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キサ

Author:キサ
ファンタジーとバトルとラヴをこよなく愛し、熱しやすく冷めやすい社会人。

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【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 3

2016.05.17 23:03|クロスマテリア
 分厚い雲の隙間から、薄い月明かりが地上を照らしている。
 日も完全に落ち、世界を群青色が彩る時間になると、元より閑静だったノワールの道にもさらなる静寂の風が吹き通り。
 昼間より格段に凍てついた大気には、まるで生き物の気配は程遠い。
 灯りを消し、すっかり深い夢の中に入った民家の列にも、もはや沈黙を妨げるものはない――――
 かと思われていたが。

 よく耳を澄ますと、宵闇に溶け込むように、密かに足音が響いていて。
 なるべく静寂を壊さないよう、月光の合間を通り抜けていく男の足取りは、手馴れてはいるがひどく重々しいものだった。
 無言のまま自宅へ入っても、その歩調は緩むことなく廊下を突っ切って行って。
 急くように目的の場所に入ると、途端に室内をむせ返るような血の匂いが取り囲んだ。
 自らの全身を彩るどす黒い色彩は、しかし、彼自身のものではなくて。
「・・・・・・・だんだん、染み付いてきやがった」
 煩わしそうに舌を打つと、まるでその血臭を隠すように―――いや、むしろ隠す為に、男は余っていた煙草を取り出して―――
「随分と遅かったな、ジェイド」
 火をつけようとしたとき、背後から零れた低い声に。
 ジェイドは煙草を咥えたままの顔で、軽く振り返った。
 僅かな月明かりに映えるように輝く金の髪を認識しながら、しばらく呆然と口を開いたあと。
「・・・あーりゃりゃ?なんでお前がさもトーゼンの如く我が家にいんの」
 声を殺しながら、引きつった苦笑いを浮かべる男に、ラーグはさして抑揚というものを持たず。
「ミリアを連れて帰れと言ったのはお前だろう」
「うんうん、言ったよ?言いましたヨ?でもアレってたしか、今からかれこれ6時間も前の話ですヨネ? あー待て待て、うん。俺ボケてない?はたまたこれは夢で、俺ってばどっかで冬眠してる?」
「・・・あれから、なかなか離れようとしなくてな。結局、寝るまで付き合わされる羽目になった」
 眠そうではないが、あからさまに不機嫌さを眉間に刻み込みながら不平を投げる神父であったが。
 その言葉を聞くと、ややおかしな動作で混乱しかけていたジェイドの表情が、つっかえが取れたようにスッキリしたものに変わって。「なーんだ、そーかそーか」と明るく笑うと、改めて煙草に火を灯した。
 小さいが、一瞬暗がりに生まれた強烈な光は、刹那ではあったが、彼の頬に、腕に、衣服に、ひいては全身にこびりついている 大量の血痕をまざまざと照らし出し。
 眩しさに目を細めると、ラーグはやはり抑揚のない声で口を開いた。

「・・・・魔族か」
「ん?あぁ。ちょっくら『外』でね。最近やたらと動きが活発になってきやがるから、コッチも忙しいのなんのって」
 見た目とは裏腹に、肉体はおろか傷一つついていない衣服を気楽に動かして。中級魔族20体前後を屠ってきた聖堂騎士は、なんてことないように上の服を脱いで適当に洗い出す。・・・・どうやらここは、水場だったらしい。
 暗がりのせいでよく見えなかったが、衣服の下から現れたジェイドの体には、無数の古傷が荒々しく刻まれていた。
「あいつは、お前が討伐に出た日は寝つきが悪いようだ」
 沈黙を破って呟くと、ジェイドの背中が少し揺れたように見えた。
「娘に余計な心配をかけたくないのだろうが。・・・あまり驕るな。とっくに気づいている」
「だろう・・・な。ミリアにはすまねぇと思ってるさ。あの歳で、父親にも母親にも、ろくに会えやしねぇんだから」
「アリシアも、ここへ帰ることは滅多にないらしいな。どういうことだ?」
 冷徹な神父にしては、いささか驚くほどの饒舌さで、ラーグは血糊を落とす長身の背に問いかけて。
 おそらくミリアから聞いたのか、それとも、この異様に静かな館からの推測だったのか。否定の仕様がない事実に、ピタリとジェイドの腕が止まり。流れ続ける水音だけを鮮明に響かせながら、後ろの神父を顧みる。
 昼間見たときと同じ、諦めたような哀しみを含んだ笑みに、ラーグが眉を詰めていると。

「・・・ラーグ。戦ってのが何で『起こる』か、知ってるか?」
「なに?」
 あまりに文脈のかけ離れた返答に、不愉快そうな視線を投げかけるも。
 眼前の騎士の瞳に、謀りやからかいが宿っていないことを察すると、風が通る程度の沈黙を要して、 神父は静かにそれを発した。
「・・・・。各々の利と害が、一致しないからだ。相手の利が己の害となるのなら、その存在を消し去ればいい」
「そうだ。そんじゃ、もう一つ。・・・・戦がいつまで経っても『終わらない』のは、なんでだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 黙したのは、答えに窮したからではない。目の前で安穏と煙草を吸う、血まみれの騎士の意図を理解したからである。
 真偽の定まらぬ解答は、当人の口から穿たれた。
「妥協ができねえからだよ。・・・・・・ラーグ。自国の敗残を認められてるってんなら。・・・あの胸クソ悪い『聖戦』の時点で、 とっくにレイゼーと教会との間には白黒ついてやがる」
 『聖戦』とは、数年前に一度だけ勃発した、帝国と大聖堂教会との大規模な戦である。
 一兵として参戦していたジェイドは、当時の忌々しい記憶を脳裏に復活させながら、しかし、ひどく声を落とし、
「最終的には、教会が帝都まで歩を進めて皇帝の首を取り、戦は終結した。確かにこれは、教会側の勝利だ。 ――けどな、未だに紛争は途絶えちゃいない。敵も味方も、シャレになんねぇほどの犠牲を払った上での『平和』なんざ、 こんなにもちっぽけで薄っぺらいモンだったわけだ」
「所詮押し付けられた平穏など、こんなものだ。人の中に、憎しみや猜疑といった感情がある限りな」
 機械的だが、自分の中にはこれっぽっちもない感情を言葉で表して。
 胸の内で軽く自嘲するラーグに、冴え凍った灯りに照らされた夜色の瞳が泣き笑いのような表情を向ける。
 何千何万という骸を踏み越え、偽りの安息を信じて戦った男は、未だに抜け出せない柵の中に身を置いている。
 この男が、戦の勃発に驚くはずがない。なぜなら最初から、彼は途絶えることのない戦火の只中を生きているのだから。

「・・・・・それでも」
 微かに息を吐いたのは、風に揺らぐ長い金の髪で。
「それでもお前は、虚像の平穏に溺れ、与えられた生をただ安穏と生きていくだけの愚鈍な連中のために、その剣を握り続けるのか。―――・・・・・精霊王との契約を刻んだ、その聖剣を」
 珍しく沈黙していたジェイドの頬に、初めて純粋な驚愕が走った。が、それも一瞬で消えると、やはり困ったように頬を 掻いて苦笑する。溜息が、白となって大気に溶けた。
「お前って、実は賢いよな、ラーグ。まさかあの『誓印(せいいん)』だけで分かったのか?」
「刻まれた亀裂を中心に《セルフィート》を取り囲む聖気を読み取れば、どんな馬鹿でも分かる」
「ああ、そっか。お前そーいや神父だっけ」
 今気づいたようにケラケラと笑うジェイドだったが、ラーグは別段怒りもせずにそれを流すと、尋問者のような視線を 注ぐ。
「“汝  護るべき者の名において この身を 聖なる父の盾とせん”―――循環を御する精霊王の力は絶大だ。 まともな手順で契約が通るとは思えん。――ジェイド、お前は一体、何を対価として差し出した?」

 相変わらず抑揚はなかったが、本人としてはこれ以上ないくらい、逃れようのない鋭い口調にしたつもりだったのだろう。
 が、しかし。やはりジェイドはジェイドだった。
 当たり障りのない程度に沈黙すると、まるで夢のような歌劇を終えた役者のように、再び何もなかったと言わんばかりの仕草で衣服の汚れを洗い出す。
 いい加減に苛立ったラーグがまたも何か言おうとしたとき―――まるで宥めるように、静かでのんびりしたジェイドの 声が割り込んで入った。
「ラーグ。俺はな、ほんとにマジでもう、どうしようもないくらいに勝手な聖堂騎士団団長だ」
「・・・・・・・?」
「確かに、今のファーネリアの民のほとんどは、このニセ平和に陶酔して周りが見えなくなっちまってる。丈夫で安全な 『盾』の外側は、魔物やら何やらで溢れかえってるってのによ。耳を塞いで目を閉じて、必死でそれに気づかないフリを してやがる」
「・・・・・『盾』に護られていれば、楽だから」
「ああ。そんでその戦火と信望の矢面に晒されるのは、・・・・・真っ先に犠牲になるのは、いつだってその『盾』だ」
 瞬間、ラーグは直感よりも速い感覚で、ジェイドの言わんとしていることを悟っていた。
 記憶の片隅を、まだ出会って時の浅い聖女の面影がよぎる。

「ノワールを護りながら・・・・要するに、この国全土を護りながら、あいつはそれでも『盾』として、ここから一歩だって 動くことはない。だったら俺は、教会の『剣』として、あいつに近づく全ての敵を薙ぎ倒す。 あいつが護ってる連中ごと、俺はこの国の『盾』を護る『盾』になる。分かるか?全の為じゃなく、全を護る一の為に、 俺はこの剣を握っているんだ」
「・・・・・矛盾しているな」
「俺も、そう思うぜ」

 妥協できないことが、乱争の根源であると説きながら。
 決して曲げることのない、凶暴なまでの己の信念に、聖堂騎士団団長は悪びれた風も見せずに、人懐こい笑顔で頷いた。





+++++++





 ノワールの端――東の塔(シャンテノール)の広場は、いつにも増して賑やかだった。
 早朝まで降っていた雪は、いつの間にやら音もなく止んでいて。真新しい銀雪地帯の上を、楽しそうに横断する家族も、 普段よりかは多く見受けられる。
 しかし、ともあれば質素な宗教画を思わせるような静かな散歩道に響いていたのは、一足速い陽光のような声だった。

「わぁ!ほんとに真っ白だね、ラーグッ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんで止んじゃったのかなぁ、・・・・あ!もうすぐ新芽が出てくるからかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「やっぱり最初はモルル草かな?あたしはシャムの花のほうがいいなぁ・・・・・ねぇねぇ、ラーグはなんの花がすき??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 しきりにきゃぁきゃぁとはしゃぐ栗色の髪の少女と、その側で石のように沈黙を貫く青年を交互に見比べながら。
 少し離れたところで立っていた数人の巡回騎士は、訝しげな眼差しでそれらを傍観している。
 しばらく黙したまま見物していたが―――ふと、うち一人がなんとなしに呟いた。
「・・・・なんて言うかさ。あれだけ周りでキャーキャー騒がれて、よく平然と本とか読み続けられるもんだよな」
 賢老院から神父が来たことは、どうやらすでに聞いていたらしい。
 別段不審者を見るでもなく、騎士たちは気を削がれたような感想を述べる。
「オレらが見てるだけで、もうかれこれ30分だぜ?尊敬していいんだか、呆れるべきなんだか・・・・・」
「いやいや、それならミリアちゃんの方だろ。30分以上も無視され続けて、なんでああも楽しそうなんだ?・・・・ん?」
「「「あ゛。」」」
 直後、起こった出来事に、全員の声が固まった。
 ベンチに腰掛け、黙々と読書を続ける神父に話しかけながら、しきりに周りを動き回っていた少女の足元を。
 全く変化のない平板な表情を紙面に落としたままの神父の脚が、素早い動作で弾いたのだ。
 突然のことに、動き続けていた少女の口は、白い毛布の中に埋もれて止まる。
 騎士たちの中に、妙な緊張が走った。
「・・・・・・・・こかした」
「こかした、よな?」
「――あ、でも」
 見ると、白銀に綺麗な人型を作って起き上がった少女は。
 泣くでも怒るでもなく、むしろそれまで以上にパァッと顔を輝かせていて。「やったなぁーっ」と叫ぶと、だんごサイズ程の雪をペイペイと神父の足元に投げ付ける。無論、神父のほうは無頓着だ。

「・・・・・・・・喜んでる?」
「喜んでる・・・・よな」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「さすが団長の娘」
「アホ!声がでかい!」
 有無を言わさず同僚の口を押さえる騎士の頬には、鬼気迫るものがあった。



 いい加減にしてほしい、と思う。
 ノワールに来てもう3日。臆病にも現実逃避をしていた要人たちもようやく重たい腰を上げ、守備防衛を固める手はずは整いつつある。おそらく、今日明日にも、聖堂騎士団副長を始めとする戦力の一部がこちらへ送られてくるだろう。 そうなれば、今度は具体的な方案をひねり出し、いよいよ本格的な勢力図を構築していかねばならない。
 “始めから、平穏などない。偽りの仮面が剥がれ落ちようとしているだけだ”
 男の言葉は、正論だと思う。

 しかし、だからと言って自分には、彼のように確固たる信念も、護りたいものもない。
 ただ、漠然とした目的があるだけだ。そのために、予見の力を持つ禁忌の仔の言葉を借りて辿り着いた『ここ』で、賢老院の命令を 遂行しなければならない。


――ラーグ=クラウド。ノワールでの責務を無事終えた暁には、賢老院の言を以って、お前に『金』の権限を与えよう―――


 ふいに、朗らかだが威厳のあるウィクトールの声が脳裏に蘇った。貢を捲ろうとしていた手が、一瞬止まる。
 ・・・『銀』では駄目なのだ。
 そのために、どれだけの人間が殺し合おうが、戦争を始めようが、自分にはどうでもいいことで。
 ただ、求めたものを手に入れるため。
 死への恐怖などない。死が恐怖だとも感じない。たったそれだけのことに右往左往し、醜くも判断を 鈍らせる頭の悪い連中をよそに、こうして空いた時間を無為に過ごしていたわけなのだが。

「みてみてー、ラーグ。雪だるま!」
 どこから来たのか、目の前で楽しげにはしゃぐ少女を一瞥し、ラーグは、うんざりと息を吐いた。
 本当に、いい加減にしてほしい。
 放っておけばじきにどこかへ行くと思っていたのが、忍耐強いのか鈍いのか、ミリアは丸々2時間一人で遊び続けたのだ。
 最も、本人はラーグと遊んでいるつもりだったのだろうが――――一言も喋らない相手に対してそう思えるのは、もはや馬鹿を 通り越して才能と言えるだろう。
 そんな神父の溜息に気づかないのか、ミリアはハフハフと白い吐息を吐くと、赤くなった手にそれをかける。
「さむいね~・・・・もうちょっといっぱい着てくればよかった。ラーグはさむくないの?」
「・・・・・・・・・別に」
 ようやく応対したのは、気が変わったからではない。
 読んでいた書物が、丁度最後のページを閉じたからだ。
「寒いなどと感じるのは、温もりを知っているからだ。俺には関係ない」
「・・・ふーん?なんかラーグの言うことって、よく分かんないや―――っくちッ!」
 言葉の意味が理解できなかったのか、小さく首を傾げるミリアだったが。やがて、分厚いフードを被り直すと、 小さく一回くしゃみをした。
 赤くなった鼻を擦って俯く少女を横目にして。
 無造作に立ち上がると、神父は書物を上衣の中にしまい。
「そろそろ戻れ。風邪でも引かれた日には、あの親馬鹿の鬱陶しい愚痴を一生聞かねばならん」
「・・・ふぇ?あ、ちょっとラーグっ?」
 顔を上げると、すでに黒い法衣は先へと歩んでいて。
 慌てて追いかけながら、ミリアは抑揚のないその背中へ問いかける。
「おやばかってナニーーーー??」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ラーグは、本日4度目の溜息を吐いた。





+++++++





 唄が―――聴こえる。
 酷く切なく、儚い、陽炎のような旋律が――――


 立ち止まると、ラーグはなんとなしに、声の方角を見上げてみた。探すまでもなく、それは目の前の聖堂から響いてくる。 この閑散とした静寂の街でなければ気づかないほどに、小さく―――そして美しい音色だった。
 誰が唄っているのか・・・・・・・
 歌声は、まるでこの世の全ての切望と慈愛を含蓄したかのような。しかし完璧ではなく、どこかに淋しさを含ませたような。
 初めて耳にする旋律に、しばし無言で顔を上げていると。
「ラーグ」
 名を呼ばれ、振り向くと。
 傍らには、少女が俯いたまま何やらそわそわとしていて。迷いを断ち切るかのように唇を引き結ぶと、ポケットの中から 小さな袋を出し、それを黒の法衣に思いっきり押し付けた。
 別段受け取るでもなく、かわりに神父の眉に不審な色が浮かぶ。
「・・・・・何の真似だ?」
「・・・っこれ!おかあさんに渡して?」
「・・・・」
 少女の言葉と意図を理解するより前に、ミリアは俯いたまま、しかし小さな両手を力いっぱい突き出す。
「おかあさん、いつも聖堂にいるからっ。絶対渡してね!」
 そう言うと、有無を言わさずに彼の手に袋を強制的に持たせ、そのまま声をかける間もなく走り去っていってしまった。

 神父が本日5度目の溜息を吐いたのは、その直後のことである。





+++++++





 古くとも歴史のある聖堂は、中に入ると存外に人の気配が高く。
 円洞(ドーム)状の広大なホールには、高い天井から射す控えめな光が注がれていて。穏やかに談笑する修道女や執務に追われる司祭たちを、 優しく照らしている。先日報告を済ませた際に見受けた顔も、ちらほらと視界によぎっていた。

 見慣れない端正な面立ちに、特に若い修道女たちが視線を止めて囁き合う。
 ラーグは手中の袋を一瞥すると、別段興味の片鱗も見せぬまま、近くにいた修道女に翠の瞳を向け。
「アリシア=イリスはどこにいる」
「・・・・えっ!?」
 まだ見習いらしい娘は、黒い修道服を驚いたように震わせ、そして小さく頬を染めながら慌てて答える。
「ア、アリシア様でしたら、そこの通路を突き当たった先の自室に・・・・・・あっ。でも今は――って・・・」
 反射的に俯いていた顔を上げると、すでに神父は一言もなく娘の指差した方へ歩んでいて。
 後方で何かを叫んでいるのも構わず、途中で制止を試みようとする者たちの声も無視し、真っ直ぐに突き進んだ扉の前まで来ると。
 即座に、神父と扉の間に白い法衣を着た老婆が滑り込んできた。
「お待ちなさい。なんですかいきなり。無礼ですよ」
 落ち着いているが強い口調が、ラーグを正面から責め立てるも。
「・・・どけ。アリシアに用がある」
「アリシア様は今、執務をなさっておいでです。御用があるなら私が受け継―――」
「いいのよ、セルシス」
 老婆の言葉を止めたのは、抑揚の欠いた低い声ではなくて。
 扉の向こう側から響いた鈴のような声に、いち早く反応したのはセルシス自身だった。
「しかし、アリシア様・・・・・」
「大丈夫。ラーグよね?私も少し、彼と話をしたいと思っていたの」
「・・・・・・・・・・」
 老婆はそれでも、逡巡戸惑っていた様子だが。
 やがて静かに腰を引き、丁寧な動作でラーグを部屋に通した。


 やはり使い古された広い室内と、高い天井。
 確かにいくつかの書棚と机があったが、そこがただの『執務室』でないことを悟ったのは、背後でセルシスが閉ざされた扉と共に 姿を消した直後だった。
 ただでさえ控えめな陽光は、窓全面に引かれたカーテンによって尽く遮られており。
 それでも、薄い布地から漏れ注ぐ明かりが、人気のない室内を仄かに映し出す。
 だが、書類と書物が綺麗に整頓された机に、人の姿は見当たらなくて。
 僅かに眉を動かしたまま沈黙するラーグに、天蓋付きのベッドの奥で、明るい声が覗いた。
「ごめんなさいね、こんな状態で。ちょっと調子悪くて――ああ、でも感染(うつ)るもんじゃないから、そんな離れなくても 大丈夫よ」
「・・・・・・・・いつからだ」
 手招きする声は、初めて会った時と同様に、相変わらず穏やかではあったが。
 カーテンの揺れた先に見えた光景に、一瞬目を瞠ると、ラーグはゆっくりとした足取りで近づいて。
「いつから、『そう』なっている」


 上半身だけを起こしてシーツを被った聖女は、いつもと変わらない白い修道服を身につけていたが―――
 そこから覗く肌の至るところには、浅黒い染みのようなもの―――いや、複雑な呪紋が、まるで生き物のようにゆったりと循環を繰り返しながら刻み込まれていた。
 静かに、規則正しく――――刻一刻と、か細い命を削っていくかのように。

 頬まで届いたそれらを別に隠すでもなく、アリシアは柔らかく微笑んだ。
「もう何年も前からよ。最近は、ちょっと頻繁に出てくるようになって。 ・・・あ、でも他の人には黙っててね?このこと知ってるのは、あたし以外じゃジェイドとセルシスだけなの」
「・・・魔気に触れすぎたか。その器も、もはや限界は近い」
「ええ。知ってるわ」
 平板なラーグの口調へ、アリシアは存外にあっけらかんとした表情で頷いた。

「いくら聖女と言えど、人の聖力は無限じゃない。10年――『見初められた者』の称号を頂いてから、もうずっと覚悟 してきたことだもの」
「10年間、一瞬たりとも途切れることなく、この街を護る『盾』を展開し、魔を浄化し続けた結末か」
 肯定を意味する微笑みに、ふと、先日のジェイドとの会話が脳裏に蘇ってきた。


――その戦火と信望の矢面に晒されるのは
  真っ先に犠牲になるのは、いつだってその『盾』だ―――


 この瞬間、ラーグは初めて、ジェイドの諦めにも似た表情の意味を悟った。
「ミリアは知らないのか」
 質問ではなく、肯定的に呟いた言葉にも、やはりアリシアは動揺なく頷いて、
「言えると思う?5つになったばかりの子供に、ただでさえ滅多に会えない母親が、こんな不気味な姿になって死んでいくなんて」
「・・・・・・・・。双方揃って、勝手なものだな」
「え?」
 小首を傾げるアリシアの前に、ラーグは無造作に小さな袋を差し出すと。
「お前も、そしてジェイドも。あまり現実から目を逸らさせようとすれば、あの娘も自然とそちらに興味が向く」
「これ・・・・シャムの花の芽?ミリアが?」
「解熱作用があるらしいな。先刻、勝手に俺の周りで2時間も独り言を繰り返しながら掘り出していた」
「解熱って・・・・・・・」
 噛み合ってはいないが、全く的外れではない娘の気持ちに。
 アリシアは一瞬驚きに目を見開いた後、小さく苦笑して、それを大切そうに卓上に乗せた。
 再び、ラーグへと視線を向ける。
「ジェイドから聞いているわ。ミリアが随分懐いてるみたいね」
「何度も言わせるな。向こうが勝手に寄ってくるだけだ」
「あら。その割には、毎日ちゃんと家まで送って行ってくれてるんでしょう?」
「口上があるなら、あの聖堂騎士団最強の親馬鹿に言え。迷惑にも程がある」
「・・・・・ふふっ」
「なんだ」
 ひとしきり言い合ったあと、不意に楽しげに笑うアリシアの態度が不可解で。
 訊ねると、聖女は柔らかな黒髪を後ろへ梳きながら。
「本当に、ジェイドの言ってた通りね。無愛想で口が悪いけど、実は率直に感情を表現できない不器用さんで、賢くて、 なんだかんだで優しい」
「・・・・・男に言われても嬉しくない台詞だな」
「あら。じゃあ、私ならご満足かしら?」
「鬱陶しい」
「ご心配なく。ちゃーんと、自覚済みですから」
 どこまで話しても、相手がアリシアである限り、この妙な力関係はラーグには不利なようで。
 半ば疲労したように息を吐くと、刹那の間を置いて、アリシアが静かに口を開く。
「・・・・・。ラーグ、あたしはもうすぐいなくなるわ。魔気に器を喰われて、成す術もなく」
 でもね、と、そのまま紫水晶の瞳は一片の心の揺らぎも見せず。
 怖れや焦り、戸惑い、悲哀。それらすべてをあるがままに受け入れた聡明さで、盾の聖女は黒ずんだ己の手を軽く撫でる。
「心は固まってても、残される者への想いは、どうしようもないのよ。あたしが死ねば、 その瞬間からノワールの『盾』は消えるわ。そしてそれは、この国の『盾』が 消えることにもなる。そうしたら今度は―――・・・・今度こそ、あの人が駆り出される番なのよ・・・・・この国の『剣』として」
 深く、それでいて零れる程小さな声は。
 不意に、先ほどの儚い旋律と見事に重なって。  ラーグはただ、沈黙を貫いたまま聞き届けている。
「だからせめて・・・・レイゼーと本当の意味で決着が付くまでは、死ぬわけにはいかない。嘘でもなんでも、この平穏な『今』 を生きる人々を護るためにも。それに―――あの人を、これ以上戦わせないためにも」
「・・・それは、あの『誓印』のことか」
「『誓約』というものは、確かに絶大な力を与えてくれるわ。でもね・・・・・・ラーグ。それには必ず相応の対価が必要なの。――― だからこそ、あたしはあの人に戦ってほしくない。彼の対価は―――戦いの先にあるものだから」


 たとえそれが、ジェイド自身が望んだことだったにせよ。
 結末を受け入れた上での選択だったにせよ。
 それでも、愛する者のことを想って、自らも戦火に身を投じる。
 ・・・・・・・それは、ジェイドにしても同じことで。

 行き場はないが、確かに強い絆で結びつき、互いの宿命を互いに背負う双方を思い浮かべ、ふとラーグの記憶に、そんな2人の小さな宝がよぎった。
 父親に母親、それにセルシスや聖堂騎士にまでも気遣われ、大切にされてきた、慈しむべき無垢な少女。
 だが、彼女が最も愛しいと感じている者たちは、彼女とはまったく違う場所できつく結びついているのだ。
 誰からも愛され、そして誰からも求められない幼子は、ただただ、その矛盾した優しさの中で笑い続けるのだろう。
 そしていつかは、父親も母親も皆、彼女の知らないところで朽ちてゆく。


 ・・・・・・憐れな娘だな。

 胸中でそう呟くと、ラーグは静かに目を伏せた。

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