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キサ

Author:キサ
ファンタジーとバトルとラヴをこよなく愛し、熱しやすく冷めやすい社会人。

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【第5章】白の記憶と罪と罰 -white memory- 4

2016.05.17 23:30|クロスマテリア
 極寒に凝固した大気は、無機的に立ち並ぶ針葉樹の間にも流れることはなく。
 静寂のみが支配すると思われた広大な緑林の海には、しかし、いつもと違う意味での騒々しさが木霊していた。

「そっちだ、行ったぞ!」
「右だ囲め!」
 重なる 怒涛 どとう に導かれ。緑林を駆け抜ける赤黒い影は、十数の聖堂騎士によって四方を取り囲まれる。寒気の唸りにも似た 不気味な断末魔を聞き終えた後も、男たちの剣には安堵の緩みは見えず。
 張り詰められた感覚を根こそぎ崩してしまうかのようにのんびりした声が響いたのは、その直後。
「うーっす。あと何体だ?」
 見ると、反対側で応戦していたジェイドが、寝起きのような動作で団員たちの背後に戻っており。
 兵のひとりが、表情に安堵をきらつかせながらも、決して油断を許さない声色で答える。
「ジェイド様!・・・2体です。妖牙(ディーヴァ)と轟魔(ガル)、いずれもかなり大物で―――」
 言い終わらないうちに。正面を襲った赤い輪(リング)の刃を弾いて、ジェイドが煙草を咥えたまま少し気だるそうに呟く。
「あー・・・・・おう、よく分かったぜ」
 溜息と同時。咥えていた煙草を無造作に捨てると、ジェイドは聖剣《セルフィート》の巨大な刃を振り被って、襲い来る魔族へと 突進し――――


「『風王よ(シルファリオン)』」
 静かに零した刹那、信じがたいまでの風が《セルフィート》を中心に巻き上げられた。ジェイドはそのまま、恐ろしい刃と化した 真空の爪を漆黒の体躯に叩き込む。魔族は、断末魔すら上げられなかった。
 部下の歓声も物ともせず、藍の瞳は弾かれるように背後を振り返り。
「ラーグ!」
「聞こえている」
 この場の誰とも似通わない、平板で抑揚に欠けた声は、残り一体の魔族の正面を微動だにせず。
 無感情な面を全く変えることなく、片手を一閃して白い輪を放った。
「『第二級神罰執行。破魔の刃、裁きの理を以って滅びを』」
 次の瞬間には、闇の肉体は跡形もなく焼き尽くされていた。


「ふぃ~、聞いちゃいたが、『銀』の権限で聖魔導使う奴は初めて見たなぁ」
 別段疲れてもいなさそうなのに汗を拭って、ジェイドは《セルフィート》を光の屑に戻した。いつの間にか、口元では新しい煙草がチロチロと煙を上げている。
 その様子を視界の隅に映しながら、ラーグは自らの右手を一瞥し。しばしの沈黙があったあと、法衣の中にそれを戻して周囲を 眺める。
「中級魔族30体前後。これが今のノワールの現状か」
「うっわ・・・・・すげーナチュラルスルー」
「質問に答えろ」
 寂しそうに目を細める相手を少し強い口調で征し、神父は逸らした瞳を睨みに変えてジェイドへと戻す。
 だが、ここ数日でラーグの難儀な性格を知っていたジェイドは、むしろ好意的な態度で笑った。が、すぐに表情を緊張させ、
「ああ。元はこんなでもなかったんだがな。最近になって、一気に増えだしやがった。・・・ったく、いくら魔族棲息域(カタンツ)が北にあるからっつっても、こりゃぁちと異常だぜ」
 面倒臭そうではあったが、ジェイドの声には明らかに辛辣な感情が滲んでいて。ラーグも無言ながら、内心で頷いていた。
 本来、魔族とて知恵がない訳ではない。《使徒》など高位の魔族の中には、人語を解するものまでいるくらいだ。 相容れぬ存在と知りながら、無作為に互いの領域を踏み荒らす愚行は極力避けるはずである。
 それが、こうもあからさまに襲い来るとは――――

「・・・・・レイゼーと何か、関わりがあるか」
「けどま、聖魔導の使い手がいてくれりゃぁ百人力だぜ!なんだったかな、・・・ホラ、あれだ。俺一度も『第一級』ナントカって の見たことねぇんだよ」
 喉の奥で零すに留めた呟きまでは聞こえなかったらしく、ジェイドの活発な笑顔が隣で再開していて。
 「今度はドカンと一発、爽快に頼むわ」とコメントを連ねる団長に少し呆れつつ、神父は無感情な翠の瞳を藍へと向けた。
「そうそう軽く扱えるものではない」
「え、なんでだよ別に・・・・・あ゛。もしかして、笑いじゃ済まねえ威力とか?」
「第一級神罰執行権限が与えられるケースは、ただひとつだ」


「団・・・・・じゃなかった、ジェイド様!それにクラウド神父様も!」
 重ねて詳しく問い出そうかと思っていたジェイドの言葉を阻んだのは、後方から響いた騎士の呼び声で。
 少し残念に思いながらも、努めて気持ちを割り切って、駆け寄る部下に応対した。
「おうおう、どーした?運動後に全力疾走は堪えるぜ~?」
「たっ、たった今、ノワールから、連絡が・・・・・」
 相当に急いでいたらしい。騎士は所々不自然に区切りながら、やや興奮した様子で上司を見上げた。


「副長と賢者殿の到着を確認。それと・・・・・・例の幻獣も、街に着いたとのことです」





+++++++





 こすっ。こすっ。こすっ。こすっ。こすっ・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 静寂をキャンパスに描いて、ついでに保存用の塗装まで終えてしまった後のようにしんとした室内を、何やらよく分からない リズムが規則正しく鳴り響く。
 羽ペンの先を羊皮紙の上に置いて、上げて、置いて、上げて・・・・・。ただひたすらそれだけを繰り返す少女の栗色の髪は、 どこか拗ねたように卓上へと垂れたまま。
 こすっ。こすっ。こすっ。こすっ。こすっ・・・・・・・・・・
「・・・・ミリア、いい加減になさい。お行儀が悪い上に、可哀想でしょう。紙とペンが」
 ずっと黙したまま、教え子の行動を不審な目で伺っていたセルシスが、ついに本を閉じて注意を促す。
 そのコメントに、やや経済的と取れなくもない慈悲が入っていたような気がするのはある冬の日の幻として。
 とりあえず聞こえてはいたのか、ミリアは己の無意味な行為を途絶えると、眼前のセルシスを上目遣いに見上げた。
「・・・。セルシスさま、おとうさんは?」
「ジェイド様なら今日も、大切な話し合いをしておいでですよ」
「今日いっぱい知らないひとが来てたのは、そのせいですか?」
 おそらく、彼女なりに何か良からぬ不安を感じていたのだろう。柳眉を上げて恐る恐る訊ねる少女を極力怯えさせないよう、 老婆は優しい微笑みを返した。
「ええ。今回の話し合いは、たくさんの人で行なわれるほど大切なことです」
「おかあさんもいるんですか?」
「ええ、勿論」
「ラーグも?」
「・・・・・・・・え?」
 突然、これまで同じ状況下で出されたことのない名前を口にされて、瞬間、セルシスは返答に困ってしまった。
 ややあって―――――


「・・・ええ、彼もまた、今回の件でノワールに送られて来た訳ですから」
 なんとかそう答えると、少女は「そうですか・・・・」と意気消沈し、再び溜息を吐きながらつまらなさそうに羽ペンを打ち出す。
 おやまぁ、と、セルシスは俯くミリアの前で口元に手を当てていた。
「よっぽど気に入っているんですね、あの神父様のことが」
「ラーグはね、一緒にいるとすごくあったかい気持ちになるの」
 うっかり敬語が外れていることより、少女の口から出た語意に、老婆は目を見開かんばかりに驚いた。彼女自身、ラーグと面識が 皆無という訳ではない。無礼にも主君の執務室へ断りもなく入ろうとしたのを止めた経験があるのだが――――そうでなくても、 あの凍てついた氷のような表情は、美しくもあるがそれ以上に畏怖すら与えるだろう。
 しかし、眼前の少女は紫水晶(アメジスト)の瞳に嬉しげな光を称え。
「お日様と同じ髪と、きれいなお空色の目。春の風が来てくれたみたい。あたしね、春になったらおかあさんにいーっぱいの シャムの花摘んであげて、おとうさんとおかあさんとラーグとセルシスさまと・・・・・みんなと一緒にずーっといたいなぁ」
 それは、瞳の奥に宿る誰に話していたのか。
 何も知らない少女の、決して叶うはずのない無垢な望みに、セルシスは胸を射抜かれんばかりの表情になった。
 ミリアの視線が逸らされていたことに感謝したほどだ。やがて、なんとか普段の笑顔を作ると、老婆は落ち着いた物腰で席を立つ。
「そうですね。そうなれば・・・・・・いいですね」
 その口調が、語尾になるにつれて弱々しくなっていくことに、ミリアは、気づかなかった。





+++++++





「では、話をまとめるです」
 重圧的な場の雰囲気からやや外れた幼い声は、眼前に広がる地図を指差した。
 議に参列した一同は、身を乗り出す彼女の小さな体を黙って見つめる。


「まず、レイゼーが突発的に責めてきた場合の戦場。これはここ、ノワールと国境の間に広がるダナの密林が最適です」
「・・・賢者殿、しかしここはノワールから少し距離がありませんか?」
 抗議と言うより、純粋な質問は、向かいの席から聞こえた。
 穏やかで柔らかい口調は、決して非難することなく、彼女から相応の答えを待っている。
 ぴょこりと亜麻色の髪を揺らして、賢者と呼ばれた少女は正面に佇む灰色の瞳を覗きこんだ。
「問題はありませんです。アルセイド。むしろ人身への被害を考慮するなら、こういう場は遠ければ遠いほどいい」
 重ねて何か言いかけた青年を落ち着いた動作で制し、大賢者フォル=メンゼルは「それに」と的確な回答を示す。
「兵をいくらかに分断し、森全体を左右にこう迂回させれば、上手くいけば凍結中で足場の悪い運河に敵軍を追い込めるです。 又それが失敗しても、三角図の配置を怠らなければ、確実に負傷兵の退路は確保できる。地の利は確実にこちらにあるです」
「だ、そうよアルセイドくん。他に何か聞きたいことはある?」
「・・・・・・いいえ」
 小さな指を地図上に這わせて説明する少女と、その後に付け加えられたアリシアの明るい声に。
 感嘆に要した僅かな間を置いて、青年は、束ねた雪空色の髪を小さく振って苦笑した。
「流石は賢者殿です。いらぬ心配でした」
「疑うことは常に真実を示唆する唯一の道筋です。思慮深く温厚な聖堂騎士団(ラウストウィア)副長の噂は本当だったようですね」
「まったくよね。聖堂騎士団だって、実質この人がいるから効率的に動いているようなものだもの。無駄にアバウトで思慮なんてモノ が最初から存在しない誰かさんと交代してほしいものだわ」
「・・・・・。あのさ、アリシアさん・・・・」
「あら、どうしたのジェイド?まるで今現在も逃れようのない図星の嵐に晒されているみたいな顔して?」
「・・・・・・・・・・・べっつに」

 つれづれに連なる言い争いに、一瞬議室内を和やかな笑いが包み。
 その中で唯一、微弱ほども感情の変化を表さなかった神父は、憮然と腕を組んだまま眼前の2人を見つめた。

 アリシアの症状が治まっているのもそう長くはないはずだ。日を追うごとにその周期が縮まりつつある意味を、目の前で屈託なく笑うジェイドとて、すでに承知している。
 それなのに――――――
(・・・・馬鹿馬鹿しい)
 逡巡脳裏に映った疑問を、ラーグは理解するより前に胸の奥へとしまい込んだ。
 その心理に呼応したかのように、幼い少女の―――いや、その姿をした、数百年を生きる大賢者の声が室内を叩いた。
「では、詳しい配列や作戦は折り入って説明しましょう。とりあえず、予期せぬ襲撃には、今日決めた方針で進んでくださいです」





+++++++





「賢者殿は、帰られたのですか?」


 解散された室内は、司祭やら修道女やらが立ち去った後なので、会議中に比べてずいぶんスッキリしてはいたが。
 それでもまだ数人、その場を動かない影が見受けられた。
 書類を束ねながら、穏やかな口調で質問するアルセイドを見下ろして、のびをしていたジェイドは煙草をふかしながら。
「ん?おぉ、アリシアと聖堂で話でもしてから、一旦クレイシアへ戻るってよ。なんでもあの街で、よく分かんねぇ大樹かナンかの研究をしてるらしいが・・・・・・・・なんだよアル。用を思い出したんなら今のうちだぜ?」
「いえ・・・。ただ、このように突発的な事態に、よく軍師としてご協力を承諾してくださったと思いまして」
「あぁ。それか」
 部下の疑問に、藍の瞳は気づいたように手を叩き。
「あの人は、アリシアと顔馴染みらしい。ま、そこんとこはよく知らねぇケドな。軍師の件だって、あいつがいたから快く承諾してくれたようなモンだ」
 そこで、お!と何かを思い出したように、ジェイドの快活な表情が傍らの神父を振り返り。
「快くって言えばよ。メンゼルのやつ、話の所々でお前のこと見ちゃえらく機嫌良さそうにニコニコしてやがったけど・・・・・・ ラーグ、お前ひょっとして顔見知りか?」
「・・・・・・・・・気のせいだろう」
 刹那、抑揚に乏しい男の面に僅かな疲労の色が滲んだが。
 ナチュラルに見逃したジェイドは、そのままいやいや、と首を振って見解する。
「そーかぁ?俺から見りゃ、ありゃまるで手懐けた猫を見る母親の・・・・」
「気のせいだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ジェイドは、それ以上の追求を避けた。
 よくは分からないが、あからさまに眉間の皺を深くしていく神父を見ていると、そうすべきであると本能で感じ取っていた。
 開いた沈黙を見計らったのか・・・・・
 そのあとにアルセイドの続けた言葉は、やけに鮮明に室内にこだました。
「・・・・。しかし、あの方が我々に提供したのは、何も知恵だけではないでしょう」



 流された視線の先――――
 方形の室内の後方には、議の席にあって唯一、一言も発することのなかった人物が、悠然と腰掛けていた。
 背を預けた壁のすぐ側に窓があったため、表情の細やかな部分は逆光で遮られていたが。濃度の濃い黒髪と、左目を覆い隠す大きな 眼帯が、見るものの目を引き付けた。もう片方の瞳は、慇懃そうに閉じられていて。まとった民族調の衣から覗く頑丈そうな手足は 男性特有の力強さを持っていたが。両の耳がある場所から突き出すのは、鋼のように堅く歪な碧の翼―――――

 そのとき、男がふと顔を上げたのは、周りの視線に気づいたからではない。
「・・・・・・ハガルか。どうした」
 薄く開かれた碧の瞳は、しかし何も映さず、茫々と虚空を眺めている。窓の外に異変が起こったのは、そのときだった。
 突如、何か大きな影が白の風景に残像を残したかと思うと。次の瞬間には、閑静な室内に、新たな来訪者が現れていたのだ。来訪者 たる老人は、ゆったりとした布地を折って軽く頭を垂れると、眼前の主に小さく耳打ちする。
「いや、大したことではありません。ご指示の通り、北の配備は完了しました。ただ・・・・」
「ただ、なんだ」
 光を映さぬはずの男の双眼が、鋭く老人の姿を捕らえた。同じく盲目の老人は、さらに声を落として告げる。
「それが・・・長の仰ったとおり、やはり北の魔気に異常な膨らみが感じられます。用心はすべきでしょうな」
「・・・・・そうか・・・分かった。お前たちは引き続き、国境の守備にあたってくれ。くれぐれも気をつけろよ」
「人間たちにはお教えしないんで?」
 確かめるような老人の言葉に、男は逡巡もなく、即答した。
「確証がないぶん、余計な混乱を招かないとも限らん。人間には人間との争いをさせねばならんのだ。『それ以外』は、我らが掃えば良い」
「左様ですか・・・・御意。また定期にご報告に上がります故」
「ハガル」
 丁寧な仕草の後、窓の縁へと手をかけた老人の背を、幾分躊躇にも似た低い声が呼び止め。
 互いを映さない碧の瞳は、ガラスのように昏々と互いに交わる。男の表情に、初めて弱いものが含まれた。
「お前たちには、感謝している。咎人たる私にここまで付いてきてくれた。すまない」
「そのようなこと・・・・長の意志は我らの意志。このハガル=ジェノ=リュード、我が誇りと鱗に誓って、最期までお供致しますぞ。 レノン様」
「・・・・・・・・感謝する」
 優しげだが威厳のある声で告げられると、次の瞬間には、再び老人の姿は消えていた。



「ヒューッ。さすが幻獣最強と謳われた《碧竜(へきりゅう)》の氏族ってか?もう見えやしねぇぜ」
 文字通り風のように去っていった老人を見て、後ろからジェイドが純粋な感動を口にする。
 裏表のない笑顔を前にして、《碧竜》の長――レノンは、白い眼帯を相手のほうへと傾け、
「すまんな、ジェイド。卿ら人の慣習からすれば、我らが本来の姿で徘徊するのは好まんだろうが・・・・・・迅速な移動のためだ。 しばし我慢してくれ」
「・・・・国境上の防護は、お前の一存で行なっているんだったか」
「ああ。今もハガルを連絡係として、ほとんどの《碧竜》を配置している」
 確認を交えたラーグの視線にも、柔らかいが厳しい物腰を崩さず、レノンは頷いた。
 冷静で静かな空気に変化を生んだのは、意外な人物の一言。


「・・・・・。・・・解せませんね」


 口調は温和だが、どこか吐き捨てるような音階を交えて。
 アルセイドは、猜疑を含んだ灰眼を盲目の長老へと注いだ。
「国境は、ダナの密林よりさらに北へと位置しています。わざわざ敵を煽るような真似までする必要があるのですか?」
 国境は、ただでさえ微妙な勢力バランスを保つファーネリアとレイゼーの命綱とも言える。そんなところに幻獣などが連なれば、最悪、こちらが北へ進軍していると取られてもおかしくないのだ。その危険性を何度も指摘したが、結局レノンは己の意見を曲げず、またジェイドもそれを許した。
 ややあって、レノンが細い口を開いて放ったのは――――
「・・・・念のためだ」
「念のため、念のためと・・・・貴方はそうとばかり仰られますが、一体何に対しての『念のため』なのです?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「言えませんか。ひょっとすると、ただ怖いだけなのではないのでしょうね?」
「アルッ!!」
 瞬間、激しく叱責したのはジェイドだった。誇りを生そのものとして生きる彼ら幻獣にとって、恐怖に行動を駆られる などと言う発言は最大の侮辱に等しい。
 だが、レノンは大きな反応を見せず、逆にアルセイドのほうが上司の糾弾を跳ね返した。
「お言葉ですがジェイド様。これは正当な疑問です。確かに、先手が読めないこの状況下で、《碧竜》の協力は戦力的に見て非常に 心強い」
 しかし、と、青年は穏やかながら瞳に強い光を湛え。
「・・・・理由が分かりません。幻獣は本来、人の世界に干渉することを極端に嫌っている。今までだって・・・・・・どこで何が 起ころうと、ずっと無頓着だったではありませんか」
「・・・・・アル」
「それが今さら、しかも隠し事をされながら信頼しろなどと言われて、容易に頷けるはずが―――」
「アル!」
 さっきほど強くはなかったが。
 暗黙の叱咤を乗せた声は、青年の声を金縛りのように凍らせて。その意識が冷めるのを辛抱強く待った後で、夜色の瞳は、 静かに、しかし十分に鋭い口調で呟いた。
「お前の言うこたぁ確かに正しいよ。けどな、アル。少しくれぇは他人も信用しろ」
「貴方は・・・・・・、他人を信用しすぎる・・・!」
 直後、アルセイドの体が素早く動いたかと思うと、部屋の扉が悲鳴のような音を上げて閉じられていた。



「あ゛ーーーったく!真面目なんだが頭かてーのが難点なんだよなぁ、あいつは」
 栗色の髪をバツが悪そうに掻き毟ると、ジェイドは面倒そうに溜息を吐いて。
 おもむろに席を立ち上がると、勢いで倒れてしまった椅子などものともせずに、部屋の入口へと向かった。
 その背を、淡々とした神父の声が叩く。
「無駄だ。必要以上に干渉したところで、ろくな結果にならん」
「うーん・・・・まぁ、そりゃそーなんだがなぁ。一応これでも兄弟子だしよ」
「『信頼』、か」
 嘆息にも似た言の葉に。振り向くと、黒髪の中で碧の瞳が茫々と床を映していて。
「だとしたら、・・・卿はよほど信頼されているのだな。その・・・・弟弟子とやらに」
「ん?おぅ、なんせ俺があいつを信じ抜いてっからな!」
 屈託のない笑みと僅かな煙の匂いだけを残し。
 栗色の髪は、勢いよく会議室の扉を開け放って行った。




「あの男も、相変わらずだな。聖堂騎士団最強と名高い存在がああも素直だと、人間というものが少し、面白く見えてくる」
 決して皮肉を含まず、むしろ好意的に苦笑する男に。
 声をかけられているのが自分なのだと分かると、ラーグは肯定も否定もなく、まったく別の話題を口にした。
「・・・・だが、あのアルセイドという男の言い分にも道理はある」
 レノンの視線が―――いや、気配がこちらを向いても、神父は冷然と目線を逸らしたまま、静かに続け。
「お前の言動には矛盾点が多い。幻獣がどうであれ、人間には理由が必要だ」
 視線は落としたまま、平板な神父の声には表情と呼べるものはない。
「生きる理由。殺す理由。いずれにしてもそれらを踏まえて、人は己を正当化させようとする」
「つまり、己を隠すものは存在そのものが偽り・・・・と言うことか?」
「そう思うのが人間だ」

 明瞭だが、どこか決定的な断定力に欠ける物言いに。
 レノンは少し意外そうに息を吐くと、次いで黒い法衣を正面に見据えた。そして。
「・・・ラーグ、と言ったか。卿は変わっているな」
「何が」
「その言い方だと、まるで卿が人外の存在であるように聞こえるぞ」
「・・・・・・・・。あながち間違いではないがな」
 自身にすら聞こえない程の声で、ラーグは小さく独りごちた。
 ・・・・いや。それは正解であると同時に不正解であり、偽りではないと同時に真実でもない。
 ただ、漠然とした事実のみが目の前にあり。その明瞭な解答を求め、自分は魔剣を求めた。
 いかなる文献にも記されなかった『答』が、真実の知識が、そこに在ると―――――


「偽り・・・・か」
 完全に聞き逃したのか、それとも沈黙の意味を察したのか。
 零すように繰り返す低い声に、神父は初めて顔を上げてレノンを見据えた。
 幾重にも重ねられた衣が、極寒の大気に触れ、固く揺れている。
「それもいいだろう。私はそう呼ぶに相応の大罪を犯した。今さら贖罪による洗礼を求めたところで、何になろうか」
 同時、ラーグの眉がぴくりと動いた。
 神に最も近い種族と言われ、理を重んじる彼ら幻獣が『大罪』とまで称する罪はただひとつ――――



「『禁忌の仔』を生んだのか・・・」
 碧の片眼は、困ったような苦笑を返しただけだった。
 それを即座に肯定と解釈すると、ラーグの頬に微かな訝しさが宿る。
「・・・・相手は」
「人間の娘だよ。もう、・・・・・・どこにも居ないがね」
 瞼に翳を落とす幻獣の言う『どこにも』の広さを察し、しかし微弱な同情もなく、ラーグは淡々と状況を理解していった。
 人と幻獣の寿命の違いはどうにもならない。おそらく目の前のこの男も、その辺の事情で片割れを失ったのだと予想していると。
 それを裏切る返答は、当人の口から聞こえた。
「骸と、そして我が子は教会に預けた。もう1年になるか」
「子供?・・・生きているのか?」
 心底意外そうな声だった。
 『禁忌の仔』は通例、殺すか捨てるかの処遇しか与えられない。たとえ氏族の長老であるとは言え、寛大な処置は期待できないはずだ。 その上、教会に預けた?異端を最も嫌悪する人間が、それを承諾したと言うのか?
「いろいろあったのだよ」
 まるで見透かしたように、盲目の瞳は優しくラーグを捕らえ。
「正確には、彼女のほうに繋がりがあった。取り引きという形を取れば、存外に賢老院と言う輩も、あっさりと動いてくれる。 それに・・・・・・・・『禁忌の仔』がまともに生きていけるとすれば、おそらくそれは教会だけだろう」
「・・・。それが、お前が戦争に加担すると申し出た『理由』か」

 大聖堂教会は、ファーネリアの中枢そのもの。
 この国が落ちれば、特に教会の人間は無事では済まないだろう。その中に紛れる、小さな形見すらも。
 沈黙するレノンに向かって、しかし、黒い法衣は未だ疑問を感じたままだった。
「そうだとしたら・・・・・なおのこと、お前の行動は矛盾している」
 そうまでして―――それほどまでに、大切なものならば――――

「何故、そうもあっさり手放した。大罪と言えど、幻獣にとっては『禁忌の仔』など、珍しくもないだろう」
「ラーグよ、私は長老―――それも、『始祖』の直系たる血を引くものだ」
 レノンの声は、しっかり通ってはいるがどこか頼りない。
「確かに、ハガルや数人の同胞は快く受け入れてくれたよ。だが、ルドルに棲まう幻獣は何も我らだけではない。『純血者』 が禁忌の交わりを持ったというのは、卿ら人間の言う第一級神罪にも等しい愚行だ。仮に――――」
 一端区切ると、レノンは軽く息を吐いて肩を落とす。
「仮に、私が許されたとしても。当の『禁忌の仔』はそうはいかん。同胞から蔑まれ、罵られながらも、父親が族長と言う 肩書きだけで無理矢理生かされて、しかもそうある以上私を恨むことを許されず、孤独の中、独り父親より先に老いて死んでいく くらいなら・・・・・・・・・せめて人として、人の中で生かしてやりたかった」
「あえて自ら、憎まれる状況を作ったのか。・・・血肉を分けた子であるにも関わらず」


 生きる自由。憎む自由。
 レノンは幼い稚児にその自由を与えた。
 自らの血縁と存在と信頼を犠牲として―――――――



「罪には罰が必要なのだよ。ラーグ」


 そう微笑む男の顔は、逆光に隠されてよく見えなかった。

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Re: クロスマテリアの通販について

>コメントレスです(反転)
コメントありがとうございました。レスが遅れ申し訳ございません。
また以前のイベントの際はお立ち寄り頂き、ありがとうございました!

現在サイト縮小中につき一旦引っ込めてはいますが、
私生活などの折を見つつ再販も開始させて頂く予定となっております。
夏がすこし忙しいので、具体的な日程のお知らせができないのが恐縮ではありますが・・・
お待ち頂けましたら幸いでございます。

本当に猛暑が続きますね。
お体お気をつけくださいませ。

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