遠慮なまでに灯りを灯して踏み込んできた存在は、一体自分にとってどれほどの意味があったのか―――


 いつの間にか、再び降り始めた白雪の下。
 人の気配の無い広場に立つと、ラーグは新しい足跡を刻んだまま、ゆっくりと灰色の空を見上げる。
「・・・ここは、いつでも雪が降っているんだな」
 永遠に溶けることがないかのように。
 封じ込めた真実を、隠し通そうとでもするかのように。
 白い吐息と共に吐き上がっていく自身の言葉を見つめながら。

 ラーグはゆっくりと―――静かで、温かく、そして忌まわしい記憶の糸を解いていった。

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