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キサ

Author:キサ
ファンタジーとバトルとラヴをこよなく愛し、熱しやすく冷めやすい社会人。

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【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 2

2016.05.17 22:39|クロスマテリア
 それは、果てしなく遠く、近い昔。
 蛍火のように優しく儚い、約束の場所――――



「北の大陸が、なにやら不穏な動きを見せているらしい」
 どこか重い陽光を招き入れながら、最高審議会の床が鈍色に照らされる。
 『神の意』とまで称され、国家全土の理の決定権を担う議会が開かれたのは、実に数年ぶりだった。
 磨きつくされた広い室内の中央には、不釣り合いなほど狭い円卓があって。そこに映りこんだ4人の老人の額には、揃って苦々しい嫌な汗が滲んでいた。
 すると、重圧感に耐えかねたのか、一人の老人が無作法に椅子の背を軋ませ、腕を組み。
「んなこたぁ解っとるわ!だからこそ、こうやってワシらが議会の席で仲良く並んどるんだろうがっ」
「・・・バルトス、遊びではないのじゃぞ?」
 軽く叱責したのは、真白い口髭を蓄えた、賢能そうな老人の静かな声。
「元より、あちらの皇帝はこの豊穣の大陸を欲しておった。これまでは、なんとか目立った戦火は防いできたが・・・・」
「事と次第によっては、全面衝突も考慮に入れておかねばなりませんね」
 白い法衣をまとった老女が、苦虫を噛み潰したような顔で賛同すると、一同の脳裏に、全く同じ嫌な未来図が展開する。

 極寒の地、北のレイゼー帝国とこの東の大国――北の民からは南の楽園と呼ばれているが――ファーネリア国は、 もうかれこれ数十年にも渡って細かい火種を撒き散らしている。
 原因は、気候の穏やかなこの大陸への、レイゼーによる侵略行為。
 北の帝国軍は噂に違わぬ精鋭揃いと聞くが、大聖堂教会とて、ただ無防備な平和を掲げるばかりではない。国の剣であり盾でもある聖堂騎士団(ラウストウィア)と、統率の取れたイルダナ神教に絶対の崇拝を示す数多の民。この全てを一気に砕こうと思えるほど、彼らも馬鹿ではなかった。よしんば兵を犠牲にして教会を破ったとしても、その後に起こるだろう民の反乱が最も厄介だからだ。
 それでも過去に一度、彼らが正面から戦火を挑んできたことがあったが―――
 長い月日と双方の忍耐、そして数え切れない犠牲を代償にして、その戦争の第一波は終結した。
 教会側の勝利という形で正式な国境を定め、以降は国家間で度々起こる小さな紛争に対応しながら、 毎年収穫の1割を譲渡することでなんとか対処してきたのだが―――――

「突然紛争が途絶え、あちらと全く連絡が取れなくなってから、もう半年になります。いくらなんでも、静かすぎる・・・・・何らかの理由で、身を潜めていると考えるべきでは」
「『何らか』ってなぁ・・・ハッキリ言ったらどうよ。んなもん侵略の準備に決まってんじゃねえか!」
「バルトス、少しは言葉を選ばんか」
 静かだが、強い口調の老人の声は、一瞬室内に充満し。
「そのようなことは、皆解っておる。戦が――国を賭けた『殺し合い』がいかなるものか、お前も知らぬわけではあるまい? 我らが今日ここへ集ったのは、何も無駄な時間を弄ぶためではない」
「同感だな。ファーネリア法典第9条3節にも記されている。『法を犯すは、人の罪。然らば法に順じて、人の手により、これを罰すべし』――。 ・・・・それで、どうするのだ?ウィクトール」
 襟元までキッチリと法衣を着込んだ男が、淡々とした様子で顔を上げる。
 神礼院総帥にして、賢老院の長である老人は、ゆったりとした動作で瞼を下ろし――。吐息か何かと思われるような声で、 決断を下した。
「・・・・・・・・ファーネリアの『盾』を創るしかあるまい。ノワールに使いを」





+++++++





 春先とは言え、この大陸でほぼ最北に位置する大地の上には、まだ純白の衣が敷かれていて。
 それでも暖かい陽光が注がれると、照らされたそこはダイヤモンドの粉を反射するかのように輝きながら、凍てつく大地を溶かしていく。
 皆屋内で暖を取っているのか、誰もいない広場の片隅で、ばさりと白い雪が落ちる音も鮮明に耳へ響き。
 しかしそれは、雪解けの重みに耐えかねた自然現象ではなくて。
 刹那の間を置いて、白雪(はくせつ)が零れ落ちた場所から、だらりと力ない大きな足が垂れる。この寒いと言うのに、のんびりと木の上で 昼寝をしているらしい。だが男は心配する気も失せるほどに血色のいい頬を傾け、健やかな寝息まで立てていて。
 見たところ爆睡しているようなのに、しっかりと咥えた煙草からは、規則正しい煙が上がっている。
 穏やかな静寂が破られたのは、そのときだった。

「団長!団長~!?・・・・あ、いたいた―――・・・って、うわ?!」
 白い息を吐きながら走ってきた男が、一瞬明るい表情をするや。今度は対照的に、唖然としたように固まって。
 突然大声を出されて飛び起きたせいか、大枝に盛大にぶつけた頭を押さえつつ、呼ばれた男は栗色の髪を振り乱さんばかりに振り返った。
「・・・・っお~ま~え~な~・・・」
「げ!す、すいません!知らせがあって慌ててたもんで・・・」
「なんつーことしてくれたんだ・・・」
 男はしかし、部下の想像していたのとはちょっと違った方向に思考が向いているようで。怒りと言うよりは悔しげに肩を 震わせながら、半分涙目にまでなりつつ拳を握り締める。
「今・・・今俺はなあ、生涯で最っっっ高の瞬間をリピートしてたとこなんだぞっ?!」
「は・・・?」
「娘が・・・・・・あのたどたどしい仕草でハイハイしか出来なかったあいつが・・・・・初めて自力で立ち上がった 奇跡の瞬間が・・・・・今まさにおもちゃのジャングルジムから手を離そうとしたところで目が覚めやがったんだぞッ?! どう責任取ってくれんだ!」
「いや。どう・・・って言われても・・・・・・」
 またいつものが始まった、と言わんばかりに溜息を吐く部下の前で。しばらくショックを堪能したあとで、男はやや強引に割り切って、軽快な動作で木から飛び降りる。
「ハァ・・・・。ま、仕方ねぇかー。・・・つーかよ、それはそうと」
 冬季とは言え、日に焼けた健康的な肌から覗く藍色の瞳を、ややじっとりとした眼差しに変換させ。
 男は年齢のわりにはコロコロと表情を敏感に変えながら、少し拗ねたように部下を見つめる。
「団長って呼ぶのはヤメロっつーの。それで本名忘れられたりでもしたら、なんかこう・・・侘しいじゃねーか」
「・・・・・・・そんな、あなたじゃあるまいし」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も」
 口の中でぼそりと零した程度の呟きを鋭く指摘され。それでも、部下の面には畏怖などの極端な感情の変化は見られず、 ただ苦笑しながら親しげに背筋を伸ばす。
「そうそう。えー・・・ジェイド様?聖都からの使いで神父様がいらっしゃってますよ」
「使い?なんだ、今度は何の任務だ?」
「さぁ・・・・・なんでも、賢老院からじきじきの勅命だそうで。とにかく、急いでください」
 そうとだけ言って、せわしなく走り去ってゆく背中を見送った後。今一度大きなあくびをして、ジェイドは眠そうな眼のまま、
「神父、ねぇ?・・・・・・なんか物騒なことでもおっ始める気か?」
 曇った声で呟くと、そのままのんびりと歩き始めた。





+++++++





 潤沢な聖気の奔流が取り囲んでいる。
 それが、ノワールに来て最初に気づいたことだ。
 そしてそれは、決して比喩的な意味ではなくて。溢れんばかりの聖気は、まるで母が子を護る暖かい腕のように、 街全域を包んでいる。
 純粋な魔気―――魔族のみを拒絶する結界は、たった一人の聖女によって生み出されているのだと聞いた。

「・・・・・・・・・・・・」
 別段行くあてもなく彷徨っていた男は、冷然とした瞳のまま虚空を見上げる。だが今や、灰白の空は彼の瞳と同調することはなく。 白い吐息と、冷風になびく束ねた金の長い髪が見えなければ、今ここが極寒の地であることすら判別し難かっただろう。
 胸元で、頼りなく揺らぐ銀の十字架(クロス)が服を擦りつけていると。


「あら?」
 響いた鈴の音のような声に、彼の意識と視線はゆっくりと降下し。
 見ると、若い女がこちらを不思議そうに眺めていた。
 寒さのせいか、雪と同じく白い面立ちから覗くのは、美しい紫水晶(アメジスト)の瞳で。着込んだコートの下に見え隠れするのは、 高位の聖女が身につける純白の修道服だ。
 こちらが黙っていると、女は瞳に美しく映えるように透きとおった蒼いピアスを軽く動かして。。
「服装からして、教会関係者・・・・よねえ?でも見ない顔だし・・・・結界越えてきたんだから魔族じゃあないんだろうケド・・・」
 ともあれば独り言とも取れる口振りで、何かうんうん悩んでいるようで。
 単にその様子を見続けるのが億劫になり、男は冷ややかな声で初めて口を開いた。
「ノワールの責任者はどこだ」
「『どこですか』、でしょ?年上にはそれなりの言葉を選ぶっ」
 陽気に人差し指を立てる女性のコートから、チラリと金の十字架が揺れたのを見つけて。男は怪訝そうに、眉を詰めた。 位階云々での儀礼ならともかく、年齢の違いなどと言う陳腐な理由で叱責されたのは初めてだ。
 最も、本来の年齢など定かではなかったが・・・・・・・
 どうやらこの女の瞳には、そういう順列に映ったらしい。
「年下かしら?年下よね。まさか迷ったの?おっきな迷子ね~。ま、いいわ。聖堂まで案内してあげる」
 勝手に解釈して自己完結させ、無造作に伸ばしてくる腕を。
「触るな」
 心底嫌そうな声で振り払うと、彼女は一瞬だけきょとんと目を開けていたが。一瞬が過ぎると、まるで何もなかったかのように、 あっさりと背中を向け、笑顔で振り返る。
「そ。じゃあ、ちゃんとついてきなさい?」
「・・・・・・・・・・・・」

 どうにも話が噛み合わない。
 歯がゆくはないが理不尽な現状に、どう対処すべきか思案しかけると―――

「おーい、アリシア!・・・って、あぁっ、こんなトコにいやがった?!」
「あら、ジェイド」
 快活に響いた第三者の方を振り返り、アリシアと呼ばれた女性は相手の名を呼ぶ。
 しかし、声をかけたのがアリシアであっても、ジェイドの視線は同時に見つけたもう片方の存在に注がれていて。
 引き結んだ口元に煙草を挟んだまま間近まで来られると、長身の自分よりもう一段階ほど背が高い。 そんな位置からまじまじと見下ろしてくる藍の眼を鬱陶しそうに一瞥し、男は小さく溜息をついた。
「金髪に蒼い眼、そんで銀の十字架・・・・・と。間違いねぇな、お前だろ?聖都から派遣された神父ってのは」
「誰だお前は」
「・・・・おまけにそのすこぶる偉そうな態度。ん、報告に差異ナシ・・・と」
 呆れを含んだ半眼で呟きながら、ジェイドは「いや違う!」と我に返り。
 ビシリと眼下の神父を指で差すと、
「お前なあっ。仮にも賢老院から任された使者が、勝手にいなくなるんじゃねーよ!おかげであっちこっち捜すハメんなったじゃ ねーか!――あ゛、やべっ。他の連中にも手伝うよう頼んだんだった。今度はまた片っ端から見つかったこと報告せにゃ・・・・俺って要領悪ッッ!!?」
「・・・・・誰だと訊いている」
 どうやら、また変なのが増えたらしい。しかも格段にレベルアップしている。
 だが続いたのはその返答ではなくて、一連の様子を情けなさそーに眺めていた黒髪の女性。
「ああ、もう。お願いだから、これ以上は止めて頂戴、ジェイド。みっともないったら・・・・・」
 ブチブチと未練がましく肩を落とす男を疲れたように諌めながら、アリシアは話を元に戻そうと試みる。
「見つかったんだから良かったじゃないの。貴方がいつも言ってることでしょ?『終わり良ければ全てヨシ。』」
「・・・・・・まぁ、そーだけどよ」
「それより、さっさと名乗ってあげなさいな。そんなアホらしい理由で、これ以上勅命の報告を先延ばししない!」
 ぴしゃりと言い切られ、ジェイドはひとつ、割り切るための息を吐くと。
 傍らの神父に向き直り、人懐こい笑顔を見せた。

「現聖堂騎士団団長、ジェイド=イリスだ。今はここでの国境守備を任されてる。んーで、コッチは――」
 視線で示された女性は、先ほどまでとはうって変わって、細い腰を礼儀正しく折り曲げた。
「ノワールへようこそ。私がこの街の責任者にして『盾の聖女』、アリシア=イリスです。賢老院の使者様」

 別段驚くこともなく、神父は先日授かったばかりの銀の十字架をカシャリと風に鳴らす。
 耳元を流れる冷風の音に溶け込むかのように、彼は、静かに呟いた。


「・・・神礼院神父、ラーグ=クラウド。最高審議会の命により、レイゼーとの戦の旨を伝えに来た」





+++++++





「セルシスさまーっ」
 ぺたぺたと廊下を駆け抜けながら、小さな少女は懸命に、前を行く老女の名を呼び止める。
 馴染んだ穏やかな顔が振り向かれ、少女はどこか安心したように、はふはふと荒い息を整えた。まだ短い手足を覆う大きめの布地が、 今は少し暑い。
 老女――セルシスは、皺の刻まれた細い指を少女の額に添え、細かい汗をそっと拭ってやった。
「おやおや、いけませんよミリア。まだ雪溶けもしていないのに、転んだら大変です」
「はいっ、ごめんなさい。おとうさんは?」
 本当に反省しているのか疑わしいほどあっけらかんとした笑顔で頷き、ミリアは当初の目的を、自分の世話係兼家庭教師とも 言える老女に訊ねて。
 半ば呆れたように苦笑して、セルシスは乱れた少女の服を直しながら、
「ジェイド様は今、とても大切な話し合いをしておいでですよ。何か御用があったのですか?」
「あ・・・・えっと。・・・それじゃいいです。ありがとうございましたっ」
「・・・?お待ちなさい、ミリア」
 質問するや、あからさまに不自然な笑顔を残して立ち去ろうとする教え子の態度に。セルシスは穏やかながら、どこか有無を言わせぬ強い口調で、小さな背中を呼び止めた。
「またお父上に、剣技の手ほどきを学ぼうとしていましたね?」
「ちっ違いますもん!ちょびっと《セルフィート》を持たせてもらおうと思ってただけだもん!」
「・・・やっぱり」
「――はッ!」
 言うや否や、しまったと口を押さえるも。
 すでに時遅く、頭上では老女がもうあと何年分かぐらい年老いたような顔で溜息を吐いており。
 やれやれと頭を押さえながら、再び少女に向き直る。
「ミリア。いつも言っていることですが、幼いとは言え淑女がそのように血気盛んなのは感心しませんね。 そんなものを握らずとも、もっと違った形で人々を護る方法は―――ってこらっ、どこへ行くのです?今日は文字の読み書きの 宿題を出していたはずですよっ?」
 言い終わらないうちに、ミリアはそそくさと木を伝ってやや高い敷居をまたいでおり。
「だいじょぶですー。もうちょっとで、《セルフィート》の刃に書いてある字が読めますからっ」
「誰がそんな物騒なものの字を読めと―――あぁ、もう・・・・」
 いつものことながら、注意も聞かずに敷居の向こう側へと消えていった栗色の髪を見送って。
 老女はやれやれと、首を振った。
「姿形はアリシア様と瓜二つなのに・・・・・。中身がそのままジェイド様というのも、困りものですね」




「・・・ぅえ゛っくしゅ!・・・っ」
 なんだか妙な空気の吐き出し音が、隣から聞こえて。
 それがくしゃみなんだと分かったのは、視界に映した男が煩わしそうに鼻を啜っているのを見てからだった。
 アレだけ盛大にやりながら、意地でも煙草は咥えたままで。白煙をチロチロと巻き上げながら、ジェイドはズレた藍の額巻きを 直す。
「っあ゛ー、なんだなんだ?風邪か?やっぱ体丈夫に任せて、何時間も外で爆睡したのが悪かったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「うあーキモチワリー。こんな盛大なくしゃみ、花粉症の季節にしか出したことねーのによー」
「・・・・・・・・・・・・・」
「お。それともアレか?誰かがどこかでどこぞのかぁーっくいー団長サマの噂でも」
「体以前に神経の不具合を直してきたらどうだ」
「・・・・・お前、よりにもよってソコで突っ込み入れちゃう・・・・?」
 情けない表情で眉を垂らす男をうんざりとした吐息で一掃し。ラーグは、手元の書類を淡々とめくる。
 自分が持たされてきた報告書ではあったが、目を通すのは今日が初めてだ。概要だけざっと理解してパッパと挫折してしまった ジェイドとは対称に、生真面目なのか他にすることがないのか、神父は隅から隅までを正確に頭に叩き込む。

「しっかしまー、いつかは来ると思ってはいたが・・・・・・いよいよ正面切って戦争か」
 アリシアやジェイド、そしてその他数人の要人たちを集めて、北の大陸との全面戦争が勃発する怖れが色濃くなりつつあることを 報告したのは、つい先程のことで。
 当然ながら、困惑と恐怖に彩られた大半とは裏腹に、まるで分かりきっていたように冷然と腰を下ろすジェイドとアリシアの反応が、 ラーグには妙に印象に残った。最も、それを賢能と取るか諦めと取るかは、人それぞれであっただろうが。
 談話室のソファに寝転びながら、藍の瞳は気鬱げに天井を眺める。
「敵(やっこ)さんが最近、馬鹿に大人しいのは知ってたさ。だからこそ、わざわざ俺を聖都から外してまで、ノワールの守備に就かせてたんだろーからな」
 濁りのない突き通るような声を聞いて、ラーグの中から、『諦め』の選択肢が消え去った。
「ノワールはファーネリアへの突破口だ。何がなんでも、ここを破らせるわけにゃいかねえ」
 教会とレイゼーがこれまで拮抗してこれたのは、国境のほぼ隣にノワールがあったからに等しい。ここを破ることは即ち、 そのまま大聖堂教会と――ファーネリアとの全面衝突に直通することになるからだ。ギリギリの場所にこの街があったからこそ、 レイゼーも目立った侵略は控えてきた。
 けれどもそれは、裏を返せば、ノワールが突破されればすべての秩序が崩れ落ちるという筋書きでもあって。
「しっかし問題は、向こうが具体的にどういった理由でだんまりを決め込んでるかってコトだよな。ラーグは―――あ、 ラーグって呼ばせてもらうぜ?ラーグは賢老院から、なんか聞いてねーか?なけりゃ予想なり想像なり・・・・・とにかく こう闇雲じゃ、コッチだって動くに動けねえしよー。ま、ガチンコの力対力になったところで、そう簡単に負ける気は しねぇケドなー、俺って強いし☆」
「・・・・・・・・・よく喋るやつだな」
「そーゆーお前は、よく黙るやつだねぇ。神父殿」
 鋭く切り込んだつもりが、柳に風の要領であっさりと流されて。
 年齢を感じさせない少年のような顔でにんと笑うと、ジェイドは再び沈黙する青年の横で、勢いよく上体を跳ね上げた。
「なーんでぇ、シケた面しやがって。嬉しきゃ笑う!悲しきゃ喚く!んーで、ムカつきゃぁ殴る! それが人間ってもんだろ?」
「その『殴る』とやらに、壮絶に賛同したい気分だ」
「そーそー、何事も小さな一歩から・・・・・・って何その最悪なワンステップ?!」
「煩い」
 鬱陶しげに返す口数がいつの間にか増えていたことに、誰が気づいただろうか。
 読み終えた書類の束を整えながら、ラーグは一度小さく瞑目し、
「そもそも、ここはすでに強大な『盾』によって護られているだろう。構築する聖気の流れを少し調節すれば、魔気だけでなく 物理的な攻撃も――・・・・・・・・」
 防ぐことは造作もない。
 そう言おうとした言の葉は、口の中だけで泡となって消えた。
 なぜなら、再び視線を上げたとき。ついさっきまでカラカラと屈託なく笑っていたジェイドの顔が。 大陸間の争いの先陣に立たされながら、微塵の恐怖も動揺も見せ付けなかった、聖堂騎士団最強の男が。
 深い悲哀の刻まれた瞳を、ただ力ない失笑を含んだまま、床の上へと落としていて。
 あまりの変貌に、談話室を静寂が飾っていたのは、ほんの一瞬のことだった。


「―あっ、おとうさーん!」
 陰鬱な空気を容赦なく振り払うかのような、幼い歓声が聞こえたのはそのとき。
 ラーグが視線だけそちらに向けると、部屋の入り口には、息を荒げてこちらへ駆け寄ってくる小さな少女がいて。
 嬉しそうに抱きついてくる幼い体を受けとめたのは、いつの間にか煙草を灰皿に押し付けた、ジェイドの太く大きな腕だった。
 翳が差していたように思われた表情は、幻覚だったのではと思えるくらい、元の明るさを取り戻している。
 自身と同じ栗色の頭を、幸せそうにくしゃりと撫で上げて、
「おーミリア、今日はあまり会えなくてごめんなー?いい子にしてたか?」
「えー・・・・と・・・・・・うんっ、してたよー」
「はははは、そっかそっか。偉いぞー」
 微妙に空けられた思案の間に気づいたのは、おそらくラーグだけだろう。
 呆れたような眼差しで、目の前の甘ったるい親子愛を無言のまま眺めていると。視線に気づいたのか、ふいに少女のほうが ラーグをじっと見つめ出した。
 大きな紫水晶の瞳が、疑問符を浮かべながらこちらを凝視している。「ああ」とジェイドが気づいたのは、そんな娘の 沈黙に気づいてからだった。
「この人はな、聖都から来た神父様だ」
「・・・おとうさんが今日『はなしあい』してた人?」
「ん?セルシスに聞いたのか。そうそう、その人だ。ほれ、ミリア。自己紹介しろ?」
 父の言葉に、腕の中から飛び降りると、少女はぎこちない動作で小さく腰を折り、
「えと・・・・はじめまして。ジェイド=イリスとアリシア=イリスの子、ミリアです。ノワールへようこそ」
「・・・・・・・・・・」
 返事をしなかったのが疑問だったのか、きょとんと首を傾げるミリアだったが。
 そのままいつまでたっても視線を逸らそうとしないので、短く「・・・・ああ」とだけ返してそっぽを向くと。まるでそれが、 この世で最高の瞬間を手にした者のように、満面の笑みを浮かべる少女に。ラーグは上機嫌に笑うジェイドと見比べて、こいつは 将来、絶対馬鹿になると静かに確信していた。

 すると少女は、「あ!」と何かを思い出したように振り返り、
「忘れてたっ。おとうさん、ちょっとだけ《セルフィート》見せて?」
「え、またか?昨日も見せただろ?」
「いーからっ!」
 有無を言わせぬ口調で頬を膨らますと、さすがにこの親馬鹿が逆らえるはずがなく。
 ジェイドは右手の中に淡い光を帯状に集めると、現れた一本の巨剣を手に取った。
 聖剣と呼ばれるそれが、イリス家に代々受け継がれていることなど、ラーグもとうに知っていて。鞘のないむき出しの刀身に 腕を伸ばそうとしていたミリアを、ジェイドは少し強い口調で制した。
「駄目だぞ、ミリア」
「えー?・・・・なんでおとうさんは、一回もこの剣に触らせてくんないの?」
「それが決まりなんだ。ホレ、見終わったんならもうしまうぞ?」
「あっ、待って!」
 父の言葉と同時に再び淡く光り出した巨剣に、少女はわたわたと両手を振り回して制止して。触れないよう注意しながら、 銀の刀身を食い入るように覗き込む。
 そこには、何で彫られたのか、一列に細かな文字が刻み込んであった。
「セ・・・・フィート・・・・・い、て・・・・その・・・・・み?・・・」
「“汝 護るべき者(セルフィート)の名において この身を聖なる父(イルダーナフ)の盾とせん”」
「――あぁッ?!」
 懸命に読んでいた内容をあっさりと言い放ったのは、しかし、聖剣の主たる父ではなくて。腕を組んだまま横目にそれを 映して呟いた金の髪に、ミリアは責めるような視線を送った。
「一人でぜんぶ読もうとおもってたのにっ!」
「俺が知るか」
「むうぅぅぅ・・・・・」
 投げ棄てるような言い方にも、少女はめげずに睨み返していたけれど。
 やがて、糸が切れたようにまた首を傾げつつ。
「・・・・って、ソレってどーゆーいみ??セルフィートって、この剣の名前だよね?」
 質問に返したのは、用が済んだ《セルフィート》を光の屑に戻したジェイドだった。
「そうだなぁ。この名前の起源にも色んな話を聞くが、元々は何か別のものの呼び名だったらしい。街だとか、人だとか・・・・・・ そういや、イルダーナフ神が天地に人間をお創りになった際に、最初に置かれた始祖だっつー説もあったなぁ。 人の祖に立ち、人を護る存在として、神が創造した護り主とかナントカ」
「????????」
「はっはっは、ミリアにゃ、まだ難しかったかな」
 必死で言われた内容の整理を試みる娘の頭を快活にわしゃりと撫で。
 手を離すと、ジェイドは藍の瞳を優しげに細めて、幼いミリアにも分かるように単純にまとめた。
「これはな。お父さんと、お父さんに力を貸してくれる精霊さんとの『約束』なんだ」
「・・・『やくそく』?」
 顎を思いっきり押し上げて、ミリアはもっと詳しく父に訊ねようとしたが。


 突如、びっくりするくらい勢いよく開いた談話室の扉から、野太い男の声が響いた。
「団長!」
「団長ってゆーなッ!」
 反射的に返すと、相手は扉の前でピタリと凍りつき、
「は、はいジェイド様!あ―――・・・・・っと・・・その、ちょっとよろしいですか?」
 騎士団の団服をまとった男は、ミリアに気を配りながら、上司の同行を求めているようで。
 ラーグが眉を詰めるのと、ジェイドがミリアを降ろして立ち上がるのは、全く同時のことだった。
「なんだなんだ~?せっかくの親子のランデヴーを。ごめんなーミリア。ちょっくら気の利かねー部下のとこへ行ってくんなー?」
 ちょこんと大きなソファに座らされると、ミリアはふるるっと首を振って、丸い頬をニコーと緩ませる。
「ううん、いってらっしゃい、おとうさん!」
「おう。――と、ソコの慈悲深い神父殿~。ミリア頼んだわ」
「・・・・・・・は?」
 自分も用意された部屋へ戻ろうと立ち上がったのが、思いもよらぬ頼みに動きを止めて。
 なんでもないことを言ってのけたような男の態度へ、じとりとした視線を送る。
「・・・何故俺が」
「え~、いーじゃんよ別にー。どーせヒマだろー?家まで送ってくだけでいーからさぁ~・・・」
「団長!」
「団長言うなっつーの!んああ、ワリワリ。んじゃま、そーゆーワケで!」
 急くような部下の声に、返事も待たぬまま、一方的に談話室の扉は閉ざされて。

 途端に静かになった大広間の中央で、ラーグは溜息混じりに、さてどうしようかと思案していると。
 不意に、黒い法衣の裾が小さな力で引っ張られているのを感じ。見ると、ミリアが視線を出入り口に向けたまま、縋るように 自分の法衣を握り締めているのが分かり。
 そのとき初めて、少女の顔からさっきまでの明るい笑顔が消え去り、変わりに不安と寂寥感で満たされていることに気づいた。
「・・・・おとうさんが」
 小さな唇が、抑揚なく揺れる。
「おとうさんが騎士の人によばれて行ったときは、絶対に次の日まであえないの」
「・・・・・・・・・・・・」
 その理由がいかなるものか。そんなことは、自分には容易に想像がついたが。どうやら感覚的に、この幼い少女も 悟っているようで。
 それでも、父の前では感情に出さない気丈さに、ラーグは小さく息を吐いた。

「・・・・・どこにある」
「はぇ?」
 唐突な言葉に、少女ははじめ、それが質問であることすら分からなかったようで。
「お前の家だ。ここではないんだろう」
「・・・・。もしかして、ほんとに送ってってくれるの?」
「燃やしに行ってほしいのか」
「う・・・っううんううん!ありがとう!!」
 青ざめながら、ブンブンと両手と首を同時に振って。
 ミリアは談話室の扉へ駆け寄ると、そこからは法衣の裾を放し、やや早い神父の足取りを懸命に追いかけながら上を見上げる。
「ねぇ、神父さまの名前は?」
「・・・・・・・・・ラーグ=クラウド」
 要点だけ短く答えると、ミリアは彼の後ろで「ラーグかぁ・・・」と呟くように小声で繰り返して。
「キレイな名前だねっ」
 たったそれだけのことに、心底嬉しそうな笑みを向けられて。

 永き時の中で、初めて言われた言葉だと、ラーグは内心で思っていた。

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